砂漠の街(9)
扉を開けて中に入ると、まず目に入ったのは巨大な一枚の絵だった。
細長い廊下の先端の壁に、縦横2メートル以上はあるような立派な絵画が飾られている。
幻想的な大自然を背景にして、テーブルに腰掛けた数人の女性が座って楽しそうに話をしている。
ティーポットやティーカップがあり、皿の上にはお菓子が並べられているから、貴族のお茶会とかそう言う状況だろうか。
現実離れしたような美形の女性ばかりだから、もしかしたらフィクションというか、この世界の神話の一場面とかなのかもしれない。
絵自体の大きさや全体のバランスの良さ、額縁の豪華さやなどを考えると、結構な値がしそうな絵画だ。間違っても傷を付けたりはしないように気をつけないと……
「パパ! あの絵……どこかおかしいような……?」
「おかしい? 自分には普通の絵に見えるけど……」
「……チシロさま! 分かりました、違和感があったのは、あの絵の背景です!」
「背景?」
二人に言われて、改めて絵を見てみるけれど、自分には普通の絵にしか見えない。
それこそ、自分が学生だったころたまに行った美術館に飾られているような。どこにでもあるとは言わないけれど、あるべき場所にはあるというか。
「チシロさま、この絵の背景には多くの木々が生い茂る森が描かれていますが、私たちはこの世界に来てから森どころか、木の一本も見ていません!」
「それは……言われてみれば確かに。背の低い草が生えているのは見たけど、ちゃんとした木は一本も見てないね」
「私たちが今いる場所が砂漠なだけで、世界全体が同じ状況ということは考えにくいですが……」
「つまりこの星には、こういう自然豊かな場所もあるってことか。当たり前と言えば当たり前だけど。でも、そこならきっと魔力も豊富だよね。魔力依存症のあの子も、こういう場所に移住すれば良いんじゃないかな」
「そうですね。今までは彼女を外に出す方法がなかったのかもしれませんが、チシロさまの精霊力で包み込めば、短時間外に出るぐらいは問題ないはずですしね。それでチシロさまスペラさんを運んであげれば、よろしいかと」
「パパ、すごい!」
まあ、そういうことは自分たちだけで決めるわけにはいかないし、もしかしたらそうやって移住するよりも、今いる場所で暮らすことを彼らが選ぶというのなら、自分としては無理をしてでも連れ出そうとまでは考えていない。
それでも彼女やあの少年達が苦しんでいるという事実は変わらないし、自分としてはその苦しみから救ってあげたいと思っている。
というか、この世界にやってきたばかりの自分たちにも、何か目的が欲しい。
砂魚の漁師として生きていくとか、行商人みたいな感じでものを運ぶ仕事に就いたりとか、いずれは定職を探していく必要があると思うんだけど、直近の目的、目標としては、あの子達のことを真剣に考えるのも、悪くはないだろう。
絵画から目を離し、廊下を進んで開いたままになっている小部屋をいくつか確認すると、書斎のようになっている部屋とゆっくりくつろげるような雰囲気の部屋の二部屋があった。
基本的にこのホテルは行商人用のものだろうから、寝泊まりをするだけでなく、書類仕事とかも行えるように気を遣われたのだろうか。寝室で仕事とかってなると、気が散るだろうからね。まあ、自分たちがこっちの部屋を使うことはないんだろうけど。
「ふう……さて」
「チシロさま、これからどうしますか? 恐らく昼間は街から出ることが出来なくなりますが」
「あの暑さだもんね……かといって、夜は夜で凍えるような寒さだし。そもそも照明のない場所は暗いから、基本的に街の人は普通に昼に行動して夜は寝てるみたいなんだよね」
マテラの言うとおり、昼間の砂漠は灼熱の地獄で、そんな時間に外に出るのは自殺行為のようなものだ。だけど、かといって夜は夜でかなり冷え込むから、用事もないのに外に出るような人はほとんどいない。
まあ、熱いのと比べて寒いのは、服を着込めば耐えれないこともないということで、どうしても砂漠に出る必要がある漁師や行商人は夜に行動するけれど、そのどちらでもない市民にとっては「どうせ行動するなら明るい昼間の方が良い」ってなるんだと思う。
自分としても、耐熱、耐寒性のあるこのローブを買ったので砂漠にでて活動することも出来るんだけど……まあ、まだお金に余裕はあるし、わざわざまた狩りに行く必要もないかな。
あまり狩りすぎても、生態系を壊しちゃいそうで怖いし。
「いずれにせよ、まだ夜も更けて間もないし、そもそもあまり眠くないからね。とりあえず宿は確保出来たし、少し街を歩くことにしようか」
「パパ、情報収集だね! あの絵がどこで描かれたのかを調べないと!」
「そうだね。ということは……情報収集と言えば、酒場かな? ちょうど夕飯を食べたいと思っていたところだし、旅人や商人が集まりそうな店でも探してみようか」




