精霊の学園(2)
こんな、小学生か中学生ぐらいの小さな子の家に押しかけるなんて、自分が情けなくも感じるけれど、かといってまた宿探しで苦労するのは嫌だから……
スィラさんのお言葉に甘えることにしようかな。
「さあ、大精霊様! こちらへ。案内しますね……」
「うん、ありがとう。助かるよ……」
自分たちは、大勢の観客の視線を浴びたまま、魔方陣の描かれた台座から降りて、体育館のような空間の出口へと向かう。
どうやら、スィラさん以外にも精霊召喚をしている人は大勢いるようで、一時は自分たちに集中していた視線も、徐々に薄まっていく。
それによって、一部の鋭い視線というか『想い』がより目立つようになってきたんだけど……大丈夫だろうか。
その懸念は、台座を降りて数歩歩いた時点ですぐに形になってしまったようだ。
ゆっくり、堂々と歩くスィラさんの目の前に、一人の少年が立ちはだかった。
スィラさんよりも頭一つ分身長が低く、顔立ちも幼いが、目つきは一人前に鋭く力が宿っているようだった。
スィラさんはその少年をすっと躱して先に進もうとするが、少年は両手を広げて回り込み、その行き先を阻みながら言った。
「待て、スィラ・スー・リィラルルク! 俺は学生番号17番、クァル・ラフォン。お前に決闘を申し込む!」
「あぁ……やっぱり、来ますか……」
少年……ラフォン君? が、室内中に響く大声でスィラさんに決闘を挑むと、再び自分たちに向かう興味本位の想いが強まった。
ラフォン君からは、炎のような闘気が吹き上がり、スィラさんからは氷のような、面倒くさいという言葉をそのまま形にしたような気配が湧き出てくる。
スィラさんは決闘の申し込みを無視して先に進もうとするけれど、ラフォン君は当然それでは納得しないし、それ以上に周りの野次馬達がその結果を望んでいないようだった。
「どうした、逃げるのか、第六位!」
「最上位の六芒星が逃げるとか、情けないと思わないのか!」
「それとももしかして、召喚した精霊に自信がないのか? 自信があるなら、逃げるなよ!」
野次馬が、うるさい。
自分からすれば、こんな声は無視してしまえば良いとも思うのだけど……スィラさんはどう思うのだろう。
「あの、スィラさん? なんか周りがうるさいけど、どうするの?」
「大精霊様は心配しなくて大丈夫です。ご迷惑はおかけしませんので、ご安心ください」
「それは、良いんだけど。何か手伝えることがあるなら手伝うよ? というか、事情だけでも説明してもらえると嬉しいんだけど……」
「そうですね……簡単に説明をすると、彼は僕よりも先に精霊を召喚した学生です。僕たちは学生同士で競い合っているんです。格上に勝つほどたくさん点がもらえるので、彼が勝てば大きく順位が動きます。逆に僕が勝っても、あまり嬉しくもないんですけど……」
スィラさんは、言葉を選びながら丁寧に説明をしてくれた。
……なるほど。
ということは、第六位というのはスィラさんの順位のことか。どれだけの学生がいるのかは知らないけれど、順位が一桁というのは、相当すごいのではないだろうか。
そして、自分たちに決闘を申し込んでいるラフォン君の順位は、おそらくスィラさんよりもかなり下、なのだろう。スィラさんからすれば、「戦うのも面倒くさい」といった雰囲気だけど、これだけ大勢の人が期待している中では、無碍にすることも難しいという感じだろうか。
「あの、大精霊様。舌の根も乾かぬうちにこんなことをお願いするのは申し訳ないのですが……大精霊様のお力を、僕に貸して頂けないでしょうか」
「力を貸す? スィラさんの決闘を手伝えば良いの?」
「いえ、そうではなく……僕たちの決闘形式は、精霊の召喚前であれば、精霊力の力比べですが、召喚後は精霊同士の力比べになるのです……つまり、大精霊様ご自身に……戦って頂いて、僕がそのサポートをする形です」
「なるほど……そういうことか」
つまりあのラフォン君は、精霊力の競い合いではスィラさんには勝てないと踏んで、ルールが変わった直後である今を狙い撃ちしたということか。
たしかにそれなら、自分よりも強い相手にも勝てる可能性がある。
せこい戦略のようにも感じるけれど、まあ相手は子供だし、よく考えたと褒めてあげるべきなのかもね。
「自分は……戦いは苦手なんだけど、できる限り頑張るよ」
スィラさんにはそう答えておいて、マテラとナチュラには小声で「いざとなったら助けてね」と伝えておく。
耳元で「任せてください、チシロさま」とか「もちろん! パパのことは、私が守るから!」と聞こえてきたので、荒事になったとしても、まあある程度はなんとかなるだろう。
自分が参戦する意思を表明すると、スィラさんはラフォン君に向かって「わかりました。その決闘、受けましょう」と、堂々と返事をする。
ラフォン君はそれを聞いて、大げさにガッツポーズをした。どうやらすでに、勝ったつもりでいるらしい。
「来い、俺の精霊!」
ラフォン君が大声を上げて右手を高く上げると、窓の外から赤い影が勢いよく飛び込んできて、その手の指の先に音もなく着地した。
それは、全身が深紅に染まった、カラスのような鳥だった。
濡れたような光沢の赤い羽根からは、精霊力の鱗粉がチラチラと舞っている。
「紹介するぜ! こいつが俺の精霊だ。決闘の内容は、精霊レース。妨害は禁止。精霊使いによる精霊のサポートは可能とする。スィラ、なにか問題は?」
「ないよ! それじゃあ、賭ける対象はお互いのポイントの4割にしとく? それとも、君が怖いなら固定で500ポイントにしておいても良いけれど、どうする?」
「馬鹿にするな、4割だ! お前こそ、後悔しても知らないからな!」
「それじゃあ、4割で決まりだね。勝負は、20分後に、時計塔の頂上がスタート地点だから、忘れないようにね。ラフォン君」
「スィラこそ、逃げるなよ! それじゃ、せいぜい負けたときの言い訳を考えておけよ!」
……どうやら、話し合いはまとまったみたいだ。
決闘の内容は、直接の殴り合いではなくて精霊レースという、競技のような形式になったらしい。
子供同士の競い合いに血なまぐさいことはさせたくないという、大人達の都合が見え隠れするようなルールだけど、自分にとってはむしろ都合が良い。
あの赤ガラスがどれだけ素早いのかはわからないけど、自分も移動速度にならある程度、自信がある。
勝てる保証まではないけれど、それでも最低限、勝負にならないということにはならなさそうかな。




