精霊の学園(2−2)
映像で見る限り第三位の生徒は、肩まで届きそうな長い髪や、男子と比べたら華奢な体つきから女の子のように見える。
彼女は足元の魔法陣が輝き始めたことを、最初は驚いたようにビクッと反応して、その後すぐにそれを受け入れるように再び目を閉じて集中し始めた。
それを見て、リーンさんが感心したように頷いた。
「さすがは、フラウ家のお嬢様よね……儀式を始めてものの数分で召喚するなんて……」
「そうですね。……あ、大精霊様。今召喚を行っている彼女は、フラウ・フラフリカさん。学園の成績第三位。特に純粋な精霊術では特級術士にも届くほどの実力者です」
「そうなんだ……」
とりあえず「そうなんだ」と答えたけれど、それがどれぐらいすごいのかはいまいちわからない。
まあ『特級』というぐらいだから、それはすごいんだろうけれど。
そんな彼女が召喚を始めたからか、他の二人も召喚の作業を止めて、会場にいる全員が彼女の足元に視線を集める。
召喚陣の光は脈動するように明暗を繰り返して、少しずつ照度が強くなっていく。
「チシロさま、門が開きます……」
フードの中に隠れていたマテラが顔を出して呟いたその瞬間、画面全体が真っ白になるほど強く発光した。
自分たちは映像越しだから「画面が白くなった」としか感じないわけだけど、直接見ている人達は大丈夫なんだろうか。
真っ白だった画面が少しずつ色を取り戻していくと、現場の様子が見えてきた。
多くの人が目を細くして、フラウさんに視線を向けている。
足元の魔法陣の発光は完全に止まっていて、代わりに彼女を守るように、全長が2メートルはあるような巨大な狐が足を曲げて座っていた。
自分と同じく状況を確認したこの教室にいる生徒達が、息を呑む音が聞こえる。
「……スィラさん、あれは、狐?」
「はい、大精霊様。あれは『大霊狐』と呼ばれる種類の精霊です。歴史上で、王族以外で霊狐を召喚した者はいません。王の血を引かない彼女がなぜ……」
これも自分にはよくわからない話だが、フラウさんという少女が狐の精霊を召喚したことは「すごい精霊を召喚した」ということ以上の意味を持っているらしい。
映像が映っている現場でも、目が慣れてきた多くの生徒や教員が、召喚された狐を見てパニックになっている。
ある者は一緒に来ていた友達と、やいのやいのと語り合い。
ある者はどういうことなのかと教員に詰め寄り。しかし聞かれた方も困惑しているのか、上手く答えを返せていない……ように見える。
そしてその騒動の中心にいるフラウさんが、一番困惑している。
頭をこすりつけてくる巨大な狐を優しく撫でつつ、困惑のあまり今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんな中、動じた様子を見せないのは第一位と第二位の少年達だけだった。
第一位の生徒は、一時的に儀式を中断しているものの、胸を張ったまま堂々と立っている。
そして第二位の生徒は、フラウさんを一瞥した後、動揺する生徒と教師に向かって何かを叫んだ。
パニックになって声を上げたというよりは、落ち着いた様子で演説をしているようにも見える。
この映像では声までは聞こえないけれど、たぶん「冷静になるのだ!」とか、そんなことを言っているのだと思う。
威厳と自信に満ちたその言葉を聞いた者達は、少しずつ、浮き足だった気持ちを鎮めていった。
「スィラさん、彼らは?」
場が落ち着き始めるのを見て質問をすると、スィラさんは画面に目を向けたままゆっくりと説明してくれた。
「彼らは奥から、クリニヒ・イー・タイソンと、クリニヒ・イー・クンゲン。第一王家でもある、クリニヒ家の兄弟です」
「なるほど、見た目が似ていると思ったら、兄弟だったんだ……って、王家?」
確かに、あれだけざわついていた場を、一瞬にして沈めてしまったカリスマは、王の器の片鱗みたいなものを感じる。
しかもその混乱の原因というのが「王家にしか召喚できない精霊を、王家でない者が召喚した」という、彼ら自身にとっても無関係ではない事態だというのに。
自分だったらいろいろなことが気になってしまって、自分のことで手一杯になりそうなこの状況で、それでも威厳を保てるというのは、素直にすごいと思う。
「スーくん、クリニヒズが儀式を再開するみたいだよ!」
「そうですね。お手並み拝見しましょうか……」
スィラさんとリーンさんは、フラウさんから視線を外し、再びクリニヒ兄弟に注目することにしたようだ。
タイソン兄弟は、ついさっきあんなことがあったというのが嘘のように、それぞれの儀式に集中している。
やがて、二人の儀式が本格的に進み出し、彼らの魔法陣が輝きだしたとき。
すでにフラウさんのことは観衆達の意識からは抜け落ちていたのだろう。
それぐらいに、クリニヒ兄弟の儀式は威厳に満ちていた。ただ目をつぶって立っているだけなはずなのに、誰も彼らから目を離せない。
そして二人の魔法陣が、ほぼ同時に輝きを放ち出す。




