2-4
「よく出来た話だとは思う」
まず、青山が感想を述べた。
「科学考証の点については眉唾もんだけどな」
と、倉本。
「しかし、我々はそれを信じざるを得ない」
佐々木が、二人の後を継いだ。そして、続ける
「なぜなら、俺たちは今の話を聞かされた時点で、すでに君に命運を握られてしまっているからだ。違うか?」
そういうと、佐々木は龍威をにらみつけてきた。青山も倉本も、そして学も桜も、ギョッとした顔で佐々木を見ている。
「さすがだね」
本心を悟られたことに舌を巻きながら、龍威は佐々木を賞賛した。
「もちろん、殺すつもりはなかったけどね、しばらくの間、消えてもらうくらいはしたかもしれない」
これも本心だ。ここは、彼らの信用を得ないことには前に進めないと龍威は思っていた。沈黙が室内を支配する。
「ぶっちゃけ、俺の過去がどうあれ、俺に力があるってことはみんなも分かってるとは思うんだ。ただ、重要なのは俺のこの力を狙ってんだかなんだか知らないが、妙なちょっかいを掛けてきてる奴らがいるって事実だな」
「そうね、神楽美に喧嘩を売ってくる奴がいるなら、徹底的に叩き潰さなきゃです」
沈黙に耐え兼ねて龍威が口を開くと、桜が方向のずれた相槌を打った。
「……ん?」
「え?」
「いやあの……何でそーなるのか俺にはわからんが……まあいいや」
小首をかしげる桜の様子に、冷や汗を垂らしながら龍威が続ける。
「……ここにいる六人で、そいつ等に対抗したいと俺は考えている。協力してもらえないか? って、最初に脅し効かせてるから半強制になっちまって申し訳ないんだがな」
「もちろんです」
てっきり全員渋るものと思っていた龍威は、あっさりと桜が乗ってきたことに軽い驚きを感じた。やはりどこかお互いの意識にずれを感じる。
「で? 私たちは何をすればいいんです?」
「いや、みんなの意見も聞いた方が……」
「龍威君、無駄だ、お嬢は言い出したら聞かないから」
青山が何かを諦めた様に呟いた。この場合、頼みの綱となるのは桜の唯一の弱点となった学なのだが、龍威が彼を見ると、学は目をぱちくり瞬いて立ち上がった桜を見つめている。……だめだこりゃ。つーか、こんなんで大丈夫かなぁ?
多少不安になりながらも、龍威は自分の考えを話し始めた。
「えーと……んじゃ言うけど……これ以上、俺のために他の誰かを巻き込むわけにはいかない。要するに、敵さんたちには俺らだけを狙えって言ってやんなきゃいけない訳だ。そこで、神楽美の力で、ひとつ大々的に記者会見を開いてほしい。内容はこうだ……」
「ふっ……」
男は、笑っているようだった。由香里は、その後ろで恐怖にじっと耐えるしかなかった。
「どうやら、彼らは我々に宣戦布告してきたようだぞ?」
愉快そうに、男が声を掛けて来る。由香里には、それが自分への死刑宣告のように聞こえた。
「お許し……ください」
搾り出すようにそう言うしか出来なかった。
暗い部屋だ。いつか、保育園を含んだビルの火災現場の監視カメラが写した映像の検証をした部屋。いま、モニターに映っているのは普通のテレビ番組だった。ワイドショーというやつだ。一連のヒーロー出現の噂についての公式発表を、天下の神楽美コンツェルンが行うということで、地上波のどのチャンネルも全て(いや、国営放送以外は、であるが)その模様を生中継で伝えていた。
「部下の独断ということなら仕方がないが……部下を統率するのは上司の大切な役目だ」
じわじわと弄られている事を自覚する。が、反感や怒りは湧いてこなかった。心に渦巻くのは、ただ、恐怖だけ。
「……はい」
自分は今、他者から見ると卑屈だろうか? 由香里は思う。どうとでも思うがいい。彼を怒らせるわけにはいかないのだ。今ごろ、近藤はその命にお別れを告げているだろう。いつか、目の前のこの男を追い越すまで、私はどれだけでも卑屈になってみせよう。
「ふふ、しかし、神楽美が絡んできたか……面白い。ヴィーナス」
「は、はい」
「受けて立ってやりなさい。この挑戦を」
「あ……ありがとうございます」
「あぁ……期待しているよ。美しい女性がいつまでも近くにいることを望むのは、男なら当然だからね」
それは、明らかな最終警告だった。これで、由香里は追い詰められたわけだ。何としてでも、佐伯龍威を捕らえなければならない。失敗は、即座に由香里の死を意味する。
男は、それだけ言うと席を立った。今から始まる会見の内容そのものには興味がないのかもしれない。
「期待しているよ、ヴィーナス」
立ち去り際、最敬礼をする由香里の横を通り過ぎるとき、男はもう一度そう言った。それでも、由香里は屈辱を感じることはなかった。あるのは、ただ、恐怖のみ……
「佐伯……龍威……神楽美……桜……」
だから、モニターの光しかない暗い部屋に残された由香里の口から漏れるその言葉には、怒りの感情は含まれていなかった。いや、一切の感情を排したその声は、聞くものがいるなら逆に物凄い恐怖を覚えさせたかもしれない。
「……私が自ら捕らえてみせます。お許しを……ゼウス様……」
「オリンピア? カメラメーカーか?」
「なんかあったな、そういう名前の会社。でもまったく関係ねぇよ。あの近藤って男が最近入り浸ってた新興宗教団体が、オリンピアって言うらしいんだ」
「火災現場から発見された男の死体は、田口将。死因は焼死じゃなくて、眉間に鉄砲玉食らってるらしい」
「なぁ神楽美ぃ、まだ始めねぇの?」
「さえ、龍威、ちゃんと聞いとこうよ」
「聞いてるって。その田口ってのもそこに入信してたんじゃね?」
「入信というよりも、スタッフの一人だったらしい」
「スタッフ? 宗教団体にスタッフって時点で怪しいと思う」
「おっ、鋭いね寺田先生!」
「おい、倉本、茶化してる場合じゃないだろ」
「へいへい。俺の予想じゃ、あの近藤ってのも今ごろ天国にいるぜ、きっと」
「あぁ、俺も青山も同意見だった」
「お前、俺がさっきそう言ったとき驚いてたじゃないか」
「佐々木さぁん、ポイント稼ぎはいけませんよぉ」
「くっくっく、しかもお嬢は聞いてないし」
「神楽美どこ行ったんだぁ?」
「あれ? 神楽美さんさっきまでそこにいたのに」
「お嬢ならスタッフに呼ばれて裏に行ったぞ」
「つーか、皆さんお嬢お嬢って……」
「お、俺はちゃんと桜お嬢様って言ってるぞ!」
「わかったわかった、佐々木、お前は忠実なやつだ、うんうん」
「倉本、話が進まん」
「俺、倉本のおっちゃんには通じるところを感じるなぁ」
「青山さん、続けちゃってください」
「そうだな。そもそもこのオリンピアって集団は、神への信仰を目的として作られた団体ではないらしい」
「じゃあ、対象は特定の個人? 教主ってやつか」
「そう、佐伯君の言うとおり、この団体の中心にはゼウスと呼ばれる男がいる。こいつが、リーダーだな」
「うわぁ、ダサぁ」
「そして、幹部たちにはそれぞれ、ギリシャ神話の神々の名前が使われているようだ。確認できただけでも、20人近い」
「結構でかいんだな? 世紀末に、とんでもない事件起こしたあの連中を彷彿させる」
「アンダーグラウンドで巨大化して、一気に大きなことをやらかしてしまうんだな」
「ま、今分かってるのはこのくらいらしい。会見が終わったら、神楽美の力で色々調べることになるだろう」
「かーっ、ニッポン警察の神話ってのは意外と脆いもんだな」
「つーか、警察の情報をこんな簡単に入手できる神楽美さんって」
「私がどうかしました?」
「わっ、神楽美さん!」
「驚くな、マナブ。神楽美が悲しむぞ」
「そ、そんなことはありません!」
「なんのこと?」
「神楽美、悲しめ、マナブは気付いてないぞ」
「……」
「だから、なんのこと?」
「寺田君は気にしなくていいことだよ。お嬢様、始めますか?」
「……ったく……えぇ、そろそろ。その前に、佐伯君」
「ん?」
「この間あなたに助けられた女性たちが、お礼を言いたいそうで、大挙して来られています」
「おっほぅ♪ 嬉しいねぇ。んでも、相手してる時間がないから帰しちゃってくれていいのに」
「帰してしまうの? せっかく来てくれたのに」
「あのなぁ、マナブ。よく考えてみろ。そのオリンピアって連中の仲間がこの会場に来てたら、どう思う?」
「どう思うの?」
「あ、このやろ考えもしないで答えやがったな。向こうはまず、俺とお前を徹底的にマークするはずだ。そして、接触した人間をすべて重要関係者としてリストアップする。ここは彼女らに会っちゃいけないんだ。お礼は、オリンピアぶっ潰してから聞けばいいんだよ」
「あら、意外と考えてるんですね」
「む、さては、実は根深い性格だったりするな、神楽美?」
「私たちを巻き込む前に、その思慮深さを発揮して欲しかっただけです」
「いや、どちらかというとお嬢様の方が自ら巻き込まれた形だと私は思いますが」
「……」
「言っとくがな、あの時マナブに化けて出てったのにもちゃんと理由があるんだぞ?」
「そうだな、あれは俺の失敗だ。あのままにーちゃんを残して佐伯が離れたら、間違いなくにーちゃんは奴等に捕まってただろう」
「え、そうなの?」
「お前って結構大物だなぁ。ちょっぴり感心しちゃうぞ、俺は。しかし、お前の家を先もって知ってたのはラッキーだった」
「なんで?」
「だって、知らなかったらお前もいっしょに神楽美の家に連れてかなきゃいけなくなってただろ? お前よりも先に神楽美が目を覚ましたりしたら、俺の目が届かないところで、お前が寝てるうちに、とんでもないことになってたかもしれないじゃないか」
「さーえーきーくーん」
「お嬢様、抑えて抑えて」
「……もうっ! 始めますから、会場に行きますよ!」
「……神楽美さん、何を怒ってたんだろう?」
控え室を出る際、最後になった学が、ドアを閉めるのと同時にポツリと呟いた。