精霊の学園(3)
自分たちは、スィラさんに案内されて時計塔という場所に向かっている。
その間に、今回突然やることになった『精霊レース』という競技について聞いた。
そのルールは至ってシンプルで、要するに、スタート地点からゴール地点まで、先にたどり着いた側が勝利となるらしい。
普通のレースと違うのは、競い合うのは召喚者ではなく、あくまでも召喚された精霊であることと、ゴールに向かうだけでなくチェックポイントを通過する必要があるが、チェックポイントの場所は精霊使いにのみ伝えられること……だろうか。
ただ単に精霊同士の力比べをするのが目的ではなくて、あくまでも精霊使い同士、つまり、スィラさんとラフォン君の技量を競い合うようだ。
精霊に的確な指示を出したり、精霊の力を引き出すことが重要になる競技になっていると言うことで、つまり、自分の頑張りによってスィラさんの勝敗が決まってしまうということだ。
「それでは、大精霊様。『縁』を結ばせて頂きます……」『……聞こえますか?』
「聞こえるよ。これは?」
『これは、精霊との間につながりを確保する精霊術です。この精霊術を使って、大精霊様に指示を出しますので、従って頂けるとありがたく思います』
スィラさんの声が、音としてではなく、精霊力の思念として伝わってくる。
なるほど。これは精霊専用の通話魔術のようなものだろう。
マテラ達が使う魔術は、原理もよくわからなかったけど、こちらはなんとなく理解ができる。
つまり、これなら自分からも再現ができそうだ。
『スィラさん、こちらからも試してみるんだけど……聞こえる?』
「えっ!? き、聞こえます! 大精霊様は、精霊術まで使えるんですか!?」
「そうみたいだけど、普通じゃないの? 他の人が召喚した精霊も、似たようなことはできるでしょ?」
「いえ……そんなこと、聞いたこともありません! 生まれ持った『能力』は使えますが、僕たち人間が生み出した『術』を使える精霊など、聞いたこともありません!」
そうなのか?
というか、自分は人間なのだから、人が使う精霊術を使えても当たり前だと思うんだけど……
スィラさん達にとって自分は、精霊界みたいな場所から召喚された精霊なのかもしれないけれど、実際はただあの狭間に迷い込んでいただけの、普通の人間なんだよね。
まあ、あの空間のことは自分にもよくわかっていないから、説明しようとしてもうまくできないけど。
「大精霊様? どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。少し考え事をしていただけ……」
「そうですか。それよりも、到着しました。この塔の最上階が、精霊レースのスタート地点です。ラフォンはすでに待っているはずです。少し急ぎましょう」
案内されてたどり着いたのは、10階建てほどの高さがある、立派な塔だった。時計塔の名の通り、大きな時計がゆっくりと時を刻んでいる。
ここから見た感じだと、屋上が展望台のようになっているようで、そこにはすでに何人かの『想い』があるようだ。ラフォン君のものと思われる、気合いに満ちた想いもあるから、スィラさんの言うとおり、すでにラフォン君は屋上で自分たちの到着を待っているのだろう。
「ちなみに……屋上まではどうやって? エレベーターでもあるの?」
「……大精霊様、えれべーたーとは、なんでしょう。階段のことを、精霊語ではえれべーたーというのですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……ってこれ、階段で上るの? 結構な高さがあるけど」
「? それは、壁を登るわけにはいきませんから……」
前世の前世のそのまた前世……つまり、地球の日本の法律であれば、この高さの建物にはエレベーターの設置が義務づけられているはずだけど、こっちの世界には建築基準法も、そもそもエレベーターというもの自体が存在しないらしい。
ということは、塔の内部にらせん階段でもあるのだろうか。確かにそれでも上れないことはないけれど……
「ねえ、スィラさん。面倒くさいから、空飛んで行かない? それとも、勝手に空を飛んじゃ駄目っていうルールでもある?」
「いえ、特にそういった決まりはないですが……分かりました。それでは、大精霊様は先に向かっていてください。僕も精霊力で身体強化して向かうので、すぐに追いつきます……」
「いや、スィラさんも一緒に行こう。失礼するよ!」
自分は、精霊力の羽を広げ、鱗粉をスィラさんに軽く吹きかける。
これでスィラさんも空を飛べるようになったはずだけど、まあ初めのうちは慣れないだろうし、自分が手を引いてあげることにしよう。
まずは羽の力で自分の身体を宙に浮かせ、精霊力の効果で重さを無くしたスィラさんの手を引いて、そのまま二人で舞い上がる。
「だだだ……大、大精霊様? 身体が宙に浮いています! 身体が、宙に、浮いています!!」
「スィラさん、落ち着いて。何度も言わなくても分かってるから。それよりも、屋上に向かえばいいんだよね? 一気に行くから……掴まっててね!」
「は、はぃっ!」
自分が少しずつ高度を上げていくと、スィラさんは掴んでいる手を思い切り握りしめてきた。
どうやらかなり怖がらせてしまったようだ。一気に高度を上げても大丈夫だとは思うんだけど……これ以上怖がらせたくもないし、少し速度を落としてゆっくり向かうことにしよう。
今日はいい天気だ。
日差しは温かく、風もほとんどないから空を飛んでいても揺れることもない。
のんびりと高度を上げて、だんだんと地上が遠のいてきて、スィラさんの気持ちも落ち着いてきた頃、ようやく時計塔の頂上が見えてきた。
「スィラさん、大丈夫? もうすぐ着くよ」
「はい、大精霊様。落ち着いてきました……もう大丈夫です」
「それじゃあこのまま、屋上に降りるから、スィラさんは堂々としていてね?」
「そうですね。僕がビクビクしていたら、大精霊様まで軽く見られてしまいますからね」
そういうわけではないんだけど……まあ、いいか。
自分たちは、周りの人々の驚愕の視線を一身に集めながら、羽を広げながら優雅に降り立った。




