ロボットのお勉強2
星井はヒュウマを教え子にして解説する。
ヒュウマと呼ばれる高校生が被験者に選ばれた理由は二つだ。
一つ目は健康な体で突然死したこと。
病気で死にかけている人間を被験者にしなかったのはAIに弱った体の記憶を持たせないためだ。
死ぬ直前まで健康だった人間の記憶の方が活動的でロボットボクシングという格闘競技との親和性が高い。
二つ目は高校生だったということ。
従来のロボットのAIは人間の脳と比べて思考パターンが固定化されている。
そのため活動中も機転を利かせられるように人間の補助が必要だった。
では人間の思考パターンをロボットのAIが持つとどうなるか。
ロボットの思考はより柔軟になり、人間の補助が不要になる。
その人間の思考パターンこそ記憶だ。
また人間の思考パターンは高校生の時期にピークを迎えるという。
人間の思考パターンは成長するにつれて常識を覚え豊富になっていくが、高校生を境に思考パターンは常識に囚われるようになり乏しくなっていく。
「つまりあなたの持つ記憶こそ、ロボットボクシング用ロボットのAIに持たせるのに最適だった」
「柔軟な思考パターンを得た日馬は、競技中に人間の補助を必要としない最強のロボット」
「それで俺は競技中に人間の補助が必要ないとして、強力な武器とかついてるのかよ?」
ヒュウマは自身の体にそのような武器が取りつけられているようには感じなかった。
「ついてるわよ」
「どこについてるんだよ?」
「それはロボットボクシングをすればわかるわ」
星井はそう言うと、胸ポケットからリモコンを取り出し、自動ドアに向けてボタンを押した。
すると自動ドアが開き、1体の四輪走行型ロボットが姿を現した。
その円筒形のロボットはヒュウマたちと相対するようにリングへ向かってくる。
YAMATO自動車が開発した量産型ロボットボクシング用ロボット、カムイGT‐Rのようだ。
カムイGT‐Rは自動運転車の技術や部品を応用もとい流用し、自社工場を活かして生産することでコストを抑えた廉価なロボットだ。
アマチュア用のため兵器は搭載されておらず、前後左右に取り付けられた巨大な4本のアームを鞭のように振り回すことで相手の機体を攻撃する。その攻撃力は人間の骨なら簡単に砕くほどだ。
だがリングの方へ近づく機体は普通のカムイGT‐Rではない。より危険な代物だ。
改造が施されていて、4本のアームは4本のガトリング砲に装備変更されていた。
周囲に殺意を向けた機体がヒュウマとリングを挟んで向かい合う。
「俺はあんなのと戦わなきゃいけないのか?」
「大丈夫、ロボットだから痛みは感じない」
「そういうことじゃなくて、どう戦えばいいんだよ?」
「いいからリングに入って」
星井はヒュウマの質問をスルーしリングの中へ入るよう指示する。
ヒュウマは痛みを感じないとはいえ蹂躙されるのは嫌だなと思いながらも渋々指示に従った。
「立ち位置に着いた?」
「はいよ」
日馬は30m四方のリングの定位置に立つ。20m前には改造されたカムイGT‐Rが日馬へ銃口を向け止まっている。
普通のカムイGT‐Rは日馬よりも一回り小さいはずだが、改造された機体は装備されたガトリング砲のためにそうは見えない。
星井は天井に向けてリモコンのボタンを押す。
すると天井から吊り下げられたガラスの蓋がリングの四方と上方を覆うように下りてくる。
ガラスの蓋の高さは30m。縦横高さ30mの立方体がロボットボクシングの正式なリングだ。
なぜガラスで蓋をするのかというと観戦できるようにしつつ、観客を守るためだ。
蓋に使われているガラスは強化が施されていて核シェルターとしても使えるほどの強度だ。
だがあくまでガラスだ。本当に強力なミサイルやレーザー光線などを直接喰らったら壊れてしまう。
そこで武器の威力やロボットの装甲強度、重量、最高速度は計算されていて、ガラスが壊れないようになっている。
「じゃあ、行くわよ」
星井はガラスの蓋が下りきったのを見て、今度はリングに向けてボタンを押した。
ボタンが押された瞬間、カムイGT‐Rは体を回転させ弾丸を放ち始めた。
日馬は身を屈めてハチの巣になるのを回避する。
カムイGT‐Rは今度は身を屈めた日馬に向け容赦なく弾丸を放つ。
日馬は後ろに下がることで何とか避けた。
(なぜ俺は避けられるんだ)
日馬は自分の中に覚えのない記憶があることに気づいた。
そんな覚えのない記憶を頼りに右手首を折り曲げると関節が外れロケットランチャーに変形した。
(どういうことだ)
戸惑いながらもカムイGT‐Rへロケット弾を発射する。そのロケット弾はカムイGT‐Rへ直撃する。
左手首もロケットランチャーに変形。ロケット弾を発射。
両肘もロケットランチャーに変形。ロケット弾を発射。
廉価なカムイGT‐Rの機体では4発のロケット弾を耐えることはできない。上半分が吹き飛び、機能は停止した。
「戦い方わかったでしょ?」
星井はヒュウマへガラス越しに語りかける。
「なんだこの記憶……」
困惑した様子のヒュウマ。
「それはあなたにインプットした競技用のデータよ」
「競技用のデータ?」
「武器を使ったり、相手の攻撃を避けたりするためのデータよ」
「いつの間に……」
頭の中にそんなものが入れられているなんて。
「あなたがYAMATO自動車に協力してくれるって聞いてから2週間ほどでね」
「2週間!?」
「あなたは2週間眠り続けていた。その間に様々な競技用の記憶をインプットしておいたのよ」
だからヒュウマの感じている時間は実際の時間と2週間のずれが生じていたのだ。
「そうか……」
インプットという言葉の意味はヒュウマにとって重たかった。
記憶を既に改変されているということだ。
今持っている高校生の時の記憶も改変されているのかもしれない。
「それであなたには今日からラーニングをしてもらうわ」
そんなヒュウマの絶望も気にせず星井は話を続ける。
「戦い方はインプットしてあるから、それを元に様々な戦術を瞬時に組み立てられるようになってもらうためのラーニング」
「今日あなたをチカちゃんに会わせたのはラーニングに集中して取り組んでもらうためよ。操縦者には頼れないってことを知ってもらってね」
「なんだよ最強のロボットって。法を犯して、人の頭弄って、そこまでしてロボットボクシングの最強を目指すのかよ」
ヒュウマは話を遮る。
ヒュウマは自身がロボットだという事実をどこか楽しげに感じている部分もあったが、実際にロボットボクシングをしたことで楽しいという感情は吹き飛んでしまった。
「最初に説明したでしょ。一企業のためじゃないひいては国のためだって」
「国ってなんだよ。ただのYAMATO自動車のエゴじゃないのか」
「あなたの活躍が必ず日本人に勇気をもたらす」
「そういうと聞こえがいいな。ハハハ」
ヒュウマはやけになっていた。
星井は主張を続ける。
「聞いて。日本は欧米に対する劣等感に支配されている。そんな日本が世界に誇っていた数少ないものがロボット技術」
「そのロボット技術すら欧米に追い抜かれてしまった。今、私たちはアイデンティティの危機に瀕している」
「あなたは死んでしまった。しかもYAMATO自動車の車でね。でもあなたは国のために戦うことができる。それはあなたにしかできないことよ」
「わかったよ。お国のために戦えばいいんだろ」
ヒュウマは星井の口車に乗せられることにした。
星井に素直に従えば記憶は変えられようと消えることはないことに気付いたのだ。
今のヒュウマに自らの存在を終わらせる気はない。
「じゃあラーニング開始するわね」
星井はそう言うと、自動ドアの方へリモコンを向けてボタンを押す。
自動ドアが開き、改造が施されたカムイGT‐Rが再び姿を現した。