自分がいない間のこと
ステージから降りると同時に、自分は無数の男女に取り囲まれた。
「お、俺は狩猟ギルド『涼やかな刀』のギルドマスターだ! 是非うちのギルドに入らないか?」
「いやいや、この転生者は『虚ろな闇』にふさわしい! ねえ、私たちと一緒に……」
「冒険者を目指すなら、『赤』系列の『赤き探索者の夕暮れ』に! 是非!」
「系列だ? 今時『赤』ってのもダサいし、そもそもおまえ達は末端の末端だろうが!」
「はっ、七光ギルドの系列に入れない雑魚に言われたくないね!」
喧々囂々というか。
最初のうちは聞き取れていたけれど、今はもうなにを言ってるのかさっぱりわからない。
自分は、ある程度この世界のギルドとかを知っているから理解できる言葉もあるけれど、本当にただの転生者だと、なにを言ってるのかさっぱりわからないんじゃないかと思う。
「あの、えっと……自分はとりあえず、一人で……」
いっそ羽を広げて逃げたろうか。と思っていると、突然一人の少女が飛び降りてきた。
衝撃波で勧誘に群がった人たちを吹き飛ばし、自分の目の前にすっと立つ。
深紅の髪が、燃えるように揺れた。
「ちょっと、ねえあんたたち! もう少し遠慮をしなさいよ! 転生者が困っているでしょ!」
腰に手を当ててぷんすかと怒る、背の低い少女に睨み付けられると、彼らは「す、すまない」と言いながら素直に謝罪を口にした。
少女の「謝るのは私じゃないでしょ」との言葉とともに、自分に向かって謝罪が飛んでくる。
「ま、こいつらも反省しているし、許してあげてよね」
「ええ、助かりました……あなたは?」
「私はリコよ。ただの『リコ』。あなたは?」
「自分はチ……いえ、ミトです。自分もただの『ミト』です」
互いに謎の挨拶をして、自分とリコさんは互いに手を出して固く握手した。
小さな手から、少女とは思えないエネルギーがあふれ出す。
「そういうわけで、みんな! ミトさんを勧誘したい人は、ギルド名と簡単な紹介文を……カーマさんに渡してね!」
「え、俺か⁉ ま、まあいい。わかった、じゃあ俺がまとめるから、おまえ達、わかったな!」
急に話を振られたカーマさんは、慣れたことのように荒くれの冒険者達をとりまとめ始めた。
リコさんは建物の出口の方に手を向ける。
「そんなわけで、ミトさん。ちょっと外で話をしよっか」
「え? ああはい、わかりました……」
そういうわけで自分たちは、建物の外に出た。
あたりを見渡しても、やっぱり見覚えのある景色ではないようだ。
自分たちのいる場所はどうやら洞窟の中のようで、壁や天井は岩で覆われている。
岩肌を見る感じ、掘り進めたというよりは自然に出来たように感じる。
「変な場所でしょ。ここはね、戦争が終わってから開拓された新天地なの……って言っても君は、そもそも戦争を知らないよね」
「戦争……ですか」
「まあ、いろいろあったの。最初は、とあるギルドの副代表を決めるような戦いで、その余波で魔王っていう厄介な化け物が誕生して、それをみんなで討伐して。それがきっかけで、いろいろあって新天地を開拓しようってなったの」
「いろいろあったんですか……」
「そう、いろいろあったの」
個人的にはその「いろいろ」の部分を詳しく聞きたいんだけど。
「で、ミトはどんなギルドに入りたい? この世界でやってみたいことはある?」
「やりたいこと……ではないのですが、リコさん。先ほど『七光ギルド』という言葉が聞こえてきたのですが……」
「ああ、七光ね。最近は『赤』『橙』『黄』『緑』『青』『藍』『紫』の七つのギルドが今の世界を牛耳ってるから、七光とか虹ギルドとかって呼ばれてるのよ。その中でも『黄』が圧倒的なんだけどね」
「へぇ……そうなんですね」
知っている情報と全然違って、反応に困った。
どうやら自分が異世界を渡っている間に、五大ギルドから七光ギルドに変わっていたらしい。
どうやら黄金のみんなと連絡を取るには『黄』系統に近づいた方が良いのかもしれない。
その後もいろいろ、リコさんから話を聞いたが、やはり世の中は大きく変わっていたらしい。
白銀と黒鉄は、ギルドとして存在はするけれど魔王戦争以降かなり影響力を弱めたらしい。
当時最大勢力でありながら、魔王の出現を抑えることが出来なかったことを、各方面から糾弾されたのだとか?
赤銅もかなり影響力が弱まったが、それでも世界中のインフラを管理していただけあって、『赤』という名で七光の一色には残っている。青錫は、なんかよくわからないが『青』という名前で相変わらず七光に残っている。
他に『橙』『緑』『藍』『紫』という新しいギルドが四種類出てきたけれど、この四つは安定していなくて、襲名戦争が何度も繰り返されている。
そんな状況から、一部では『戦国時代』とも呼ばれているとか。
そして、黄金。他のギルドが横一線で争う中、黄金だけは戦争以降も変わらず『黄金』を名乗り続けている。
それが許されるだけの圧倒的な力を『黄金』は持っていた。
子ギルド、孫ギルドを次々に創立し、規模を拡大していく。今や世界中の半分以上のギルドが、何らかの影響を黄金から受けているらしい。
黄金のギルドマスターであるクガネ・アウラ・ヴァシランドと、戦争以後サブマスターになったベルンシュタイン・クガネ・アカヒメ・ヴァルトアインザムカイトの名を知らぬ冒険者は存在しないほどらしい。
特に黄金でありながら『赤姫』でもあるキューちゃんは、当代随一の冒険者と呼ばれているのだとか。
二人とも、すごいな。偉くなったものだ。
そんな話をしていると、カーマさんが自分たちに向かって「おーい、大体集まったぞ」といいながら手を振っていた。
「ミト、行こっか」
「ええ、そうですね。いろいろ教えてくれてありがとう……、リコ」
「うん! お安いご用だよ!」




