精霊の学園(2−15)
自分たちがさっきまでいたスペースは大勢の生徒や教師で押しつぶされて、眼下ではかなりカオスなパニックになっていた。
けが人とかが出ないと良いけれど……でもさすがに、そこまで面倒は見れないかな。
「お主は確か、六位の生徒の精霊の……?」
「はい。自分はスィラさんの精霊の、水音千代といいます。勝手に手を出しましたが、迷惑でしたか?」
「構わぬよ。むしろ助かった。それにしても、宙に浮くという経験は初めてだが、悪くないものだな」
フラウさんは、地に足がついていない状態が落ち着かないのか、手をわたわたさせてもがいているが、校長先生は対照的に落ちついた様子だった。
余裕のある様子であたりを見渡して、ため息をついてから自分の方に視線を向けた。
「精霊殿……つかぬ事を聞くのだが、浮遊は、このまま別の場所に向かうことはできるのか?」
「できますよ」
「そうか。すまないが、我々をこのまま校長室へと連れて行ってくれぬか? さすがにここでは落ち着けぬ」
「そうですね。自分たちがここにいると、彼らもここから離れないでしょうしね……」
本来は、粉を浴びた本人の意思で飛んだ方がスムーズなんだけど、今は地上が騒がしいし、細かい技術を教えている余裕はなさそうだ。
精霊力を糸状に伸ばしてみんなに括り付けて、校長先生が杖で指す校舎の方へとゆっくりと飛行した。
三階ぐらいの高さにあるバルコニーへ向かい、慎重に、三人をまとう精霊力の濃度を薄めて、ゆっくりと床に下ろす。
完全に地に足がついたのを確認したら、自分も続いてすぐそばに着陸した。
そこはちょうど、建物から大きくせり出したような場所で、外の様子がよく確認できた。
ということは、向こうからもここの様子はよく見えるのだろう。
そして、それに加えて無数の、映像機器を抱えた鳥形の精霊が、一定の距離を保ってこのあたりに群がってきている。
「うぉっほん……フラウ・フラフリカ学生、すまないがもう一度、この場で先ほどの問いをお願いできるかな?」
校長先生は、状況が整うのを待っていたかのように、わざとらしく咳払いをして、フラウさんに優しく声をかけた。
「はい、先生……私、フラフリカ家のフラウは、大霊狐の召喚という証拠を持って、王族へ名乗り上げます!」
フラウさんも、校長先生の意図に気がついたようで、周囲の様子に気を配りながら、ゆっくりと語り出す。
「承知した。では、この私に、あなた様を支えることをお許しください」
「許します。あなたは私の剣となって、道を切り開きなさい」
さっきの焼き直しのような光景だけど、多くの人にちゃんと見られている状況でやることに意味があるのだろう。
王族として認められるには、霊狐を召喚するみたいな特別な才能が必要なのと同時に、多くの人に認められることが大切になる。
権威ある学校の長が、フラウさんを支えると宣言した。
これは、協力者を得たこと以上に大きな意味がある。
同時に、引き返すことのできない位置まで来たとも言える。
フラウさんが、校庭に向かって手を振ると、新たな王の誕生を期待するような、大きな喝采が巻き上がった。
校長先生は、フラウさんの様子をにこやかに眺めながら、自分の隣にすすっと移動してきた。
「六位の精霊の……確か、ミトチシロと名乗ったか。お主にも感謝する」
フラウさんから目をそらさずに、周りには聞こえないような小声で話しかけてくる。
自分も、それに習って音量を絞って返事する。
「いえ、自分は、自分にできることをしただけです」
「それでも、チシロ殿の協力がなければここまでスムーズに事は運ばれなかったであろう……この感謝は、歴代に渡って忘れることはないでしょう」
「そんな、大げさな……」
そんなことを話している間に、フラウさんは民衆への挨拶を終え、自分たちの方へと引き返してくる。
そんな彼女を、校長先生はわざとらしいまでに恭しい態度で迎え入れ、校舎の中へと案内した。
霊狐と自分も、黙ってその後についていくことにした。




