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3-3

「派手な展開にはならないもんだなぁ」

 倉本がぼやくのが聞こえた。明らかに落胆の感情がこもっているのが倉本らしい、と、佐々木は思った。

 佐伯少年に(とは言っても、実際にはメンバーで一番の年長者らしいのだが――どこまで信用できる話なのか、佐々木には正直わからなかった)連れられ、まず始めの建物に侵入したのである。リストの順番のままに回ると言っていたので、恐らくここは市街の中心部近くのはずだ。少し離れたところからは日常的な街の喧騒が聞こえてくる――ような気がしないでもない。

 神楽美グループから仕事の依頼が来た時には、舞い上がったものだ。天下の神楽美! 勤務地が東京からこんな田舎町になってしまう事に多少不満も無くは無かったが、報酬の額を聞いて吹っ飛んだ。流石は神楽美! である。

(なぁんか、思ってたのと違うんだなぁ。もちょっと、違う意味で充実した仕事のつもりだったんだけど)

 まぁ、いいや。なんかよく知らんけど、桜お嬢様は可愛いし。怖いけど。

 佐々木がまだ小学生の頃、『ボディーガード』という映画を見たことが、この世界への憧れを持つきっかけであった。勉強に励み、体も鍛え、念願のSPという仕事につくことが出来た。と言うか、自分で事務所を立ち上げたのだ。地道に営業なんかもやってみた。お陰で、映画と同じような仕事も経験したことがある。襲ってきた男を取り押さえた時、護衛していた女性外国人タレントはそっけなかったものだが、あの時は内心自画自賛の嵐だった。実は、青山とはその時に一緒だったのだが、もしかしたら青山は佐々木のことを覚えていないかもしれない。まったくそのときの話題を振ってこないのだ。

「ん? どうした?」

「んぁ? あーいや、なんでもない」

 思わず青山をじっと見続けてしまっていたらしい。慌てて取り繕う。

「ほら、お前のって真っ黒だから、暗いと見えにくいんだよ」

「そうか。佐伯君に言って色だけでも変えてもらったほうがいいかもな」

 よし、誤魔化し成功。しかしまぁ、とにかく、この仕事を受けた時には、まさかこんな展開になるとは思っていなかった。予測できる奴がいたら、それはそれで凄い奴だろうが。そんなことを考えながら、自分の姿を見つめ直す。

(30にもなって、こんな格好するとは思っていなかったけど、これはこれでやっぱワクワクするよなぁ)

 もともと、佐々木は『強い男』とか、『正義のヒーロー』というものが大好きだった。だからこそ、映画を見てこの世界に興味をもったのだ。もちろん、その頃には『変身ヒーローなんて存在しない』事を知っていたから、である。なれるなら誰だってなりたいはずだ。だから佐々木はそのチャンスを逃がしたくなかった。

(しかしまぁ……確かにあっさりだよな、もちょっとこぉ、「迫り来る敵! 荒れ狂う銃弾! 炸裂する必殺技!」みたいな展開にならんもんだろうか?)

 ほとんど幼稚園生の感覚なのかもしれないが、やっぱりせっかくこうやってヒーローになれたのであれば、期待してしまうものなのである。のだが、佐伯少年は例の原子変換とやらで警備員室の前を通る際に、いったんまた全員を透明人間にして通過したらしい。らしい、と言うのは、透明になると人間の体の仕組み上、どうしても目が見えなくなるんだそうで、その間は視界が真っ暗になってしまうから自分が本当に透明になっているのか解らないからである。なんだか間抜けな話だ。おかげで、誰にも見つかることなく、すいすいと侵入出来てしまった。監視カメラも要所要所に付いているのだが、光の屈折作用をどうとかして、映らないようにしているらしい。よく分からなかったが、理解しても無駄な気もするので、そういうもんなのだろう、と、佐々木は思うことにしている。

 あれから誰も一言も喋らない。黙々と探索を続けている。ドアの前に来ては、佐伯少年がカギを無効化し、開けて確かめ、また廊下を歩く。

(……やっぱ、なんか違うんだよなぁ……)

 はぁ、と、佐々木は心の中で溜息をついた。



「これってさぁ……」

 手首に嵌めた「ナチュレーダー」を差しながら、学は聞いてみた。

「お互いに通信機能とか付いてないの?」

「付いてるぞ。あと、GPSみたいに居場所もわかる」

 あっけらかんと龍威が返してきた。

 捜索はすでに四軒目に突入している。ここまでは、どのビルも警備員しかいなかった。学が想像していた様な、新興宗教独特の怪しげな雰囲気を強調させるような代物はどのビルにも見当たらず、どちらかと言うとオフィスビルのような印象をこれまで受けていた。

「なぬ? じゃあ、最初っからそれ使えばお嬢の居場所は分かるんじゃないのか?」

 倉本の問いに、龍威は疲れたように答えた。

「神楽美のヤツだけ特別仕様にしちまったんだよ。五行全ての力を使えるようにして、通信機能は神楽美からしか繋がらないように。年頃の女の子だからなぁ、特に学あたりがGPSで探して、トイレに入ってる時だったりしたら可哀想だと思ったんだよ。周囲の壁面も感知して地図にしちまうから、尺を狭めれば何してるのかすぐわかっちまう。米軍の衛星回路を無断借用させてもらってるんだが、ちっと高性能すぎるな、これ。お陰で気ぃ使ったのが裏目に出たってことだ」

「おいおい、なんかやばそうな単語が聞こえたぞ」

 言葉とは裏腹に、どこか楽しげな倉本の声。

「何でリュウイが、あ、やっと言えた……じゃなくて、えーと、あれ?」

 つっかえずに名前で呼ぶことが出来て嬉しくなり、何が言いたかったのか忘れてしまった。だが、龍威はちゃんと理解してくれたようだ。

「うん、ネカフェでハッキングしてみた」

 さらっととんでもないことを口にする。しかも、

「首相専用回線とか、米大統領専用回線なんかもキーワード知ってるぞ」

「うわぁ、とんでもないやつだこいつ」

 さらりと怖いことを言い、今度は倉本も冗談抜きで驚いた声をあげる。

「今はこんなんでも、一応元科学者の端くれだからな。暇つぶしにあーいうパズル解くのも楽しいもんだぞ」

「いや、さすがに君の真似は出来ん」

 飄々と言ってのける龍威に、青山が暗い声で答えた。流石の彼も、不安を隠せないようである。

「しかし、あれだな、このビルもハズレっぽいな。佐伯君、この際リスト通りってのはヤメにして、一番可能性の高い場所を考えてみるってのはどうだ?」

 佐々木が提案する。口調に、痺れを切らしたような苛立ちが含まれているように、学は感じた。

「あ、それは僕も思うな。僕達がいたホテルから近くて、尚且つ、教団? の中枢みたいになってるビルって無いのかな?」

 学が追従すると、青山が「たしか……」と考え込んだ(ようなポーズをとった。実際はみんな顔がマスクに覆われているので、表情まではわからない)。

「うん、たしか、オリンピアの県支部というのがホテルの近くにあったような気がする。佐伯君、リストは持ってきてるかな?」

「あぁ、これだ」

「つか、俺達なんだか凄く間抜けな気がするのは気のせいか?」

「勢いだけで動き過ぎてますよねぇ」

 気が抜けたような声の倉本の言葉に、学が疲労した声で同意する。

「ふっふっふ、これで次こそ暴れられる」

「えーと、なんだか佐々木さんが危ない人になっているんですけど……」

「ほっとけ、俺も同じ気持ちだから」

「……いーのかなぁ?」

 学の不安をよそに、赤と黄色の全身タイツ男二人は、ふつふつと戦意を高めているようであった。

(まぁ、実をいえば僕も少し楽しみなんだけど、ね)



「いない? いないってどういうこと?」

 苛立ちを隠すことも無く、由香里は受話器に怒鳴りつけた。

『そ、そのままの意味です。部屋の中には誰もいません』

 佐伯に伝言を伝えに行った、部下の坂本が怯えた声で答える。坂本は、由香里の能力を恐れている。嘘をつくはずが無かった。

(佐伯だけいなくなったのなら、まだ話は分かる……でも、全員? 一体どういうことなの?)

 ホテルのロビーには、客の振りをした監視役を常時数人貼り付けておいた。彼等から、神楽美の一味が動いたことを示す連絡は一切入ってきていない。神楽美が取っていた部屋は、最上階のスィートである。まさか、壁面を降りていったはずも無い。

(佐伯に、瞬間移動の力があるって言うこと? しかも、五人を全員同時に連れて行けるほど強力な?)

「そんなバカな、有り得ないわ!」

『そう言われましても……』

 由香里の言葉を勘違いして受け止め、坂本が受話器から情けない声を届けてくる。その声で、由香里は思考のループから我に返った。とにかく、このままでは埒があかない。

「部屋の様子は? なにか、不自然なところは無い?」

 部屋に残された痕跡で、彼らの秘密が何かわかるかもしれない。由香里はそう考えて坂本に指示を出した。

(それにしても……)

 そしてまた、思考に埋もれる。あまりにも不可解だった。まず、彼らの戦力がまたこれで測れなくなってしまった。もしかしたら、佐伯を除いた四人の中に、テレポートの(しかも、他人をも飛ばせるほど強力な、だ)能力者がいるのかもしれない。こればっかりは、彼らと直接対峙したとき以外に確かめる方法は、もうなさそうであった。

 次に、彼ら全員がいなくなっている理由がわからない。普通は、こちらから何らかの連絡が来ることを予測して、行動を起こすにしても誰かは残るはずなのだ。彼らはプロである。そんな初歩的な交渉術をわきまえていないはずが無かった。それが、なぜ?

(私達を撹乱させるため? そんなことに何の意味があるというの?)

 圧倒的優位にいるのは、由香里なのだ。こちらには、なんと言っても人質がいる。人質に危険が及ぶ可能性があることを避けなくてはならない立場が、神楽美のはずだった。自ら連絡が取れなくなるような状態にするなど、考えられる所業ではない。

(まさか……ゼウスが動いた?)

 そして、明日になって飄々と報告に来るのだろうか? 全て片付けてやったぞとでも?

(……有り得ない! あの男がそんなことをするものか。ヤツは、別にこの件がどうなったって痛くも痒くもないはず。ヤツにとって、これはただのゲームなんだから)

『……あと、パソコンが二台置いてあります。そのぐらいです。特に怪しい所は無いみたいですけど……田中さん?』

 ふぅ、と、溜息をつく。坂本の報告をほとんど聞き流してしまっていたことに気付く。

「もういいわ、戻ってらっしゃい。ロビーの連中にもそう伝えて。あとはこっちのお客さんに聞くから」

『わ、分かりました』

「あと、私の名前は?」

 多少、わざと語気を強めて言う。

『ヴィーナス様……です、すいません……』

 恐縮しまくっている坂本の様子が手に取るようにわかる。

「そう、お願いね。もし盗聴でもされてたら、私の身元がわかっちゃうでしょ?」

『はい……』

「まぁいいわ。とにかく、すぐに戻って」

 そう言うと由香里は返事も聞かずに電話を切った。もしかすると、坂本は腰でも抜かして安堵しているかもしれない。

「さて、と」

 神楽美桜は、地下室に閉じ込めている。彼女から引き出せるだけの情報は、全て吐かせなくてはならないだろう。

「生きてさえいれば良いんですものね。可哀想な桜ちゃん」

 にやり、と笑う由香里の顔は、サディスティックな醜さを同梱させたものになった。

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