砂漠の街(20)
「えっと……とりあえず私たちの状況を彼女たちに伝えますね。ちょっと待っていてください」
スペラさんはそう言うと、目を閉じて集中するようにして結界の出入り口に手のひらをそっと合わせた。
自分には魔力というのが見えないし感じることも出来ないから、何が起きているのかはわからないけど……たぶん、結界の中にいる二人に、魔力でメッセージを送っているのだろう。
『チシロさま、到着していたのですね……そうですか、結界があって入れないですか……』
『本当ならお手伝いしたいんだけど……ごめんねパパ。私ちょっと、手が離せない状態なの』
『そうですね……私たちがそちらに向かうことは出来ませんので、スペラさんにやってもらうことにしましょう。私たちに話しかけることが出来るということは、魔術を使える素質はあるということですから!』
『そうだね! っていうことで、パパはそこでおとなしく見ててね!』
「あ、ああ……分かった。って、自分の声は聞こえないのか。……えっと、スペラさん。お願いが……」
「私にも二人の声は聞こえていましたよ。お任せください……始めますね!」
どうやら二人は、自分の魔道具に対してだけでなく、スペラさんにも聞こえるように話していたらしい。
スペラさんは早速、結界に手を当てて何かに集中するようにして目を閉じる。
ちなみに今は、スペラさんは「はい」とか「なるほど」とかって声が漏れているけれど、自分にはマテラとナチュラの声が聞こえていない。
聞こえたところで手伝いができるわけじゃないし、さっきの雰囲気から何か焦っているような感じだったから、無駄な魔力を使わずに節約する目的なのかもしれないけれど……自分は完全に蚊帳の外だった。
プレートの金片が燃え尽きたので、袋から換えの金片を取り出してセットする。
これで、手持ちの金片は本当に全て使い切ったことになる。
結界の外は、相変わらず灼熱の大地。残りの金片が使い切られたら、自分たちはそれを浴びることになる。
一瞬で消し炭になるようなことはないだろうけれど、長時間は耐えられないだろう……
「スペラさん、どう? 結界の残り時間が少なくなってきているけど……」
「うるさいです。邪魔しないでください……えっと、これがこうで、こことここをつなげれば……」
「あ、はい。ごめんなさい……」
声をかけたら怒られてしまった。
確かに今のは、邪魔をした自分が悪いよな。反省。
セットされている三つの金片のうち二つが燃え尽き、最後の一枚も色が黒くなり始めた頃……
最悪の場合、全力で精霊の力を広げれば、熱をある程度防げるかも? そんなことを考えながらじっと待っていると、スペラさんが不意に顔を上げた。
「出来ました! 開きます! すぐに閉じるので、準備して!」
スペラさんがそう叫ぶと、ほぼ同時に結界の扉がパッと音を立てて泡が弾けて割れるように消滅した。
それと同時に、すでに結界の端からじわじわと、扉が再生し始めていた。
「え? あ……え?」
「良いから、速く! ……ああもう、舌をかまないように気をつけて!」
スペラさんは、プレートを凝視していた自分が顔を上げるよりも速く、首元を掴んで思い切り投げつけた。
思わずプレートを手放してしまったけれど、結界の中に入れば用済みだから、とりあえず回収するのは後にしよう。
宙を舞う自分の体はそのまま結界の中へと吸い込まれ、スペラさんもそれに続くように飛び込んできた。
自分が結界の中の町に顔面から墜落して、スペラさんが華麗に音もなく着地すると、「ボフン」と音を立てて結界の扉が閉まる。
扉が開いていた時間はほんの一瞬だったはずだけど、そのわずかな間に外の熱気が入り込んだのか、強烈な熱風が吹き荒れて街の中に砂塵が舞い、自分たちの肌を熱い空気がなでる。
「無事、間に合いましたね!」
「スペラさん、ありがとう。助かったよ……」
「お安いご用です。それに、良い経験をさせてもらいました。それよりも……これは、何事でしょうか」
「何事って? ……確かに、これはどういうことだろう」
街の中に入って一番最初に目に入ったのは、崩れかけた建物だった。
遠くの方からは爆発音が聞こえ、もくもくと煙が上がっている場所もあった。
『チシロさま、スペラさま。結界の中に入られましたね? そこにいると戦いに巻き込まれる可能性があります。これから私が言う場所に移動してください!』
『パパ、急いで! 何が起きているかは、移動しながら教えるから! さあ、早く!』
「わかった! ……って、マテラ達に伝えてくれる? スペラさん」
「もちろんです。すでに伝えてあります! それよりも、急ぎましょう!」
自分たちがあの迷宮のドラゴンの依頼をこなしている短い間に、この街では何かが起きていたらしい。
妖精の羽を広げ、その鱗粉をスペラさんにも振りかけて、街の上空、結界すれすれの高さを飛行してマテラ達の指示する場所へと向かう。
その下では、多くの人が手に武器を持って争いあっていた。




