瞬間移動
YAMATO自動車に協力することを決めたヒュウマに星井は
「じゃあ病院からロボットボクシングの練習施設に移動しましょう」
「まずは運ぶために……」
星井は手に持ったリモコンのボタンを押した。
ヒュウマは恐怖を抱く間もない一瞬で意識を失った。
ヒュウマは目を覚ました。
体育館を思わせるだだっ広い、コンクリート打ちっぱなしの部屋の床に寝ていた。
部屋に窓は一切なく、天井の照明だけが明るさをもたらしている。出入り口も一か所、部屋に溶け込んだ灰色の自動ドアがあるだけだ。
ともすれば建築基準法に引っ掛かりそうだが、もしかしたらこの部屋は地下室なのかもしれない。
ヒュウマが寝ているのはそんなどこだかわからない部屋の中央、ロボットボクシング用の大きなリング前。
リングと言っても目の前に見えるのは30m四方の白線でできた正方形だが。
意識を無くしている間に練習施設へ運ばれたのか。
「突然、電源を切るなんて」
ヒュウマは床から体を起こしながら、平坦な声を震わせる。
立ちあがってから気づいたが、星井とヒュウマの身長は変わらないくらいだ。
身長は高校生だった時より少し低くなったみたいだが170cm程度ある。
「ごめんね。今度電源を切る時はちゃんと言うから許してちょーだい」
ヒュウマの前に立つ星井は適当に手を合わせて謝る。
電源を切られるたびにあんな怖い思いをするのかと思うとゾッとした。
これではいつ記憶を消されても分からない。
「これからあなたの操縦者が来るから、くれぐれも自分が人間だったことを悟られないでね」
星井は謝罪を早々に切り上げて要件を告げる。
「日馬が人間だということはYAMATOの開発チームと役員の一部、それにあなた自身しか知らないし知られてはダメ」
「操縦者には伝えてもいいんじゃないのか?」
むしろ伝えておいた方がいい気がする。
「自ら進んでルール違反をしたがる選手はいないわ」
「私たちは企業のためにルール違反を犯したけど、選手は自分自身のために戦う」
「自分のロボットだけズルをしているなんて知ったらプライドが許さないわよ」
確かにヒュウマが選手だったとして、ロボットに禁止されている技術が使われているなんて知ったら操縦者を降りるだろう。
「だからあなたは普通の人型ロボットのふりをして」
「普通の人型ロボットってどんな感じだよ」
ロボットの真似なんてしたことない。
「ワタシハヒュウマデス。コンナカンジデドウデショウカ」
「いつの時代のロボットよ。最近の人型ロボットはそんな片言で会話しないわよ」
星井は苦笑した。
「私が言ってるのは、人間だった時の記憶があることを悟られないようにしてってこと」
「例えば、自分が高校に通っていたとか言い出すロボットがいたら不自然でしょ?」
「もっともそれで元人間だと思う人はいないけど念のためね。操縦者はあなたと接触する時間が長いから」
操縦者の命令に素直に従って、ちょっとした会話をそつなくこなせば問題ないということか。
星井は
「もうすぐ来るかしら」
腕時計を見ながら時間を気にしていた。
「ところで操縦者は誰なんだ?」
YAMATO自動車の選手といえば日本最強の風河朝日がいる。
「もしかして風河朝日?」
ヒュウマは期待を込めて聞いた。
風河朝日の操縦するロボットになれるなら、これほど嬉しいことはない。
風河朝日はロボットボクシングファンだったヒュウマの一番好きな日本人選手なのだ。
「いや違うわよ、あなたを操縦するのは新人よ」
星井の言葉を聞いてガッカリした。
だけど風河選手にズルしてほしくはないしなと気持ちを切り替えた。
しかし新人とは。一体どんな人なのだろうか。
強面の男や綺麗なお姉さんなどを想像していると
「来たわ」
星井はヒュウマの視界の外側を指した。
唯一の出入り口を開け、無機質な広い部屋に足を踏み入れた人物はとても最強のロボットの操縦者とは思えなかった。
どう見ても中学生ぐらいの女の子なのだ。