砂漠の街(10)
街を歩いて見つけた、居酒屋のような店の入り口を潜ると、中はそこそこ大勢の人で盛り上がっていた。
どうやらこの店は、カウンターで料理と飲み物を注文して受け取ったら、あとは店内の自由な席を使って勝手に食事をとるようなシステムになっているらしい。
個室のような場所で身内同士で楽しんでいる人達もいるし、壁際で一人静かに酒を飲んでいる人もいれば、仲良く肩を組み合いながらガッハッハと大きな声で笑い合っているグループもあった。
自分としては、情報収集はしたいけど、あの集団の中に入り込む勇気は無いけど……とりあえず、注文をしないことには何も始まらないと思い、行列が出来ているカウンターに並ぶことにした。
ちなみに、よく確認してみると、客達が手に持っている料理と飲み物はみんな同じ種類で、その料理を受け取るときも特に注文とかをしているわけではなく、料理だけを受け取って銀片を2枚差し出すか、飲み物だけを受け取って銀片を1枚差し出すか、あるいは両方を受け取って3枚差し出すかの三パターンに分かれている。
店員と一言二言交わした後にやりとりを行う人もいれば、無言でお金だけ出して料理や飲み物を買う人もいた。
これだけ大勢の客を上手く回すために、料理や飲み物の種類を絞り込んでいるのかな……
列に並んで、キョロキョロと辺りを観察していると、あっという間に自分の番がやってきた。
ポケットの中にいるマテラから銀片を3枚受け取って、無言ですっとテーブルの上に差し出すと、店員はそれを拾い上げて、代わりに小さな樽のようなコップに入った飲み物と、大きな皿の上に乱雑に盛り付けられた料理が渡された。
多少ぎこちなかったかもしれないけれど、特に注目を浴びることもなかったし、どうやらこのやり方で問題なかったらしい。
いつまでもそこにいると、後ろに並んでいる人達の邪魔になりそうなので、両手に皿とコップを持ってその場を離れて……壁際にある、空いている席を探して歩き出す。
「兄さん、ここの席、空いてるよ!」
「ん? ああ……じゃあ、お隣失礼します」
しばらくうろうろと空席を探していると、砂で汚れた服装をした見知らぬ人が、隣の席をバシバシと叩きながら自分に話しかけてきた。
格好からして、街の人と言うよりは、旅をしている行商人のようだ。ちょうどそういう人に聞きたいことがあったので、遠慮無くその席に座らせてもらうことにしよう。
「兄さん、格好からして、駆け出しの商人ってとこか?」
「まあ、駆け出しと言えば駆け出しですが……なぜ分かったんです?」
「そりゃお前、それは外用のローブだが、砂に汚れた様子もない新品だ。それにさっきの様子。この街の人って雰囲気じゃないし、旅慣れてる雰囲気でもない。となると、せいぜい近くの村から飛び出してきた新米行商人としか考えられない! どうだ? 間違ってないだろ?」
「なるほど……名推理ですね!」
実際は、自分は近くの村出身ではないんだけれど、それ以外の点ではかなり正確に言い当てられたことになる。
素直にそれを認めて褒めると、商人は調子に乗って「俺も昔はそんな時期があったな……」と感傷に浸っていた。
かなり気分が良くなっているみたいだし、ついでに聞きたいことを聞くことにしよう。
「先輩、自分は本当に村を出たばかりで外のことを全然知らないんですけど、聞いてもいいですか?」
「ん? 先輩か〜良い響きだな! 何でも聞いてくれ! 知ってることなら何でも話すぞ!」
「さすが、先輩! えっと、気になることっていうのは……その、この砂漠は、どこまで続いているのかっていう、ことなんですけど……」
適当に調子を合わせながら質問をすると、先輩商人は「砂漠? 何のことだ?」と首をかしげていた。
もしかしたら、この世界では「砂漠」という言葉が一般的ではないのかもしれない。
「えっと、砂漠って言うのは、この街の外の砂と岩だけの景色のことで……そうじゃなくて、植物が生い茂るような。もっと過ごしやすそうな場所は、どこまで行けばあるのかっていう質問なんですけど……」
「砂漠の意味は、俺でも知っているぜ? だが……なんだ、お前、おとぎ話でも読んだのか? そりゃ、俺だってそんな場所があるなら行ってみたいもんだぜ」
「そうなんですか? 自分は、砂漠の外には自然豊かな土地がある物だとばかり思ってましたが……」
「そりゃ、そうだろ。他の奴らにも聞いてみるか? おーい!」
先輩商人が声を上げると、それに気づいた他の商人達が「なんだなんだ」と言いながらわらわらと寄ってくる。
「お前ら、この砂漠の外に、緑豊かな土地があるって話を聞いたこと、あるか?」
「いや、無いな……お前は?」
「俺もそんな話聞いたこともないし、現にどこまで行っても砂漠は砂漠だしな」
「緑豊かな土地なんて、おとぎ話でしか出てこないだろ? そりゃ、俺だってそんな場所があるなら行ってみたいが……」
「俺は数年かけてかなり遠くの村々まで周回しているが、そんな場所は見たことも聞いたこともねえなあ!」
「そうだぜ。そりゃ、そういうのを夢見る人がいるのは知っているが、期待はしない方がいいぜ! なんて、そんなことは数年も商人やってりゃ気づくもんなんだがな……」
他の人達も、この先輩商人と同じ考えを持っているらしい。
この世界には緑豊かな土地など存在せず、あるのは砂と岩だけの厳しい砂漠と、その中に点々として町や村が存在している。ただそれだけなのだとか。
ただ、それにしては気になることがいくつかある。
今は人が多すぎてマテラや魔王と話が出来ないけれど、落ち着いたらいろいろ意見を聞いてみることにしよう。




