精霊の学園(2−4)
階段で地上階まで降りて、そのまま外に出て、スィラさんはしばらく歩いて別の建物へと向かった。
建物の前には生徒が数名待機していて、スィラさんに気がついた彼らは自分たちを中へと案内する。
そうして通されたのは、様々な道具が壁際に並べられている薄暗い空間だった。
数名の教師と生徒がなにやら忙しく準備をしているなか、壁際の椅子に座ってその様子を眺めている生徒が二人、それぞれ離れた位置に座っていた。
「大精霊様、あちらが第四位の、ウィル・ウー・ウェルソン。そしてあちらが第五位の、ヘプラ・パー・ピプレスです」
スィラさんは適当に空いている椅子に座りながら、二人を指さして言った。
薄暗いのではっきりと全身が見えるわけじゃないけれど、第四位のウィルさんは、制服をきっちりと着こなしたキリッとした雰囲気の少年で、彼の前には巨大な獅子が優雅に寝そべっている。
おそらくあれが、ウィルさんの精霊なのだろう。
そして、第五位のヘプラさんは対照的に、髪をボサボサにして制服もかなり着崩している……言葉を選ばなければ「不真面目そう」な見た目の少女。
周りには大きな影は見当たらないが、よく見ると彼女の頭の上にはマテラぐらいの大きさの、小さな人の影が見える。
マテラと同じような小さな精霊を召喚したのだろう。
大精霊と呼ばれる自分たちよりも、よほど妖精っぽい見た目をしていた。
それにしても、対談会と言うから会議室のような場所をイメージしていたのだけど……まさかこんな場所で話をするのだろうか。
そう思ってスィラさんの隣の席に掛けると、一人の教師が小声で「それでは皆さん、そろそろ準備を……」と言った。
教師が、壁際にいる生徒に視線を向けて合図を送ると、生徒はなにかのスイッチを押して、ブザーを鳴らし、マイクに向かって話し出した。
「会場にお集まりの皆様、大変お待たせ致しました。今日の話者が入場します……まずは第六位、スィラ・スー・リィラルルクさん」
生徒の一人がマイクに向かって話し、別の生徒が部屋の角の壁に触れると、暗幕の向こうから光が差し込んでくる。
パチパチパチという拍手の音と共に、期待の想いが流れ込んできた。
「大精霊様、それでは向かいましょう」
スィラさんはゆっくりと立ち上がり、光の差し込んでくる方へと歩いて行くので、自分もそれに着いていく。
頭上だけでなく、前方からも客席側からも照明を当てられている。
真昼のように眩しいぐらいのステージからは、薄暗い客席の様子がよく見える。
席はほとんどが埋まっていて、席と席の間の通路に座り込んでいる人まで散見される。
第六位のスィラさんと、第五位のヘプラさん。そして、第四位のウィルさん。
学年順位が上位の三人が、精霊を召喚後初めてあって話しをするということで、それだけ注目が集まっているのだろう。
ステージには少し大きな円卓があり、スィラさんはステージの脇から出てきた司会らしき人にその椅子に案内された。
自分はとりあえず、スィラさんの後ろで立って待機することにする。
「続いて、第五位の……」
再びアナウンスが聞こえると、ヘプラさんが姿を現してスィラさんの向かい側に座り、最後にウィルさんがスィラさんとヘプラさんの間。つまり、客席から見たときの正面になる位置に腰掛けた。
このあたりの配置は、順位が高い人が主役になるように上手いこと調整されているのだろう。
しばらくすると徐々に拍手は鳴り止んで、会場が静けさに包まれてから、司会の人がまずは口火を切った。
「皆様、今日は貴重な時間を頂きありがとうございます。私は本日の進行を務めます、ストマです。よろしくお願いします。それでは早速ですが……」
それから司会のストマさんはスィラさんたちに質問をしたりテーマを出したりして、三人はその質問に答えたりテーマについて話し合ったりした。
内容的には「順位を上げるために気をつけていること」や「無事に精霊召喚を終えた今、やってみようと思っていること」など、同じく精霊召喚を終えた順位の低い生徒達や、来年以降に精霊召喚を行う予定の生徒達にとって有意義な内容で、朗らかな雰囲気で進行される舞台とは対照的に、客席側は緊張に満ちていた。
そして自分たち精霊側は……特に、やることがなかった。
今日の主役はあくまでもスィラさん達で、自分たちはただ立っているだけで良いらしい。
ヘプラさんの小精霊はテーブルの上で人形のようにおとなしく座っていて、ウィルさんの獅子精霊も、彼の後ろで寝そべっている。
いきなりバトルになるとか、そういう展開を期待していたわけではないけれど、何もせずにただ立っているというのも、それはそれでつらい……
しばらくの間そうして、少年少女が難しい話をしている様子を眺めていると、フードの中がもぞもぞと動き出した。
「……パパ? ここは一体どこ?」
どうやらナチュラがようやく目を覚ましたらしい。
「マテラ……今の状況をナチュラに説明してあげて……」
「かしこまりました、チシロさま」
小声で話しかけると、肩に乗っていたマテラはフードの中に潜っていった。
客席の生徒達は自分ではなくスィラさん達に注目しており、そのスィラさん達も話し合いに集中しているから、今のやりとりに気づかれた様子はない。
安心して胸をなで下ろした瞬間、獅子の精霊が自分のことを睨み付けてきた。
<<第六位の精霊よ……今のは、別の『世界』だな?>>
……この獅子、自分に話しかけているのかな?
スィラさんの使った『縁』とは少し違う仕組みで、これは精霊力に意思を込めて飛ばしている、もっと原始的な方法みたい。
卓上の小精霊もピクリと反応した様子だけど、他の人達は気づいていないようだ。
<<別の世界……? 確かに、自分たちは別の世界から来たけれど……?>>
<<ふむ……どうやら自覚はないようだな……>>
受信した精霊力の波形を真似して返事をすると返事が来た。
どうやら自分もこの方法で会話ができるようだ。




