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episode.5 その姿は何に映る ─前編─

国道沿いの各所で聞き込みを始めて数ヶ月

意外と作業は順調に進んでいた

兎耳を付けた女と言うのはやはり目に付くのか

目撃情報は結構な数が集まった。


しかしだ、呉屋町(くれやまち)近辺に来てから情報がぱったりと途絶えた

ここから国道をさらに遡っても一件も目撃情報はなし

かと言って呉屋町のオフィス街で聞き込みをしても

これまた目撃情報は一切なかった。


「さて、どうしたものか・・・・・・。」


男、原土真澄(はらつちますみ)は缶コーヒーを片手にオフィス街をぶらついていた。


あの夜からひたすらウサギ女の足取りを追っていたが

未だに全容が掴めていない

呉屋町近辺から美咲丘(みさきがおか)にかけての

国道沿いに夜だけ出没するというところまでは分かっている。


だが、そこで止まってしまった

夜以外は何をしているのか

国道を走り回る動機は何なのか

さらに、あの日見た

この世のものとも思えない戦いは何だったのか

さっぱり分からないことだらけである。


適当に歩く足が公園へと向かう

適当なベンチに腰掛けて考えをまとめる

その周りを何匹かの兎が飛び跳ねていく。


野良兎が長年生きると人の姿になる

人に害をなされた野良兎の怨念が人に復讐しようとしている

少女が兎の霊に取り憑かれて夜な夜な走り回っている。


野良兎達を眺めながら荒唐無稽な話ばかりが思い浮かぶ

その辺りから適当にでっち上げれば

それなりの記事は作れるだろう。


だが、それでは彼の気が済まなかった

自分が見たものが一体なんだったのか

捏造ではなく、真実が知りたかった。


(くそ、何とかして出所を掴めれば・・・・・・。)


悩んでいる彼の足元を通り過ぎた一匹の兎が

探しているウサギ女と同じ耳を持ってることに

彼は全く気付かなかった

そして、兎の方も

座っていた男が以前自分を追って来た男だとは気付かなかった。




春の気配が近付いて来て随分と暖かくなった

野良兎達も巣穴から出てきて元気に跳ね回っている

私も巣穴から出て暖かい空気をいっぱいに吸う。


この前の戦いでの傷がなかなか癒えずに

このところは巣穴に篭って治るのを待つ日々だった

おかげで外に出て動き回るのは随分久しぶりだ。


人間の姿の時に病院にでも行ければとは思わなくもないが

それこそこの耳を徹底的に検査とかされると嫌だし

お金や身分もないから治療を受けることすら叶わないだろう

そうなると結局自然治癒に任せるしかない。


とは言え、魔力を使える相手との戦闘となると

必然的に普通に暮らすよりは怪我が増えてしまう

それら全てを自然治癒任せというのも危険だから

何かしら手を打ちたいというのが本音だ。


一番いいのは同じ種族

すなわち、兎族の医者でもいればいいのだが

勿論そんな都合のいいものはこの世に存在しない。


そうなると人間の協力者を作るのが妥当だろうけど

残念ながらそんなあてはないし

魔力のことや人間化することなど

諸々の事情を説明することを考えると

これも現実味がない。


とりあえず現状では傷が癒えてないうちに連戦と言った

危うい事態には陥ってないのでいいとしよう。


無駄な考えを振り払うかのように日差しへと出る

まだ少し寒さが残ってはいるが

それでも随分暖かくなったと思う

こんな日は暗い巣穴の中より

日の当たる場所で日向ぼっこでもしていよう。




それから数日が経ち

また私は人間の姿へと変わった

前回人間の姿になった時はまだ傷が癒えてなかったから

身を隠すように過ごしていたが

今回は傷も癒え、服装もしっかり復元しているので問題ない。


このところあまり動いてなかったから

鬱屈としたものが溜まっている

こう言う日は気分転換に何処かに出かけてみてもいいかもしれない。


そう言えばここと昔住んでいた町を往復するだけで

それ以外の場所へ行ってみようと思ったことは今までなかった

見たことのない風景を見に行ってみよう

何となく、そう思った。


直感を頼りに適当な方角を決めて走る

見慣れない建物の前を通り

線路を跳び超え

ただ目的もなく走って行く。


どれぐらい走っただろうか

気がつけば川原に出ていた

以前住んでいた家の側には大きな川なんてなかったから

とても新鮮な風景だ。


興味本位に水の側まで近付いてみる

水面に真円の月が映って美しい

手で触れてみる

水はまだ冷たいと感じるぐらいの温度だ。


そのまま景色を楽しむように川沿いをゆっくり歩く

橋の下をくぐりさらに上流を目指してみる

吹いた夜風がコートの隙間から入り込み少し冷える。


しばらく歩くと川幅が狭くなり川原が途切れる

仕方がないから散策はここまでにして

少し高くなっている道路へと上がる。


そろそろ帰ることも考えたが

せっかく普段は来ないような場所まで出てきたのだし

もう少しだけ歩いてみることにする。


今度は道路を挟んで川とは反対側

高い塀に囲まれた広い敷地を持つ建物の多い一角へと入る

耳には何らかの機械音が入ってくる

どうやら工場などが密集している地区らしい。


一定のリズムを刻む機械音を聞きながら

さらに歩いてみる

そのうちに工場地区を抜けたのか次第に音も小さくなっていく

周囲の風景はあまり変化がないが音や明かりは減ってきた

この辺りはどうやら使われてない建物が多いらしい。


頭の上の大きな耳が人の声を捉える

普通ならば気にせず通り過ぎたであろう

耳の向きを微調整して声の方向を探る

やはり、人気もない廃倉庫が並ぶ一角から聞こえてくる

興味半分で塀を跳び超え、敷地へと入って行った。




自分の手をじっと見つめる。


「うふふふふ、うふふふ~♪」


次に、視線を上げて楽しそうに笑っている女の子を見つめる

山寺咲子(やまでらさきこ)、自分の同級生だった子だ

だった。と言うのは数日前に卒業式を迎え

この先の進路もばらばらになるのが分かっているためである。


彼女とはそれなりに仲が良かったし

休日には一緒に遊びに出かけたりもした

デートだと同級生にからかわれて恥ずかしかった思い出もある。


だからこうして一緒にいること自体はおかしくはない

ただ、何故ここなのだろうか

コンクリートに囲まれた何もないだだっ広い空間

壁の高い位置にある窓から月明かりが入るおかげで

辛うじて壁が見えるぐらいの暗さだ。


「なぁ、山寺さん。」

「なぁに? ゆー君。」


声を掛けると彼女はこちらを振り返りあだ名で呼んで来る。


「こんな所に来て、一体どうする気なんだ?」


俺は聞いてみる。


「ゆー君は、私と一緒にいるのが嫌?」

「いや、そう言うわけじゃないけど・・・・・・。」

「そうよね、そうだよねっ。」


彼女は嬉しそうに顔をほころばす。


「これからも私達、ずっと一緒だよね?」


今度は彼女が聞き返して来る。


「まぁ、たまに遊ぶぐらいなら。」

「たまに?」


不思議そうに彼女は首を傾げる

それもそうだ、違う大学に行くのだから

同級生だった頃みたいに学校で毎日顔を合わせる

なんてことは出来ないだろう。


「それじゃぁダメだよ、私達はいつも一緒じゃないと

 それともやっぱり、私のことが嫌いになったの?」

「いや、そう言うわけじゃないけど

 どう考えたって無理だろ。」


そう言うと彼女は俺を引っ張り寄せて

その体に抱きついてきた。


「大丈夫、今だってこうやって一緒なんだから

 私達なら何とかできるわよ。」

「そう言う問題じゃないだろ

 それに今だっていい加減暗いし帰らないとな。」

「やっぱり一緒じゃダメなの?

 私のことは嫌いになったの?」

「だからそうじゃないって・・・・・・。」


パリィィィィィンッ!


堂々巡りになって来た会話に少しずつうんざりして来た辺りで

突如ガラスが砕けた音がコンクリートの壁に反響して響き渡る

何事かと顔を上げると

壁の高い位置に取り付けられていた窓の一部が粉々に砕け

月の光を反射しながら降り注いでいた。


それと同時に大きな影が一つ降って来る

目を凝らしてそれを見ると

それは一人の少女だった

少女と言っても、自分達とそう年齢は変わらないぐらいであろう

赤いコートを羽織っており、何故かその下には何も着ておらず

素肌がコートの隙間から見えている

そしてさらにわけが分からないことに、頭には大きな兎耳が付いている。


(な、何なんだこいつ・・・・・・。)


いきなり現れた意味の分からない乱入者の前に

俺は無意識に唾を飲み込んだ。


「さて、と。

 あなた達、ここで何をしてるのかしら?」

「何だっていいでしょ? 誰だか知らないけどあなたには関係ないわ。」

「そうね。あなた達が何をしてたって私には興味ないわ。

 ただ、それを見てしまったからね。」


そう言って謎の女は山寺さんの右腕を指差す。


「流石に遊び道具にしては悪趣味だと思うし

 何かあったらいけないから念のためね。」

「余計なお世話よ

 これは私とゆー君の絆なんだから。」

「絆、ね。

 あなたなら、これが何を意味するか分かると思うけど。」


謎の女は掌をこちらに向ける

そしてそれを交差させ

さらに胸元へと引き戻す

戻した手を円を描くように頭上へ持ち上げ

謎の言葉を放つ。


「ヴォーパルチョッパー!」


ひゅんっ!


っと風を切る音がして

いつの間にか女の手には巨大な包丁が握られていた。


「魔力・・・・・・。」


山寺さんが呟く

え、魔力って、漫画とかじゃあるまいし

そもそもここへいきなり連れてこられたことから始め

わけの分からない事態ばかりでどんどん俺の頭は混乱していた。


(俺は、どうしたらいいんだ・・・・・・。)


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