王国最強の暗殺者、愛娘のために引退しておっさん冒険者になる
――突然で悪いが、仕事をやめさせてもらう。
「……どういう事だ」
投げナイフに結び付けられた手紙にはそう書かれていた。
コンコンッと窓を叩く音が聞こえ、開くとナイフが部屋に飛び込んできたのだ。
王国軍――第一師団長のマール・セドリーは困惑した。
マールは実質的に王国軍の全てを管理している男であり、王国に仇なす者を悉く打倒してきた男だ。
そのマールが持つ部隊の中に、表向きには存在していない部隊がある。
王国軍暗殺専門部隊――《ノーナンバー》と呼ばれている部隊だ。
そこに所属しているのは九人の暗殺者で、いずれも王国軍で英雄と呼ばれている者達比べても遜色のない実力を持っている。
そのうちでも異質、異形とも呼べる男がいた。
《鴉》と呼ばれていた男は、漆黒のローブに身を包み、取りのような仮面を付けていた。
暗殺者の中でもその男の気配を感じる事は同じ部隊の者にもできず、また一度受けた任務は失敗する事はない。
単独で敵国の中心まで忍び込み、大将の首を獲ってくる事もできる文字通り最強の暗殺者だった。
暗殺という裏の仕事で、王国を平和という未来に導いた《影の英雄》だった。
鴉が王国軍に所属してからもう二十年以上――その正体は未だに謎に包まれている。
マールですら、直接会う事はほとんどない。
そんな男から突如として送られてきたのは、マールの表情を青ざめさせるには十分だった。
(あの鴉がもし、敵国に寝返るような事があれば……)
この国の英雄達と暗殺部隊を含めたところで、果たして鴉に勝つ事ができるだろうか。
そんな思いがマールの頭を過ったとき、トンッとまたナイフがマールの目の前に突き刺さる。
そこに結び付けられていたのは、またしても手紙だった。
――安心しろ、俺は引退するだけだ。
トンッ、トンッと続けざまに投げナイフが並べられるように二本突き刺さる。
――今まで世話になったな。
――重ねて言うが安心しろ。ただ、暗殺者を引退するだけだ。
そして、またトンッと投げナイフが送り込まれた。
――それじゃ。
最後の手紙は、そんな一言で締めくくられていた。
マールはそれでも不安感は拭えなかった。
ただ、それと同時に思う事が一つある――
「いや、直接話した方が早くないか……?」
トンッとまたナイフが投げ入れられる。
――それはできない。
「聞いてたのか!?」
マールが身を乗り出すが、太陽が昇っているうちでも鴉を見つける事はできないのに、今は真夜中だ。
当然、鴉の姿を捉える事は出来なかった。
こうして王国軍最強の暗殺者は、引退という形で姿を消す事になる。
その事実を知る者は、王国軍でも数名しか存在していない。
***
周囲がやや高めの山によって囲われた村――《タタ》村。
ここに一人の冒険者がやってきた。
なんと四十代で冒険者に初挑戦するという男は、以前は畑仕事をしていたという。
冒険者ギルドでは冒険者になる事に年齢を設けてはいないが、さすがに誰もが無理だろうと笑っていた。
それから半年――仕事をそつなくこなす男は、《薬草集めのおっさん》と呼ばれて村に馴染み始めていた。
「よう、ヴィル。今日も薬草集めか?」
「ああ、そうだよ」
冒険者ギルドで依頼を受けていた男――ヴィルは答える。
身体付きはしっかりとしているが、どこかやる気のない表情。
黒髪の短髪に無精髭を生やしている。
いるのかいないのか分からないとも言われる事があるヴィルは、同じ冒険者の男に声を掛けられていた。
「そうだよ、じゃねえ。たまには魔物でも狩ってこい!」
「いや、俺はそういうタイプじゃないからさ」
「それじゃ何のために冒険者になったんだよ」
「生活のためさ」
「はっ、笑わせんじゃねえ」
男はそう答えて、ヴィルを尻目に別のクエストへと出発していく。
ヴィルはいつも通り、薬草の採取へと向かった。
森の中を歩くヴィルが魔物に遭遇しても、戦う事はない。
むしろ、戦う必要がなかった。
すぐ近くに魔物がいても、その魔物がヴィルに気付く事はない。
「ギギギ……」
ゴブリンが周囲を警戒しながら見渡している。
そのすぐ近くで、ヴィルは薬草の採取をしていた。
「今日はこのくらいでいいか」
すっと立ち上がると、ヴィルは地面を蹴って木の上へと登る。
魔物にすら気付かれる事なく、ヴィルは森の中を駆けた。
そして、いつものようにクエストを達成する。
「はい、今日もありがとうございます」
「ああ」
ギルドの受付から、安い依頼料を受け取る。
薬草の採取ならば、一日の食事代が稼げるかどうか、くらいしかなかった。
「本当はもっとお渡ししたいんですけど……そういうのは禁止されているので」
「いや、いいさ」
「薬草の採取をヴィルさんが受けてくれるおかげでみんな助かっているんですけどね」
「俺が好きでやってる事さ」
そう答えて、ヴィルはギルドを後にする。
ヴィルが住んでいるのはこの村の外れの方で、風車が近くにある小屋のような家だった。
すぐ近くには小川が流れており、生活には何かと便利な家だった。
ヴィルが家に近づいていくと――
「パパっ!」
バタンッ、とドアを開けて一人の少女が飛び出してきた。
長いブロンドの髪をリボンで結び、シンプルな白いワンピースを身にまとった少女は、ヴィルの下へと駆け寄っていく。
「おー、いい子にしてたか?」
「うん、ルナはいっつもいい子いい子だもんっ」
「はははっ、そうか。お前の好きな《ココ》の実、取ってきたぞ」
「ほんとっ!? パパ大好きっ」
「ああ、俺もお前の事大好きだぞー」
ヴィルは途端に笑顔になると、駆け寄ってきた少女を両手で抱きかかえる。
まだ五歳の少女――ルナはヴィルが拾って育てた娘だった。
「今日も『やくそー』集めしてきたの?」
「そうさ。俺は植物マスターだからな」
「植物マスター……!? かっけぇ!」
「こらこら、かっこいい、だろ」
「えー、かっけぇ、の方がかっけぇもん」
どこで覚えたのか、ルナはそんな言い方をする。
「デインか? それともバルか?」
「ふふん、ないしょっ!」
にこっと笑ってそう答えるルナ。
村では定期的に、教会のシスターが勉強を教えてくれる。
そこにいる少年達から教えられたのではないかと思ったが、ルナは答えてくれない。
「教えてくれてもいいだろ」
「ないしょだよっ。教えてほしかったらねー、うーん。パパは冒険者の『らんく』が低いって言われてるから、いっぱい高くなったらいいよっ」
「ええ、困ったなぁ」
「じゃあ教えてあーげないっ」
ヴィルは悩んでしまう。
ランクが高くなると、ルナと一緒にいる時間が減ってしまうかもしれない。
冒険者のランクは高いと何かにつけて仕事が回ってくる事が多いからだ。
田舎で目立たないように生活していたヴィルにとっては、正直悩ましいところだったが――
「マジかぁ……じゃあ、パパ明日からがんばってくるな」
「うんっ、そしたら教えてあげるっ!」
その数日後――ドラゴンを討伐した事によりヴィルはEランクの冒険者からAランクの冒険者へと異例の昇進を遂げた。
これが、元王国最強の暗殺者で《鴉》と呼ばれていた現在である。
主人公がとっても強いおっさんのほのぼの系。
そのままほのぼの系で行くか、父親に憧れて冒険者になるか。
はたまた暗殺者になるか……で話が膨らみますね。




