精霊の学園(3−6)
「スィラさん、大事な話があるんだけど」
「大精霊様……?」
「自分たちはどうやら、この世界から旅立たなくてはいけない。自分勝手で悪いけど、そろそろお別れの時間になりそう」
「そうですか……」
龍の精霊から聞いたことをスィラさんに伝えると、スィラさんは「覚悟はできていた」というような強い瞳で視線を上げた。
念のために「無理をすれば残ることもできる」と伝えても、どうやら意思は変わらないみたいだ。
「わかりました。僕は、大精霊様を引き留めることはしません」
「ちゃんとした別れをすることもできなくて、悪いと思うんだけど」
「大丈夫です。僕はもう、十分に教えてもらいましたから」
自分たちが別れの挨拶をしている向こう側では、龍の精霊とタイソン君が話し合っている。
彼らは、自分たち以上に短い時間しかコミュニケーションをとれなかったけど、どう感じているのだろう。
物足りないと感じているのだろうか。関わりが薄かったから、あまり何も感じていないのだろうか。
別れを惜しむような『想い』が漏れているということは、あっさりとした別れではないのだろう。
勝手な言い分だけど、子供達には一つ一つの出会いと別れを大切にして、今後を強く生きて欲しい。
「スィラ様、これからも頑張ってくださいね!」
「私たちは、スィラちゃんのことを応援しているからね!」
「精霊様……マテラ様? ありがとうございます。教わった技は、必ず完全にものにして見せます」
マテラとナチュラもスィラさんとの別れの挨拶を終えて、自分の元へ戻ってきた。
肩の上に、ふわりと着地する。
<<それでは人の精霊よ、旅立ちの準備は整いましたか?>>
「マテラ、ナチュラ。準備は良い?」
「もちろんだよ、パパ!」
「もとより準備することなどありませんからね」
<<自分たちは、準備ができました>>
<<それでは……行きましょう>>
◇
龍の精霊が一言呟いた瞬間に、自分たちの目の前からスィラさんの姿が消えた。
いや実際には、自分たちがあの世界から消滅したのだろう。
この世界に来るときに通った、世界と世界の狭間のような空間に、自分たちはいるようだ。
前と違うのは、ある程度今の自分には方針があって、不安な感情が薄いことだろうか。
<<では私は、これにて失礼します。良い旅になるように祈っています>>
<<ありがとう。龍の精霊のおかげで、元の世界に戻る目処がついた>>
<<では……>>
龍の精霊は、あらぬ方向へとその身をよじりながら流れていった。
多分もう、この広い世界で二度とで会うことはないのだろう。
「チシロさま、それでは私たちも、元の世界へ戻りましょう」
「そうだね……ナチュラ、どう?」
「う〜ん、ちょっと待って……パパ、あっちの方に進んでみて」
ナチュラは、何かを感じ取るように目を閉じて、後方右斜め下を指さした。
自分はマテラとナチュラを優しくてでつかみ、精霊の羽を広げて空間を移動する。
距離感が曖昧な世界だけど、感覚として数十メートル動いたあたりで、ナチュラが少し自信ありげに頷いた。
「……うん、この感覚を追いかければ大丈夫。パパ、今度はあっち!」
「わかった。方向がずれてたら修正してね」
ナチュラの指示に従って、十分ほど移動したあたりで、自分にもなんとなく見えるようになってきた。
少し離れた遠い場所から、見慣れたような『想い』が流れてくる。
視覚と言うよりは、嗅覚に近いかもしれない。
懐かしい香りが想いとなって、自分たちの元に届く。
そしてそのまま進んでいくと……
目の前に、巨大な雲のようなものが現れた。
まるで生き物のように見えるこれが、こっちから見た自分たちの世界なのだろう。
「パパ、これだよ! 私の生まれた世界!」
「そうみたいだね……どうやって中に入れば良いんだろう」
「え、パパならわかるんじゃないの?」
「いや、よく考えたら自分は、世界に出入りする方法を知らないんだよね……」
初めての転生は、気がついたら転生システムの中だった。
魔王の爆発で世界を飛ばされて、二度目の転生もやはり、気づかぬうちに違う世界に降りていた。
三度目は、自分の意思と言うよりも、スィラさんに呼ばれる形で召喚された。
どうしたものかと悩んでいると、マテラが何かに気づいたようだ。
「チシロさま、あの部分……スィラ様に召喚されたときのゲートに似ていませんか?」
マテラの指さす先を見ると、確かにそこには、世界の入り口のような穴が空いていた。
そして、その直後、雲のような物質に覆われて見えなくなってしまう。
「あ……」
「閉じてしまいましたね、チシロさま」
「どうしよう、こじ開ける?」
「いえ、しばらく待てばまた開きそうなので、待ちましょう」
確かにマテラの言うとおり、このまま待てばいずれは邪魔な雲がどこかへ流れていくのだろう。
それに、無理矢理こじ開けたりしたら、世界にどんな悪影響があるかもわからない。
「わかった、待つことにするよ。でも、どれぐらいになりそうかな……」
「そうですね……ぱっと計算した感じだと、数日から数十日、といったところでしょうか」
「それは……まあ、仕方ないか。じっくり待つことにしよう」
「そこでチシロさま。提案なのですが、元の世界に戻ってみませんか?」




