スィラ邸(2−1)
「まだ論文を出したばかりでしょ? もう読んだの? 行動が早すぎる気が……」
「いえ、大精霊様。僕はまだ論文を書き上げただけで、発表はしていません」
「ということは、何か別の用事が?」
まさか、スィラさんが書いたものを盗み見た……というわけではないだろう。
試しに聞いてみると、スィラさんは首を縦に振った。
「はい……それがなにか、僕にはわからないですが。一方的に、こんな横暴な手紙が届いていました」
スィラさんは、懐から手紙を取り出して、テーブルの上に広げ、全員でそれを見る。
お前の精霊と話をしたい。
ついては、明日の午前中にでも会おう。
クリニヒ・タイソン
スィラさんが言うとおり、確かにそれは一方的な手紙だった。
要件と差出人だけが書いてあって、気遣いとかは全く感じられない。
長い時候の挨拶が書いてあるよりましかもしれないけれど、スィラさんが「横暴」と言うのだから、こっちの世界の基準でもこれはマナー違反なのだろう。
「わざわざ『精霊』と指定するあたり、どうやらチシロさまに用があるみたいですね……」
「そうだね、マテラの言うとおり……でも自分に、なんの用だろう……」
こちらはクリニヒ兄の召喚した龍に聞きたいことがあったけど、彼らはそんなことは知らないはず。
だからこそ、スィラさんに『精霊力で空を飛ぶ方法』を書いてもらって、その論文で興味を持ってもらう作戦だったんだけど……
どういうことかと悩んでいると、三人は三者三様の反応を見せた。
「もしかしたら、大精霊様が、人の言葉を話せる精霊であるからなのかも……」
「チシロさま、チシロさまが、フラウさんを王族にする手伝いをしたのが理由ではないかと……」
「きっと、パパの魅力を見抜いたんだよ! クリニヒって子、見る目があるね」
ナチュラの言っていることはよくわからないけれど、スィラさんとマテラが言っていることは、もしかしたらあるかもしれない。
いずれにせよそれは明日、本人に聞けばわかることだろう。
「スィラさんは、この手紙に従うつもり……だよね?」
「はい。もちろんです」
「ありがとう……スィラさんを巻き込んだみたいな形になったわけだけど……」
「そ、そんなことはありません! 大精霊様にはお世話になっていますし、それに僕もクンゲン兄弟と話したいと思っていましたので!」
「そう言ってくれると助かるよ……」
もちろん、スィラさん自身にも今話した気持ちがあるのは間違いないだろう。
だけど、自分に関わらなければもっと自由にできたであろうことを考えると、仕方ないこととは言え巻き込んでしまったことが申し訳なくもある。
「それで……大精霊様。お願いが一つだけあるのですが、聞いてもらえますか?」
「お願い? なんだろう」
「どうか、僕の訓練の仕上げを、手伝ってくれないでしょうか!」
「訓練の仕上げ……もちろん良いけれど」
訓練とは何のことだろう。と思っていると、スィラさんは精霊力で小さな翼を形成し、宙に浮かび上がった。
「僕はこのように、宙に浮けるようになりました。でも、自在に飛ぶにはまだ遠いのです」
確かに、今のスィラさんの様子を見ると、『飛行』というよりは『浮遊』に近い。
これだけでも十分にすごいことなんだけど、スィラさんはここでは満足しない正確なのだろう。
「わかった。任せて。自分にできることなら手伝うよ! マテラとナチュラも……」
「もちろんだよ、パパ! 私も手伝う!」
「はい、チシロさま。一緒にスィラさんを鍛え上げましょう!」
こうして自分たちによるスィラさんの飛行トレーニングは夜通し続き、スィラさんが空中で逆上がりができるようになる頃には、窓から朝日が差し込んでいた。




