砂漠の街(11)
なんとか無事に街までたどり着いた自分たちは、そそくさとホテルの部屋に戻って三人で今後の方針を話し合うことにした。
自分はベッドに腰掛けて、マテラと魔王の二人はサイドテーブルの上に座り込んだ。
早速マテラが、顔を上げて自分に向かって問いかけてくる。
「……それで、チシロさま。あの時チシロさまには、何が見えていたのですか?」
「あの、魔力が吸われていた、二人が『空間』って言ってた場所には、自分には巨大なドラゴンがいるように見えていたんだ。二人にはきっと、何も見えていなかったし、何も聞こえていなかったんだと思うけど……」
「やはり、そうでしたか。ライアの時と同じパターンですね」
「そうだね。ライアの時と同じだとすると、自分だけには見えたのは『想力』が理由だと考えるのが……」
「パパ、ライアって、誰?」
そういえば、魔王はライアのことを知らないのか。ライアにであったのは、確か自分たちが『黄金』として初めてのクエストを受けていたときだったような……まあ、詳しく話すと長くなるから、「ライアという仲間がいたこと」や「ライアは、想力が高い自分にしか感知出来なかったが、自分が想力解放をすることで誰にでも見ることができるようになったこと」などをかいつまんで話してあげることにした。
ちゃんとした紹介は、もしも前の世界に戻るようなことがあったら、その時にすれば良い……かな。
「そうなんだ。パパには、いろんなお友達がいたんだね。それなのに私のせいで……」
「あなたの責任ではありませんよ。これは私とチシロさまが選んだ決断です。例え誰かがあなたを批難しようとも、私たちはあなたの味方です」
「そうだよ。自分たちは、あの時暴走する魔王を見て、それでも救いたいと思ったんだ。だからこうして一緒についてくることになったんだけど……まあこれはこれでなんとかなってるからね。それに、君が自分のことを『パパ』って呼んでくれてるのと同じで、自分も君のことを息子とか娘みたいなものだと思っているからね!」
そもそも、はじめは自我を保たなかった魔王という存在に対して『想力解放』を行って今の彼女を生み出したのは、他ならぬ自分なのだ。だから、こうして二度目の異世界転移をすることになったとしても、嫌な気持ちはほとんどない。まあ、欲を言うならせめて、前の世界の人達に別れを告げてから飛びたかったところだけど、異世界転移や異世界転生というのは、いつだって突然のことなのだろう。
だからまあ、その辺のことも含めて「仕方がない」ことなのだと思うし、だとしたら自分は「これからどうするか」ということに集中したいから。
「ねえ、パパ……本当に私は、パパの娘で良いの?」
「だから、そういっているでしょ。もちろん、君が嫌なら無理強いはしない……」
「嫌なんかじゃ、ないの。でも、だったらパパに、一つだけ我が儘を言ってもいい?」
「我が儘……『なんでも』と言いたいところだけど、さすがに出来ることと出来ないことはあると思うから、自分に出来る範囲なら、一つと言わずいくつでも、言ってくれれば良いよ! なんせ自分は、君のパパなんだから!」
「だったら……あのね。私は、パパに名前を付けて欲しいの!」
「名前……そっか、確かにね」
言われてみて気がついたのだけど、今まで自分は魔王のことを「君」とか「彼女」とか「魔王」とか、娘に対しては使わない言葉で呼んでいた気がする。
それでも別に不便はなかったのだけれど、それではどこか冷たい感じがするし、彼女自身が「名付けて欲しい」と望むのなら、やはり親としては名前を付けてあげる義務があるのだろう。
「でも、名前か……どうやって付けてあげたものか……」
「パパの好きなように付けてくれれば良いよ! 私はどんな名前でも……変な名前じゃなければ何でも良いから!」
「何でも良いって……」
それ、一番困るやつ。
何でも良いからといって、例えば「太郎」とか「一郎」みたいな名前を付けるわけにもいかないし……
かといって、格好良い名前がパッと出てくるほど名付けの経験があるわけでもない。
「せめて、何か手がかりというか、ヒントというか……」
「チシロさま。それならいっそ、チシロさまがこの子に『どのようになって欲しいか』を考えれば良いのではないですか?」
「どのように……そんなことを言われても……」
自分としては、自分の娘に対して「こうなって欲しい」などという、理想を押しつけるようなことはしたくない。元気に育って欲しいからと言って「元気」という名前を付けるのも安直だと思うし……
でも、あまり魔王っぽい名前にはしたくないと思う。かつては魔王という、破壊の権化みたいな存在だったから、今の彼女にはもっと、なんというか世界の調和を保つというか自然な状態というか……
「自然……正常……?」
「チシロさま、『自然』と言うことでいしたら『ナチュラル』というのはどうでしょう。英語にしただけなのですが……」
「ナチュラル……名前にするとなると長い気がする……『ナチュラ』……とか、どうかな」
「はい、パパ! 私はナチュラ……パパの娘なので、ナチュラ・ミトですね!」
直感で、その場の思いついたような名前ではあったけど、ナチュラはそれを聞いて喜んでくれたようだ。
それと同時に、気のせいかもしれないけれど彼女の中に何か軸というか芯のようなものが出来て、安定感が増したような感じもする。
「さて、じゃあマテラ、そしてナチュラ。話を戻そう」
「そうですね、チシロさま」
「えへへっ! そうだね、パパ! ナチュラも一緒に考えるよ!」
続編の構想段階から名前は決まっていたのに、ここまで引っ張ることになるとは……




