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3-5

 予想外中の予想外だった。こんな偶然は、流石の由香里も前もって予期できるものではない。まさか、こんなにも間抜けな見つかり方をしてしまうとは。神楽美側が、この支部に次女の救出作戦をかけて来る事を予想して集めたチンピラどもが、逆に仇となってしまった。あれほどの人数をものの数分で片付けられたことにも驚かされたが、由香里の脳裏に危険信号を発していたのは、上から聞こえてきた声と物音である。呪文のような言葉と、あたかもそれに呼応したような不可思議な物音。

(まさか、本当に全員が能力者だというの?)

 もし、そうだとすれば、由香里はあまりにも強大な敵に噛み付いたのかもしれない。

「お、あんたがオリンピアの偉いさんかな?」

 頭上から、赤いタイツに奇妙なフルフェイスのようなマスクを被った男(なのだろう、声からして)が飄々と声を掛けてくる。表情はマスクに隠れて読み取れないが、かなりの余裕がその声から感じられることは確かだ。

(ならば、やむを得ないわね!)

 相手の余裕に刺激されて、逆に由香里は多少正気を取り戻すことが出来た。なんとしても、この場は切り抜けなければならない。後にゼウスから制裁を受けることになろうとも、ここで負けてしまえば結果は同じである。ならば、少しでも自分の立場を有利にしなければならないのだった。ここで死ねば、ゼウスの魔手を逃れるために死力を尽くすことも適わなくなるのだから。

「倉本?」

 敵の一人が、恐らく赤いタイツの男に掛けたのであろう声が聞こえた。だが、男が答えられるはずは無い。由香里の「力」に体の自由を奪われたのだから。

(効いている!)

 そんなことは無いと思ってはいたのだが、もしかしたら自分の能力が破られるかもしれないと、由香里は内心恐怖していたのだ。これまでにたった一人、平然と由香里の力をはね返した男がいたからである。だが、それは杞憂であったらしい。正気の次に、由香里は余裕をも取り戻すことが出来た。

「そう、私がオリンピア支部長の『鉄の』ヴィーナス。よろしくね」

 悠然と笑みを浮かべて、由香里は言った。



 安心するのはまだ早いと分かっていたし、実際、安心できる状況には無いようであった。桜は、現状を打破するために何をするべきかを必死に考えていたのだ。

 赤いマスクの男(倉本だったらしい)が、天井の入り口から顔を覗かせたとき、事態が急激に加速していることは分かった。が、ヴィーナスの力から逃れる方法は、まだわからない。現に、倉本も微動だに出来ない様子だ。

(佐伯君は、自分の力と超能力は原理が同じだと言っていた気がします)

 超能力――桜は自分が知りうる限りの超能力の知識を思い出そうとした。

 その昔、ユリ・ゲラーがテレビで超能力ブームを巻き起こしたとき、彼の問い掛けにブラウン管の前で真摯に念じた子供達の多くが、実際にスプーンを曲げてしまったというのは有名な話だ。だがしかし、月日が流れるとともに、彼らの能力は下降の一途を辿ったとも言われている。その理由はなぜか?

(大人になると使えなくなる? でもそれでは、ヴィーナスが力を使える訳が無いですし)

 なにか、別の理由があるはずだった。無言のまま、桜は考えをめぐらせる。

 一時期のブームが過ぎ去ると、マスコミはユリ・ゲラーの超能力はトリックで彩られたインチキだと騒ぎ立て始めた。そして実際、様々なトリックが暴かれ、ユリ・ゲラーはテレビ画面から姿を消すことになった。その頃には、全国の超能力少年、もしくは少女達の情報など、メディアに取り上げられることは皆無と言っても良いくらいに無くなっていた。

(もしかして……)

 桜は思う。確かに、火付け元はインチキだったのかもしれない。だが、テレビの前で座っていた子供達は、トリックなど使えるはずも無い。彼らは本当にスプーンを曲げたのだ。自らの内に秘めた不可思議な力で。

(だけど、そんな力はないと思い込んでしまった? ユリ・ゲラーがインチキだと分かった時点で、自分の力を見捨ててしまったと言う事でしょうか)

 彼らは自分の力の根底にあった、『信じる』ということが出来なくなってしまったのではないだろうか? 超能力と言うものは、実在するならば(いや、するのだろう、自分も不本意ながら体験させられてしまったわけだし)その発動条件に精神世界の部分が相当絡んでくるはずだということは、桜にも分かる。再度、超能力少年達がスプーン曲げに挑戦しようとした時、ユリ・ゲラーがインチキだったという情報が、彼らの頭の中で雑念となって超能力の発動を妨げたのだとしたら? そして、その結果、スプーンは当然曲がる事無く、彼らが「やはりあれは何かの間違いだったのだ」と、自分の能力に見切りをつけてしまったのだとしたら?

(この推測が正しければ、ヴィーナスの力を発動出来なくさせることは可能かもしれません)

 すでに発動してしまった力を破る方法はわからない。だが、それを未然に防げる可能性はありそうだった。

 じっと、桜は様子を伺うことにした。ヴィーナスは上に気を取られているようである。このまま無言で通し、機を逃さないようにしなくてはならない。ヴィーナスが自分の動きを警戒してしまうと、桜も動くに動けなくなってしまうのだ。哀れで無力な虜囚を演じ続けることに、桜は決めた。



(なんだこりゃ?)

 倉本は心の中で苦笑しながら、自分の置かれた状況を眺めていた。

 エントランスの地下に幽閉する敵(ヴィーナスといったか?)の慧眼は、流石だと思う。もし、こちら側が桜の救出作戦に乗り込んできたなら、ある程度抵抗しながら後退してビル内に誘い込めば、通過後にこっそり移送することも可能な上に、まずこちらが気付くことは無かったであろう。こうやって桜を発見できたことは、単なる偶然であり、ヴィーナスが唯一犯したミスを強いてあげるとすれば、やられ役の人数を多く集めすぎたというところぐらいだろう。

(それはそれとして……)

 体がまったく動かない。豪胆な性格の倉本も、こればかりは流石に戸惑ってしまう。体の周囲に、ぴったりと同じサイズの見えない壁があるような感じである。それが、開いた口の中にまで侵入してきているので、声を出そうにも出すことが出来なかった。唯一、鼻の穴のところだけが開いているようで、呼吸は出来る。だが、ただそれだけだった。

(参ったなぁ……味方に宇宙人がいるかと思えば、敵にはもっと得体の知れないやつが居やがった)

 こちらを見上げているヴィーナスは、よく見ると相当美人である。もっと言えば、倉本の好みでもあった。その向こうに両手を縛られ、足枷までされて転がされている桜も、黙っていれば芸能事務所が争奪戦を繰り広げそうなくらいの美少女である。ひとたびその口が開けば、スカウトマンも蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまうだろうが。

(拷問にでもかけようとしてたのか? 絵的には凄くそそられるかもしれない。もちょっと経ってから乗り込めば面白かったかも)

 自分の体が動かないことを棚に上げて、そんなことを考えてしまう。この余裕は、龍威がいるからだろう。なんでもありの宇宙人がいれば、この苦境もなんてことは無いような気がしてくる。

(しかしまぁ、なんだ)

 早く誰か俺をどうにかしろよ――いわゆるウンコ座りで蓋の中を覗き込んだままの自分の格好を憂いて、倉本は心の中で深々と嘆息したのであった。



(ビンゴ!ってな。やっぱり『本物』がいやがった)

 龍威はマスクの下で苦笑した。倉本は、動かないのではないだろう、恐らく、動けないのだ。その証拠に、あんな不安定な座り方をしているのに、体が1ミリも揺らがない。瞬きもしない。

「おっちゃん、ちょっとどかすぞ」

 龍威はそう言って、倉本をよっこらしょと押して少し横に滑らせた。生きた人間がウンコ座りしたままずらされる図と言うのも、機から見たらきっと奇妙なものだと思う。押している龍威本人がなんとなく虚実感を覚えるくらいなのだ。

 倉本をとりあえず地下への入り口から離した所まで押して行くと、学たちに向けて手のひらを見せる。相手が能力者ということになると、彼らには勝ち目が無い。

「ばんわ~、お姉さん、俺に用があるんじゃないの?」

 入り口を覗き込み、ヴィーナスと視線を合わせる。

「あなたが佐伯龍威君ね?」

 不敵な笑みを浮かべた美女が、艶やかでいて、どこと無く違和感を感じさせる声で問い掛けてきた。

 一見して「知的美女」の印象を受ける。いや、そう相手に受け取らせるための作為が感じられる容姿だった。少し横幅が大きく思える眼鏡や、アップにまとめた髪、そしてシックなスーツ。当然タイトスカート。ビデオレンタルショップで、隅の方に作られた一区画の「女教師」の棚を見渡し、ジャケットの女性がしている格好を平均するとこうなるのではないか、といった感じだ(脱いでいる部分を除いて、である)。もちろん、支部長と言うからにはそれなりに頭の切れる女性でもあるのだろう。

「あぁ、なんならこのカッコやめて、顔を見るかい?」

「ふふ、そうね、そのままじゃあなたの表情が分からないもの」

 倉本に能力が効いたことで、優位に立ったと思っているのか、それとも、ヴィーナスなりのブラフなのか。はたまた、実際に龍威をも下せるほどの力の持ち主だったりするのだろうか。とにかく、ヴィーナスは微笑んで言った。

 相手の要求に応え、龍威はナチュレーダーのボタンを押す。と、数瞬で神楽美特殊科学班専用警備服を着た姿になった。

「!!?」

 やはり、というべきか。ヴィーナスは相当驚いた表情を隠す事無く龍威に見せてくれた。

「あれ? なんかビックリする事でもあった?」

 この質問は、我ながら意地が悪いかもな――龍威はニヤニヤしながら、ヴィーナスを見つめた。

(さぁ、どう動く?)

 ここが勝負どころだ。今の「着替え」で、ヴィーナスはこちらの能力を測れなくなったはずなのだ。焦りや驚愕は、並の超能力者から力を行使する条件を奪う。そして、下にいる桜も、どうやらそのことに気付いているようだ。じっとヴィーナスを睨んだまま、彼女は無言で通し、動かないでいる。何か行動を起こす好機をうかがっているに違いない。

 ヴィーナスの次の行動で、全てが決まる。

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