砂漠の街(7)
「おっちゃん、お待たせ! 帰ろうか!」
「坊ちゃん! 見捨てられたのかと思ったぜ……」
「まあまあ、ちゃんとこうして戻ってきたんだから許してよ。それにそもそも、自分とおっちゃんは元々知り合いでもないんだから、売り飛ばされなかっただけ良かったと思って……」
地下の部屋から地上に戻って、自分たちが閉じ込められていた部屋に戻ってくると、そこにはおっちゃんが縛られたまま放置されていた。
若干目が潤んでいるような気がするのには、気づかなかった振りをすることにしよう。
近づいて縄を解いてあげると、おっちゃんは起き上がってゴキゴキと音を鳴らしながら肩を回した。
そしてそのまま、部屋の外で待っている少年達には聞こえないように、自分に近づいて小さな声で話しかけてきた。
「それで坊ちゃん……どうします? 通報はしますかい?」
「いや、彼らには『もう悪さはしない』という約束をさせたから、通報はしないで起きたいんだけど……それじゃ気が済まないって言うんなら、おっちゃんへの慰謝料は自分が出すよ」
「いやいや、坊ちゃんにそんなことまでさせるわけにはいかねえ! 坊ちゃんがそれで満足しているってなら俺もそれでいいぜ……それより坊ちゃん。とっととこんな場所退散しようぜ!」
「そうですね。帰りましょうか……」
どうやらおっちゃんは、ここで少年達から金品を巻き上げるよりも、自分との関係性を守ることの方が重要だと考えてくれたらしい。
自分としてはそれで助かったけれど、これはある意味おっちゃんへの貸しが出来てしまったことになるのだろうか。
自分とおっちゃんが並んで部屋を出ると、盗賊団の少年達が見送りをしてくれた。廃墟が並ぶ道を抜けて行くと、元の人通りが多い大きな道へとたどり着く。
ここまでこれば、おっちゃんも道に迷うことなく家まで帰れるだろう。
自分たちの場合はそもそも帰る家がないから道に迷うということもないわけだけど……
「おっちゃん、それじゃあ自分たちはこれで!」
「ああ! 今日は面白い体験をさせてもらったぜ! また何かあったら声をかけてくれよな、坊ちゃん!」
そう言って、おっちゃんは体を揺らしながらどこかへ走って行った。
「さて、思わぬ道草を食ってしまったわけだけど……」
「チシロさま、予定通りまずは、装備を調えましょう!」
「パパ、それと、昼間に向けて、休む場所も確保しないといけないね!」
「そうだね……宿を探しながら、適当に店を回ってみようか。通貨の基準とかも知りたいところだし」
さっきスペラの治療に金片を一枚使ってしまったので、残りの金額は金片4枚と銀片が何枚かということになる。
この世界のみんなの反応を見る限り、金片一枚でもかなりの価値があるみたいではあるんだけど、それがどれぐらいの価値なのかがいまいちよく分からないから、そこら辺のことは実際に買い物をしながら見極めていきたいと思う。
そういうわけでまずは、店先に服が並んでいる店に入って、砂漠用の装備を調えることにした。
店の中には、様々なサイズの衣類が並んでいて、数名の客が商品を手に取って品定めしていた。
店員も何人かいるようだけど、今は他の客の相手をしていて忙しそうだから、軽く目配せだけして勝手に商品を見て回ることにする。
自分は、前の世界でも元の世界でもファッションに詳しい方ではなかったんだけど、この世界のそれはまさに民族衣装といった感じで、どれがおしゃれでどれがダサいのかも分からない。
……あまり悩んでもしょうがないから、なんとなく直感で選んでいくことにしようかな。
「チシロさま! これです、これを買いましょう!」
店内をうろうろしていると、マテラがとある商品を指さした。
茶色の生地に、赤い染料で不思議な模様の描かれたローブ。都会でこんな服を着たら間違いなく悪目立ちするだろうけれど、この世界の砂漠や砂漠都市であれば、自然な感じになるのかもしれない。
砂漠の日差しを避けるための大きめのフードもついているんだけど……多分、マテラと魔王の二人の妖精がここに住むことになるから、自分がこれをかぶることはほとんどないんだろうね。
手に取ってみると、生地はかなり分厚いんだけど、その割にはかなり軽く感じる。軽く引っ張ってみた限りだとそこそこ頑丈に出来ているみたいだし……
「いらっしゃいませ、その商品の説明をしてもよろしいでしょうか?」
壁に掛けられた服を取り外して調べていると、今まで別の客の対応をしていた店員さんが、自分の方へとゆっくりと近づいてきていた。
「はい、お願いします」
「そちらのローブは、砂魚狩り用の装備になります。耐熱、耐寒、耐衝撃の性能が他の商品よりも高いので、お金が許すのであればおすすめの一品ですよ!」
「あの、ちなみに金額はどれぐらいでしょう……」
「少々お待ちください……お待たせしました。こちらの商品は、金片1枚と、銀片20枚です。一括でお買い上げでしたら、金片1枚でお渡しすることも出来ますが……いかがしますか?」
砂漠用の装備で、しっかりした作りになっているとはいえ、服の一着だけで金片一枚か……
未だにこの世界の通貨の仕組みはよく分からないけれど、金片は数枚持っているだけで盗賊団に襲われるほどのものなのだから、多分一枚で日本でいうところの数十万円ぐらいの価値はあるのだと思う。
だとすると、一着十万円の服か……そんな服今まで着たこともないから、お金を出すことに抵抗はあるけれど、これがあれば、今後この世界で街の外を探索するときにかなりらくが出来るだろう。
結局は、悩んでも仕方がないというか、悩むための材料が自分の中にないことに気がついたのと、マテラと魔王から『買いましょう! 是非!』と小声でこそこそといわれ続けたので、一括で買うことにした。
ポケットに手を入れてマテラから金片を一枚受け取って、それを店員にさっと差し出した。
「分かりました、買います」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
自分は、店員から改めて受け取ったローブをかぶり、代わりに店員に金片を渡して店を後にした。
ゴワゴワとしたごついデザインの割に、重さはほとんど感じない。さすがは高級品といったところか。
マテラと魔王の二人の妖精は、早速ローブの中を好き勝手に移動しながら、内ポケットの部屋割りなどをしていた。今はまだ、自分の所持品は金片と銀片ぐらいしかないんだけれど、今後荷物が増えてきたときも、その整理は二人に任せれば良いかな。
「二人とも、それじゃあ自分は、適当に宿を探すね」
「了解です、チシロさま! 何かあったら呼んでください!」




