精霊の学園(3−4)
確かに、マテラの言うことにも一理ある。
吹き出している精霊力を無理矢理押さえ込んだりしたら、器であるタイソン君のからだが持つかどうかはわからない。
最悪、精霊力の内圧に耐えきれずに爆発してしまうと言うことも……
だけどこのまま放置するわけにもいかないのもまた事実。
この莫大な精霊力がエネルギーに変換されたりしたら、多分周囲が焼け野原になるぐらいの爆発は起こすし、爆心地にいる自分たちは無事では済まないだろう。
それに、この調子で精霊力を出し尽くして、タイソン君が無事という保証もない。
「大精霊様、どうしたら……」
「スィラさん……どうしたらと聞かれても……タイソン君、とりあえず落ち着いて」
そういって、タイソン君の頭に優しく手を乗せて、精霊力の流れを読み取るために感覚を研ぎ澄ませる。
タイソン君の中には、どうやら精霊力の『核』のようなものがあるみたいだった。
スィラさんの場合はもっと流動的な、気体や液体みたいなイメージだったんだけど、タイソン君の場合は最初から宝石のように結晶化している。
無数に転がった精霊力の結晶が、連鎖的に昇華して体積を増やして、器からあふれ出している……ようなイメージだろうか。
<<外に漏れた『力』は、気にせずとも大丈夫。私がすべて喰らいます。あなたは彼を!>>
何から手をつけて良い状態かわからず立ち尽くしていると、龍の精霊が方針を示してくれた。
龍の精霊は言ったとおり、タイソン君を囲うようにとぐろを巻いて半球状になり、身体の表面から精霊力をどんどん吸収していった。
これなら、すぐに爆発することはなさそうだ。
改めて、タイソン君の精霊力に集中する。
「試しに、自分の精霊力を流すね。はじかれるかもだけど……」
苦悶の表情を浮かべるタイソン君に語りかけて、手のひらからタイソン君の中に向けて、精霊力を優しく流し込む。
押し返されるような抵抗力があるけれど、それでも少しずつ精霊力で切り込んでいく。
やがて自分の精霊力が、彼の中の何かに触れるような感触があった。両手で包み込めるほどの大きさの結晶が、燃えさかるように精霊力を放出している。
「これが、精霊力の核……いや、違う?」
この結晶が精霊力を体外に放出しているのは事実だけど、この結晶そのものが、精霊力の塊というわけではなさそうだ。
どちらかというとこの結晶は「ろうそくの芯」のような役割で、周囲の精霊力を吸い上げる力があるだけで、この結晶自体が燃えているわけではない。
その証拠に、これだけ煌々と輝いているのに、結晶が小さくなる様子は全く見られない。
それに、心なしか自分の精霊力も、この結晶に吸われているような感触がある。
「だとすれば、この『芯』を取り除けば、炎も消えるのでは?」
想力という視点で観ると、『解放』できるほどの強さではないけれど、確かに強い『想い』のようなものを感じることができた。
その色は『王族としての誇り』とか『王族としての責務』とか。
一言で言うと『高貴』な感じがかなりある。
親から子に、子から孫に、一子相伝で受け継がれてきた想い。
それがこうして、精霊力を燃やす原動力になっているようだ。
そしてまさにその王族の誇りが、タイソン君自身を苦しめているわけだけど……
「タイソン君、聞こえる?」
「……精霊、様?」
「一応、聞いておく。今から自分は、この『火種』を取り除こうとするけれど、問題ない?」
「なぜ、そのようなことを、聞くのですか?」
「簡単に伝えると、どうやらこの『火種』は、君の『王族の証』みたいなもの、なのかも知れない。先祖代々受け継がれてきた、大切なもの。取り除いたら、君の中に戻すことはできそうにない」
「ですが、このままでは俺は……」
「そう。このままだとこの『火種』は君の中の精霊力をすべて吸い尽くしてしまう。そうすれば君は多分……」
外に漏れ出した精霊力に関しては、龍の精霊が吸収してくれているから大丈夫だとしても、このペースで精霊力を出し続ければ、少なくともやがて、タイソン君の精霊力は枯れてしまうだろう。
もしかしたら、精霊力とは放っておけば勝手に回復するものなのかもしれない。
だとすれば、このまま尽きるまでほうっておいて、燃料切れで炎が消えるのを待つのが正解なのかも知れない。
だけどもしそうじゃなかったら、精霊力の枯れたタイソン君は、精霊力が前提となっているこの世界で、ただ一人精霊力の使えない人になってしまう。
そうでなくても、そもそも精霊力を使い果たしてしまって、本当に大丈夫なのかという問題もある。
「リィラルルクの精霊様、俺は、王族の証を捨てます」
「……いいんだね? っていうか、本当に王族を止めなくても大丈夫なんだけど」
「いえ、俺には弟がいますから。第一王家は弟に任せて、俺は弟を支えることに……」
「わかった。それじゃあ、やるよ」
精霊力の手を伸ばし、燃えさかる芯に触れる。
当たり前だけど、包み込んでも熱は感じない。
むしろ、自分の精霊力が吸われているせいか、ひんやりとした感触がある。
そしてそのまま……ゆっくりと引き寄せると、滑るようについてきた。
少しずつ引き上げていくごとに、燃える炎も小さくなっていく。
そして、完全に炎が消えたとき、ぽんっと栓が抜けるような音がして、タイソン君の中から、こちらの世界に完全に引き抜くことができた。
タイソン君に目を向けると、精霊力の暴走は完全に落ち着いているようだった。
どうやら、手術は無事に成功した模様。
そして自分の手の上には、抜き取ったばかりの『王族の証』が。
「……これが?」
それは、はじめはぼんやりと光る、球体状の何かだった。
しばらく空気に触れさせていると、やがて光は徐々に弱まっていく。
自分が手に持っているからなのか、念じるだけで形を変えることができるみたいだけど、それも徐々に固まって動かなくなってくる。
「そうだ、良いことを思いついた」
せっかく形を変えられるのだからということで、粘土をこねるように形を整えていく。
そして数秒後。
「タイソン君、それじゃあこれは、君に返すことにするよ」
まだ少しぐったりした表情のタイソン君に、自分が成形した『王族の証』を差し出した。
「どうかな、せっかくだから、王冠をイメージしてみたんだけど」




