砂漠の迷宮(2)
言われたとおり、壁に触れないように慎重に、穴の中へ潜っていく。
自分の場合は妖精の羽で降りていくことが出来るんだけど、そうでもなければ上り下りをするのはかなり大変だろう。
穴の直径は3メートルぐらいはあるから、羽を広げても大分余裕はあるけれど、ロープのようなもので降りようにも地上には杭を打ち付けられるような場所すらなかったし、この辺りの壁も触れば簡単に崩れてしまいそうに見える。
なにせ、岩というよりはみるからに砂が固められただけの砂岩みたいな感じだしね……
ゆっくりと時間をかけて下に降りていくと、やがて穴の底が見えてきた。
もはや月の光も届かないぐらいに深く潜っているにもかかわらず、そこに床があることが分かったのは、縦穴の底で何かが光を放っているのだろうか。
気になったので少しだけ降りる速度を上げて、床には触れないように、地表すれすれの高度に浮遊する。
周囲を見渡してみると……そこには壁や天井が星空のように煌めいている不思議な空間が広がっていた。
「……これは?」
「パパ! あれは高濃度の魔素が結晶化した石みたいだよ!」
「チシロさま、あれには触れないようにしてください。おそらくものすごく、人体にとっては有毒な物質です!」
「不足しても有害だし、濃度が高すぎても有毒って……酸素みたいなものなの?」
確か、酸素は濃度が薄すぎると酸欠になるけれど、濃度が高すぎたら有毒になるような話を聞いたことがあったので聞いてみると、マテラはこくりと無言で頷いた。どうやらその通りらしい。
「いつの間にか、結界の効果が逆転してる……パパ、この辺りは地上と比べて逆に、魔素濃度が高すぎるみたいだよ」
「魔素の流出を防ぐ物ではなく、濃度を一定に保つ結界にしておいて正解でしたね……チシロさま、これからどうしますか? この先はさらに危険だと思われますが」
「そうだね……」
ここが危険な場所であるのは間違いないのだろうけれど、進むか退くかの判断を自分に委ねるということは、マテラ達の結界にはまだ余裕があるのだろう。
この世界が砂漠化している原因がこの先にあることはおそらく間違いないのだろう。現況の場所を確認出来ただけでも大きな成果ではあるけれど、それだけでは何の解決にもなっていない。自分たちはまだ「そもそもなぜこの場所に魔素が集まっているのか」ということには見当もついていないわけだから。
慎重に考えるなら、一度戻って体勢を立て直して……とか考えるべきなのかもしれないけれど、そもそも自分たちには体制を整えようにも、何を準備すればいいのかすら分からない状態なんだよね。
仮に一度街に戻っても、心の準備だけしてから改めて出直すことになるだろう。
それはなんというか……二度手間というか、時間の無駄だ。
「とりあえず、もう少し進もうか。危険は避けたいけれど、何か障害になるものが出てくるまでは進まないと、次に生かすこともできないだろうし……でも、危なくなったらすぐ逃げるから、教えてね」
「もちろんです、チシロさま!」
「結界の維持と、危険の管理は私たちに任せてね、パパ!」
穴の底の地下は、分岐することもなく一直線に続いているようだった。
自分たちはそこを、ゆっくりと下っていく。
時折、二人に指示されながら細かく砕いた銀片を投げたりすることで、調査を行うことも怠らない。
地下に潜ってからは、投げた銀片が砂になるようなことはなくなったけど、地面に転がったら発光して、数秒後にはパチンと音を立てて破裂してしまった。
高濃度の魔素や魔力が一気に流れ込んだ結果らしい。魔素を吸われて砂になるわけではないけれど、危険な状態であることに変わりは無い。引き続き気をつけながら進むことにする。
妖精の羽は、広げているだけで浮力を発生させることが出来るから、狭い洞窟の中で何もない中空にホバリングすることも難しくはない。
それでも少し気を抜くとゆらゆらと揺れてしまったり、高度が上がったり下がったりしてしまう。だから、周りの景色なんて何も見ている余裕もなく、二人の妖精の案内に従ってふわふわと進んでいくと、パラパラと何かが崩れるような音が聞こえてきた。
「パパ、何か動いた!」
「チシロさま……生命反応があります!」
「生命反応?」
その場で空中に立ち止まり、光源の魔術を強化してもらって目をこらすと、そこには小さなトカゲのような生き物がいた。
「何でこんな場所に……ていうか、何でこいつは無事なの?」
「どうやら、この生き物は体内に魔力を除去する機能があるようですね。高濃度の魔素を取り込んでいますが、無害化しているようですね」
「へえ、生命の進化っていうやつなんだね……すごいね」
生き物がいると聞いたので、想力の視点に切り替えてみると……確かに、小さな生き物の想いのようなものがちらほらと感じられる。
そして……この地下洞窟の最奥に、今まで気づかなかったのが不思議なぐらい大きな想いの塊があった。
「あれは……?」
「パパ、何か見つけたの?」
「ただの動物や植物じゃない。想いの強さからして、人間……いやこれはむしろ、ライアみたいな存在? 危険な感じはしないけど、数十人から数百人が集まったよりも強い想いが感じられる……」
基本的に、今まで見てきた生き物の中で最も強い想いを放つ種族は人間族で間違いないと思う。
野生の動物なども生きている限りは想いを放つものなんだけど、それでも人間と比べたらシンプルで弱い。
だけど、この先から感じる想いの強さは、その人間が何人も集まったような強さであると同時に、たった一つの存在から放たれているようにも感じられる。
「とにかく、進んでみよう……」
少しずつ狭くなっていく洞窟の壁や床に触れないように気をつけながら、想いを感じる方向に進んでいくと……
そこには、巨大なドラゴンのような生き物が鎮座していた。
間違いない。この、押しつぶされてしまいそうなほどの強い想いは、こいつから放たれているようだ。




