地球世界(7)
意気揚々と家を出たものの、冷静になって考えれば、行く当てがあるわけもない。
少し探せばビジネスホテルぐらいはあるかもしれないけど、そもそも手持ちのたった二千円で、ホテルに泊まれるのかも怪しいところだ。
ということで、近くの公園のベンチに座る。
幸いにして、今の季節は夜になってもそこまで冷え込むことはない。
風邪ぐらいは引くかもしれないが、別に翌日仕事があるわけでもないし。
このまま夜が明けるのを待つことにしようかな。
思えば、ここしばらくの間で一番惨めな状況かもしれない。
初めて転生した日にも、一人きりになることはほとんどなかった。
すぐにマテラに出会えたし、黄金に入ることも出来た。
その後なんだかんだといろいろな世界を渡ったけれど、生まれ故郷の世界が一番孤独とは。
なんというか、複雑な気持ちになる。
自分には、どうしてもこの世界が、自分に相応しい世界とは思えない。
かつて過ごしたはずの空間が、今の自分には居心地悪い。
故郷って言うのはもしかしたら、そういう性質があるのかもしれない。
独りで悩んでいると、どうしても悪い方向に考えてしまう。
父さんも母さんも、俺がいなくてもそこそこ元気にやっていた。
自分の残り香だけはあったけど、そこに居場所は残っていなかった。
自分のことなんて早く忘れて、二人は二人の人生を歩んで欲しい。
そう考えればやはり、自分はこの世界にいない方が良いという結論になる。
『……さま! チシロさま!聞こえますか……?』
そんなことを考えていると、マテラの声が届いた。
「マテラ……?」
『パパ、聞こえる? ごめんね、こっちはなにも聞こえないんだ……』
『そういうことで、申し訳ないのですが一方的に伝えますね……』
まさか幻聴か……と思って耳を澄ませると、ナチュラの声も混じって、はっきりと聞こえた。
『チシロさま、そろそろ世界の霧が晴れそうです。チシロさまを引き上げますので、人気のない場所に移動してもらえますでしょうか』
『あまり時間がないから、急いで! 十五秒後に引っ張るよ!』
幸いなことに、自分がいるのは人気なんて欠片もない夜の公園。
向こうに声は聞こえないみたいだから、座ったままじっと待つ。
ぴったり十五秒間、心の中で数えると同時に目の前の景色が切り替わる。
浮遊感が全身を包み、自分は狭間の空間に戻されていた。
まるで、短い夢を見ていたような感覚だった。
「チシロさま、お帰りなさい。いかがでしたか?」
「うん。父さんも母さんもまあ、元気にしてたよ」
「いいなぁ、私もパパの家族に会ってみたかったかも」
「それはまあ、少し難しいかな」
なにせ向こうは妖精なんて存在しない世界だから。
なんて説明していいものか。こういうおもちゃだ、って説明するのは、それはそれでマテラやナチュラに失礼だし。
「みてください、チシロさま! 雲が晴れて、今なら世界に行けそうです」
「でもね、パパ。たぶんあの世界に入ったら、もう二度と世界を旅することは出来ないよ」
「チシロさま。チシロさまには選ぶ権利があります。故郷の世界に戻るか、転生後の世界に永住するか」
「パパが決めてね。どっちを選んでも、私たちはついていくって決めたから」
二人はそう言って黙り込む。
父と母が待つ故郷か、ギルドの仲間達が待つ異世界か。
だけど悩む必要はなかった。
「行こう、みんなが待ってる」
生まれ故郷に背を向けて、自分は雲の切れ目に飛び込むことにした。
はぐれないようにマテラとナチュラを抱きしめながら。
ほんの一瞬、意識が途切れた感覚のあと、いつか見た景色が目の前に広がっていた。
転生者の『チシロ・ミト』様
大変申し訳ありません。
ただいま、担当者が席を外しております。
しばらくお待ちください。
ああ、よかった。
目の前には、見慣れたコンソールが浮いている。
あの時と違ってマテラとナチュラが隣にいる。
三人で喜びながら、自分はおとなしく担当者が来るのを待つことにした。




