黄金戦争(前夜)(1)
翌日、キューちゃんはまだ体調がすぐれないということでフードの中で休んでもらうことにして、自分はひたすら羽を使って移動することにした。
移動中はマテラやライアと雑談したりはするけれどそれ以外には特にやることもなく、おかげさまで順調に旅路を進めることができた。
今いるのは『黄金』の拠点がある森の一番近くの街で、ちなみにここは自分が転生初日にテンキさんに案内された街でもある。
日も暮れかけてきていたのと、ついでにラビに挨拶でもしていこうということで、今夜はこの街で一泊することにした。
空を飛んでいけば今日中にでも拠点にたどり着くことはできるんだろうけど、ほら。 夜の森って怖いじゃん。
街に降り立って耳を澄ませると、どうやらみんな『黄金』と『中小ギルド連合』との『襲名戦争』の話で持ちきりのようだった。
やはり『5大ギルド』の事情は他の様々なギルドにも関わってくるようで、みんな人ごとではないのもあるし、『ギルド』自体が今回の勝敗を賭け事に利用しているのも大きな理由の一つなのかもしれない。
ちなみに賭け率を見ると、どうやらみんな『中小ギルド連合』の方が優勢だと見ているらしく、むしろ『何試合目で決着がつくか』という話にまでなっているみたいだ。
ここで『黄金』が勝つ方に賭けて実際に勝利すれば大儲けできるのだけど、それはさすがにインサイダー取引になるだろうからやめておこう・・・。
「チシロさま、どうします? どの宿も予約でいっぱいらしいですが」
「うむ。 街の外にテントを広げるという手もないわけではないが・・・」
「そだね。 どうせ拠点はすぐそこなんだし、拠点に戻ることにしようか。 ラビさんも忙しそうで声をかけるどころではないし・・・」
この街は『黄金』の拠点に近いということもあって、続々と冒険者が集まってきているみたいで、どの宿もほぼ満室。 なんだったら街の外にポツポツとテント群ができているぐらいで、人が集まれば大量のクエストが発行され、その処理で『ギルド』職員たちはてんてこ舞い。 受付をのぞいてみてもラビさんは行列の処理に忙殺されていて、とても声をかけられるような状況ではなかった。
ライアを通じてアウラ達には「明日の午前中に到着する」と伝えちゃったんだけど、まあ今日中に到着しても問題はないだろう。
というわけで、夜の森に向かって飛行を開始する。
森の境界を通り抜ける時に強力な結界が見えたのだけど、自分が近づくと自動ドアが開くように結界に穴が空いたので、その穴を通り抜けて中に入った。
森の中にもいくつかの結界が柱のように立っていて本拠点の位置をうまくカモフラージュされていたけど、自分が森に入った瞬間からまるで導いてくれているかのように風が吹いて空気の流れができていたので、その流れに沿って移動していると、見たこともない馬鹿でかい大木が生えていた。
というか、その土台には見覚えがある。 あそこって、村人たちが「ここに拠点を立てよう」って言って土台を固めていた場所だった気がするんだけど・・・、いったい何がどうなったらこうなった!?
「あれ? あんな木、生えてたっけ? というか、場所はここであってるんだよね?」
「チシロさま、座標でみても間違いはなさそうです。 それにしてもよく拠点の位置を覚えていましたね」
「うむ。 我の案内が必要かと思ったのであるが、どうやら杞憂だったようであるな」
どうやらマテラとライアにはこの『風』は感じられなかったらしい。
というかこの『風』はライアの案内だと思っていたのだけど、違ったのか。 じゃあいったい誰が?
まさか『森の意思』とかいうわけでもないだろうし、案外おやっさんとかの仕業だったりして・・・。
「チシロよ、我らの部屋は大木の隣の建物である。
戦争が始まるまでまだ多少時間はあるし、いずれにせよアウラは出かけておって今日は戻らぬそうである。会議は明日にでも行えばよかろう」
「そうですね。 チシロさまとベルンさんは、先に部屋に戻って休んでいてください。
フードの中に置いてある皆さんへのお土産は、私とライアで配っておきますね」
お土産? ああ、あれか、みんなに頼まれてアルツナイで買った商品のことか。
拠点に分身体を残していて事情がわかっているライアによると、おやっさんとメリアさんは書類仕事やらで忙しいらしく、アウラに至っては借金返済のために今も一人でクエストをこなしまくっていて、拠点に戻らない日が続いているらしい。
とは言っても突然帰ってきて手伝えることがあるとは思わないし、ここは二人の言う通り、自分とキューちゃんは大人しく拠点で休ませてもらうことにしよう。