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「ひゃー、マスコミってのは凄いもんだね」
唐突に背後からかけられた言葉に、学は心底驚いた。驚きが強すぎると、声が出ないどころか体も動かなくなってしまうものらしい。振り向くこともできないまま、学は何が起こったのかを考えていた。
(佐伯くんの声? 一体どこから入ってきたんだろう? いや……)
この頃にはようやく、学も分かってきた。佐伯龍威という人間には、『なにか』ある。それはきっと、学の想像もつかないレべルの力だ。昨日の最後の記憶が、それを物語っていた。もう驚かない、驚かないぞ……
だが、ようやく落ち着いて振り返ろうとした学に畳み掛けるように、もう一人が声をかけてきた。
「あの……寺田君? 大丈夫?」
「か、神楽美さん? なんで?」
驚きの限界を超えると、体の麻痺も解けてしまうものなのかもしれない。慌てて学は振り向いた。
佐伯龍威、神楽美桜と、倉本という男。それに、学が知らない二人の男が立っていた。昨日の倉本の話からすると、この二人が青山と佐々木なのだろうが。
驚きのオンパレードだが、五人もの人間が後ろに立っている事に気付かなかったことに驚いた。
「お、お、おおおぉ?」
(うぅ、僕の心臓、破裂しちゃうかもしんない……)
言葉にならないうめき声をあげながら、場違いというか、もっともというか、そんなことを考える。
「まぁ、積もる話もあるだろうが、とりあえずここから出よう。こううるさくちゃ話も出来やしねえ」
学の様子をサラッと流して、龍威がそう言う。学はどうやって? と、聞きかけてやめた。龍威にとっては造作もないことなのだろう、きっと。
それに、いい加減チャイムや電話の音が気に障ってきた頃だ。まったく、レポーターという人種の神経を疑ってしまう。付けっ放しのテレビに、今まさに自分の似顔絵が映っているのだから、学がそう思うのも仕方がないことである。
「どうすればいいの?」
学は聞き方を変えてみた。それを聞いて、龍威の顔がほころぶ。
「わかってきたねぇ、学くん。んじゃ、こっち来てみんなで手をつないで輪になってみ?」
言われて、学は龍威と倉本の間に立った。……のだが、なぜかすっと倉本が立ち位置を変えて、結果、学は龍威と桜の間になった。もちろん、学がそこに入った時に、桜が倉本の服のすそを引いて合図した、なんて事に学は気付いていない。
それを見て、龍威が苦笑しながら呟いたのが聞こえた。
「インプリンティングしちまったか?」
確か、動物の子供に自分が親だと教えるときに使う言葉だったはずだ、と、学は思ったが、何のことだか分からなかったので何も言わなかった。龍威の考えていることは常識を超えているのだから、分からないことを一つ一つ確かめるのも馬鹿らしい気がしていたのもある。ただ、学の手を握っている桜の手に、奇妙に力が入っていることと、彼女が俯いて真っ赤になっていることは多少気に掛かったのだが、きっと、昨日の恐怖が消えていないのだろう、などと勝手に解釈してしまっていた。
学の視界が一瞬にして真っ白になったのは、その時だった。
「テレポーテーション……?」
学が呟くのが聞こえた。桜はこれで二度目だ。風景は、桜のマンションの一室になっていた。
(もうちょっと、寺田君の家に居たかったですね)
ついついそんなことを考えてしまい、自分の思考でまた赤面してしまう。よく考えてみると変な話なのだ。確かに、もともと桜は学の容姿や、その容姿から受けるイメージとのギャップが大きい彼の性格を好ましく思ってはいた。だが、昨日桜を助けたのは、本当は佐伯龍威であって寺田学ではなかったのだ。なのに、自分はどうやら、それをきっかけにちょっと本気で学に恋をしてしまったらしい。
「私って、チョロインだったのかしら?」
「お嬢……」
疲れたような声でたしなめる青山の声にハッとする。そんなことを言っている場合では、確かにない。
「正確にはテレポーテーションとは違うな。俺が使っているのは超能力じゃない。まぁ、混乱するかもしれないが、原理は同じモノだったりするけどな。とにかく、詳しい話は今からするつもりだ」
「で、ここはどこなの?」
学が龍威に聞く。そういえば、まだ言っていなかったことを思い出し、桜が代わりに答えた。
「私の家です」
「へぇ、女の子の家って初めてだな、僕」
「家っつっても、この部屋は使ってない部屋だから何もないけどな」
「えす……倉本さん?」
にやけながら茶化す倉本に、咳払いで牽制を送る。どうも調子が狂うのは、やはり学の存在があるからだろうか。
倉本の言葉どおり、この部屋は(というか、この一戸全体は)桜自身も入ったのはこれで二度目であった。一度目はさっき、龍威が戻ってくるときにどこに戻ればいいかと尋ねてきたときに、学も同行することを考えて寝室は避けようと、じゃあ使っていない部屋を、ということで案内するために。
(寝室も殆ど何もありませんけど、ベッドサイドのマシンガンはさすがに見られたくありませんからね)
「立ち話もなんですから……倉本さん、テーブルと椅子を持ってきてくださらない?」
「かしこまりました」
倉本も、これ以上桜を茶化して減俸にでもなったらたまらないとでも思ったのか、素直に対応してくれる。
「あぁ、いや、面倒だからいいや、俺が出すよ」
と、龍威が途中で倉本を止める。
「ちょうどいいから、説明しながらな。俺がもう普通の人間じゃないことは、当然みんな分かってることだと思うんだが……」
言いながら、全員の顔を見回す龍威。視線が合うと、それぞれ頷いて龍威の認識を認めた。倉本はゆっくりとひとつ頷き、青山もそれに習う。佐々木はこくこくと小刻みに頷き、学は苦笑しながら頷いた。桜も頷く。
「……結構。俺はこんなことが出来たりするわけだ」
と、全員が作った輪の中央に、円卓と人数分の椅子が忽然と姿を現す。材質は木製で、驚いたことにかなり凝った意匠も施されていた。
「これは……見覚えがあります」
桜にはそのテーブルを見た記憶があった。残念ながら、どこで見たのかまでは思い出さなかったのだが、確かにどこかでこれと同じテーブルを見ている。
「あぁ、神楽美なら確かに見たことあるかもな。これはフランスの某有名家具メーカーの最高級品だ。この前、産業文化会館で展覧会やっててな、暇つぶしに見に行って、気に入ったから一応覚えといたんだ」
「あぁ、なるほど」
桜は納得した。その展覧会には賓客として招待を受けていたのだ。そう言えばその時、メーカー側の担当者からしつこく推されたのがこのテーブルだった。買っても使わないからとあしらったのだが、そのテーブルとこういう再会を果たすとは、毛ほども考えていなかった。
「よし、まぁ座ろうや」
言うと、龍威はまるでこの家の主が自分であるかのようにゆったりと一番に座った。そして、
「おぉ、やっぱ座り心地もなかなかいいな。最高級品だけのことはある、うんうん」
と、自分で出現させたくせに、座って喜んでいる。その姿を見ながら、それぞれ恐る恐るといった表情で椅子に腰掛け始めた。桜も昨日、龍威が出したのであろう飛行機にも乗ってはいるのだが、やはり慣れない為に戸惑いながら座った。座り心地は、正直かなり良かった。
「んじゃ、本題に入ろうか。学には昨日もう言ってあるんだが……」
と、龍威は学を見る。見られた学は、何のことだかわからないような顔を一瞬したのだが、何か思い当たったのだろうか、「あっ」と小さく声をあげて龍威を見つめ返した。その視線を龍威は受け止め、ひとつ頷いて、話し始めた。
「俺は、地球人じゃない。ここから何光年離れてるのかも分からないくらい遠くの星に生まれた、ごく普通の宇宙人だ。いや、だった、というべきかな」
……その星は、一つの統一国家のような状態になっていた。いま、俺たちがこの地球を地球と呼んでいるように、その星の人々は、星のことであり、国でもあるそこのことをミレイスと呼んでいた。まぁ、ミレイスは地球人にも発音できる言葉だからそのまま使ったが、その星の言葉ってのは地球にない発音のものが多くてな、こっからは俺なりに全部日本語に翻訳して話すから。
ミレイスの特徴っつったら、科学力の発達が今の地球よりもかなり進んでいたってことだな。あぁ、いや、これは別に地球を馬鹿にしているわけじゃないんだ、要するに、ミレイスに文明が生まれてからというか、ミレイスの人間たちが火を使い始めてから、俺が生まれるまでにはそれだけの時間が経っていたってだけの話だ。もう数千年もすれば地球も追いつくだろうよ。
もうひとつの特徴っていったら、王制国家の形を取っていたってことだ。ミレイスでも、やっぱり歴史的には戦争ばっかりやってたらしくてな。で、ある一人がそれぞれのリーダーに、もうやめよう、話し合いをしようと……あぁ、日本でいうと坂本竜馬みたいなやつがいたわけだよ。んで、結局戦争はお終いにして、国境も取っ払っちまおうってなことになったんだな。そいつの名前がミレイスって訳だ。そんで、初代の王様にはそいつが収まることになった。俺が生まれる何百年も前の話らしい。ちなみに、そのミレイスってやつは俺のご先祖様だ。笑っちゃうだろ? 俺はその星の王子様だったんだよ。
んで、俺が生まれた。ちょっと話はズレるが、ミレイスでも男性と女性の違いはあった。進化の最終形ってのは、大概俺たちみたいな形に落ち着くのかもしれないな。頭があって手が二本あって直立歩行の足が二本。見た目は地球人と殆ど変わりない、つーか、同じだったよ。実は俺のこの姿な、ミレイスにいた頃のまんまなんだわ。ただ、肌の色は違っていてな、薄い、ホントにごくごく薄い緑色だった。
話を戻そう、俺が生まれて、大体今くらいの姿に成長したときに、大発明があったんだ。何だと思う? 不死の……なんつーかな、術? とにかく、人間が死なない方法ってのが発見された。もちろん、老化もしないんだ。完璧な不老不死。そりゃあもう大騒ぎさ。しかも、その発見ってのは、他の分野にでも物凄い応用が可能だったんだ。
こっからさきは、そーゆーものかって感じで聞いてもらった方がいいと思う。その発見ってのは、簡単に言えば原子を構成する素粒子の法則だった。日本語で言うなら……そうだな、霊子、とでも言うのかもしれない。こいつに、ある種の波形の電波……矛盾してると思うかもしれないが、うまく説明できないんだ、すまん……とにかく、電波のようなものを当てると、霊子同士が結びついて原子になることが分かった。波形の微妙な違いで、構成される原子の種類が変わることも分かった。さらに、だ。霊子そのものに形状記憶装置というか、プログラムのようなものを乗せてしまえる事まで発見されたんだ。その法則を使えば、人間の脳波をその波形に変換して、無の空間から物を作り出すことが出来る。ある物体の原子構成を霊子に記憶させておけば、好きなときにまったく同じモノをコピーすることが出来る。
そして……人間の肉体……特に脳みそだな……の原子構成を随時霊子が記憶、更新するようにプログラムしておけば、不死身の人間が生まれるって寸法だ。心停止を原子構成スタートのキーにしておけば、たとえ老衰で死んでも、記憶はそのまま、体は手術を受けたときの若さになって生き返るわけだ。まぁ、自分の体を変化させることも可能だから、老衰なんてことは有り得ないんだけどな。
その法則の発見者は、被験者を探した。自分で最初に試すのは怖い、だが、自分の研究の成果が本物であるのも確かめたいってな所だったんだろう。そいつはある人物を騙して、実験を行った。
……あぁ、俺だよ。
そいつとは凄く仲が良くてな、実はその研究をしていたグループの一員に俺も入っていたんだ。地球の年齢概念じゃ子供の中に入るかも知らんが、ミレイスでは俺たちはもう社会人だったからな。
そして、実験は成功した。俺はめでたく不老不死になったわけだ。だが、俺はそのとき自分が不老不死になった事をまだ知らなかった。まさか自分がその研究の実験台になったなんて思いもしなかったからだ。
ここからは俺の推測なんだが……そいつは、すぐに自分も不老不死になったんだと思う。きっと、その頃には狂気に囚われていたんじゃないだろうか。そして、そいつは研究機材を破壊した。
それからのそいつの行動は、もしかしたら想像がつくんじゃないか? そう、そいつは一人で革命を起こしたんだ。世界征服をはじめたんだよ。……だれも、そいつを止めることは出来なかった。歯向かうやつは、みんな原子の塵にされちまった。殺しても死なない上に、どんな抵抗も出来ない力を持ったそいつは、あっという間にミレイスを征服しちまった。俺の両親を消し、残ったのは俺だけだ。当然ながら、その時までそいつは俺にも同じ力を持っていることを隠していた。そいつは俺を捕らえ……悪しき体制に属したものへの見せしめだと言って、生身で宇宙空間に放り出したんだ。最後の王族に対する処刑ってわけだな。そしてそれは、殺せない俺の追放も兼ねてたんだろう。
そうやって、まず一度俺は死んだ。だから、自分の力に気がついた。生き返って、またすぐに死んだ。生き返るのは一瞬だ。自分に力があったとして、その使い方もわからない。俺は宇宙空間を死んだり生き返ったりしながら、延々と漂い続けた。
おそらく……数十億年、いや、数千億年かもしれない。
俺が地球に辿り着いたのは、奇跡以外のなんでもないだろう。たまたま、俺が漂っていた方向に、地球があった。放り出されたときに1ミリでも方向がズレてたら、太陽系どころか銀河系も素通りしていたかもしれない。漂っている途中に影響を受けた、星々の引力が一つでも欠けていたら、地球には着かなかったかもしれない。
とにかく俺は、奇跡的にこの地球に辿り着いた。大気圏に突入したときには酷かったぜ。海に落ちて、流されてきたのが日本だった。まだその頃は室町後期だったよ。始めはどうしていいか分からなかったが、何年もかけて自分の力の使い方を覚えて、日本人の中に紛れ込むことが出来た。そして、現在に至るって訳だ。
詳しく説明すると長編小説が何冊か書けちまうくらい長くなっちまうから、ざっと説明したが、俺の正体はつまり、そういうことだ。アンダスタン?