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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぼくのモンシロチョウ

作者: 天神大河

 春がやって来た。ぼくの家のすぐ近くにあるおばあちゃんの家のキャベツ畑にも、モンシロチョウがいっぱい飛び始める。

 キャベツ畑には毎年、モンシロチョウが集まっては卵をいっぱい産む。小学生のぼくは、毎年キャベツ畑を覗き込んでは、キャベツの葉にいる青虫の姿を観察していた。そんなぼくに、おばあちゃんは特別にキャベツをいっぱい分けてくれた。

 ほら、ここにあるのがちょうちょの卵だよ。おばあちゃんが葉の裏を指さしながら、モンシロチョウの卵を一つ一つ指さしていく。おばあちゃんの言葉を聞きながら、ぼくは黄色いびんの形をした、それでいてとても小さい卵に見とれていた。こんな小さい卵が、あの白いチョウになるだなんて――昔から青虫やサナギを見て来たけれど、今でも信じられない思いだ。

 ぼくたちも、チョウみたいに姿を変えられたらいいのに。心の片隅でそう思いながら、ぼくはおばあちゃんからモンシロチョウの卵が着いたキャベツの葉を受け取った。その様子を見ていたお母さんは、とても嫌そうな顔をしていたけれど、ぼくにはその理由が分からなかった。




 おばあちゃんからキャベツを貰った、五日後の朝。

 キャベツの葉にあるモンシロチョウの卵から、小さくて茶色っぽい毛虫が現れた。出て来た毛虫は、少しの間じっとした後、卵の殻をゆっくりと食べ始めた。透明なケージ越しに毛虫を見て、ぼくは何だかほっとする。そうしている間に、別の卵からも次々に毛虫が現れた。

 キャベツの葉の裏にあった卵は全部で五個あり、お昼になるまでに全てかえった。ぼくは嬉しくて、お母さんやおばあちゃんに毛虫が出て来たことを言って回った。お母さんは少し顔を引きつらせながら良かったわね、と一言だけ言った。おばあちゃんはそうかい、大切にするんだよ、とニコニコしながら言ってくれた。




 生まれて来た毛虫に、ぼくは卵からかえった順に一郎、二郎、三郎、四郎、五郎と名付けた。性別は良く分からなかったけれど、同じ男の名前を付けた方が妙に愛着がわき、親密感が増した。

 一郎と三郎は、卵を食べ終わって早々キャベツを豪快に食べていき、翌日には緑色の青虫になっていた。二郎と四郎も、食べるペースは少し控えめだったけれど、その日の夕方には青虫になった。唯一五郎だけは、その夜になって青虫になったけれど、他の青虫たちと比べて体格が小さかった。だけど五郎が小さな身体を必死にくねらせながらキャベツの葉を移動する姿は、とても可愛らしかった。小学校から帰ってきては毎日、可愛い五郎の姿を最初に探したほどだ。

 そうして、一週間ほどが過ぎた。一郎たちは脱皮を繰り返し、ついに五匹全員が五齢幼虫となった。あと少しでサナギになるための準備をしているのか、みんな大きな緑色の身体を忙しなく動かしている。ぼくも、青虫がサナギになる日を今か今かと待ちわびていた。




 そんなある日のことである。

 その日は、一郎の様子が何かおかしかった。同じところをぐるぐる動き回ったかと思うと、それきりじっと動かなくなったのだ。ぼくはいよいよ、一郎がサナギになるのだと思った。

 けれど違った。

 動かなくなった一郎の身体から、透明なウジ虫が一斉に何匹も現れたのだ。

 一郎の身体を食い破って出て来るそれを前に、ぼくはお母さんを呼んだ。お母さんに一郎の身体からウジ虫が湧いて出たことを伝えると、お母さんの顔色が一気に蒼くなった。お母さんは意を決したように息を吐くと、真っ直ぐぼくへと顔を向けた。そしてお母さんは、一郎は死んだのよ、と言った。

 お母さんが言うには、一郎の身体から出て来たのはアオムシコマユバチといって、モンシロチョウの幼虫の中で生活するハチの幼虫らしい。そして時期が来れば、モンシロチョウの幼虫の身体を食い破って出て来て、繭を作り、その中で成虫になるための準備をするのだ。一方、アオムシコマユバチの餌食になったモンシロチョウの幼虫は、身体をほとんど食べられちゃってるから、そのまま死んでしまうらしい。

 まさか、と思ったぼくはお母さんの手を引いて、一郎の元へ戻った。数分ぶりに見た一郎の身体の周りでは、うっすらと黄色い繭がいくつも作られ始めていた。その繭に囲まれた一郎は、びくとも動かなかった。

 ぼくが止めるのも聞かず、お母さんは一郎とアオムシコマユバチを新聞紙に包むと、ゴミ袋に捨てた。かわいそうだけど、仕方ないのよ。眉根を寄せながらそう言ったお母さんの言葉に、ぼくは何だか嫌な予感がした。



 一郎が死んだ翌日、今度は三郎の身体からアオムシコマユバチが現れた。

 それとほぼ同時に、四郎もまた黄色い小さな繭に包まれたまま死んでいた。きれいな緑色の身体は少し黄色っぽくなっており、わずかに液体が漏れ出していた。

 立て続けに三匹の青虫を失ったぼくは、二郎と五郎の身体を指先でそっと撫でた。冷たくてぶにぶにとした感触が気持ちいい。だけど、ぼくはふと気づいた。二郎の身体だけ、何かぶにぶにした感触に混じって、凹凸に似た感触がある。いくつもの奇妙な凹凸は、二郎の身体の中で、ゆっくりと動き回っていた。

 その翌朝、ケージの片隅で二郎は死んでいた。二郎の周りには、アオムシコマユバチとは違う、黒い小バエのような虫が何匹もうごめいていた。これは何の虫だろう――ぼくはそう思って母に尋ねるが、母は知らないわよ、とだけ言うと、嫌そうな顔をして二郎と小バエをゴミ袋に入れた。

 あと残ったのは、五郎だけだ。頑張ってきれいなチョウになるんだぞ――毎日そう言い聞かせながら、ぼくは五郎の成長を見守っていた。

 そして、二郎が死んだ三日後。五郎はケージに貼り付き、前蛹(ぜんよう)になった。これで明日には、サナギになれるんだ。最後に生まれた五郎が、ようやくここまで辿り着いたことに、ぼくはなんだか嬉しくなった。




 その翌日。五郎はサナギになった。サナギからチョウになるまでは、大体二週間ぐらいかかるとおばあちゃんは言っていた。けれど、何も食べたり飲んだりしない五郎を見て、ぼくは何だか不安になった。

 こんなので、本当にチョウになれるのかなあ? ぼくはつい気になって、コップに少しだけ水を入れると、五郎の上に水をかけてあげた。五郎は最初は動じない様子だったけれど、水をかけ終わったほんの一瞬だけ、身体をビクンと揺らした。どうやら嬉しかったらしい。

 次の日も、ぼくは五郎に水をかけてあげた。そろそろ季節も夏に近づいている。サナギになっているとはいえ、五郎も暑がっていることだろう。お母さんはやめなさい、と言ったけど、ぼくは五郎に立派なチョウになってほしいのだ。そのためには、少しでも元気なのがいいに決まってる。

 その次の日の昼間も、ぼくは五郎に水をかけてあげた。今日は朝から暑く、日もいっぱい照っている。だから、五郎へかける水も少し多くした。サナギになってから数日が経過した五郎の身体は、青虫の頃と同じ緑色だった。ぼくが水をかけ終わった瞬間、五郎の身体が、貼り付いていたケージから床に落ちてしまった。

 しまった。ぼくはそう思い、親指と人差し指で五郎を掴んだ。そのまま、さっきまで貼り付いていた場所へサナギを押し当てる。だけど、なかなかうまくいかない。

 ぼくは少しむきになって、五郎を強くつまむと、ケージに貼り付くように五郎を押し当てた。何度かそれを繰り返したその時、勢い余ってぼくの指が五郎の身体を押しつぶした。指先に、透明で少しネバっとした液体が絡みつく。驚いたぼくは、思わず五郎をケージの床に落としてしまった。ぼくの指に押しつぶされ、中に詰まっていた液体をほとんど吐き出した小さなサナギは、そのまま動かなかった。




ぼくのモンシロチョウ/おしまい

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[良い点] オカルトともホラーとも一線を画し、たぶん体験をもとに描かれたものでは、と感じましたが、寄生された虫たちが次々と・・・というところではうすら寒いものを覚えました。 そして最後の部分は、子ども…
[良い点] ぼくのモンシロチョウ 拝読させていただきました。  モンシロチョウとタイトルにありながら、結局五匹とも成虫に至らない。子ども視点の少しグロテスクで残酷さを感じる物語ですが、同時に教訓も感…
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