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※詩的表現注意!!

「――くそっ! なんなんだ、どいつもこいつも!」



 和也は荒れていた。


 久々にかかってきた両親からの電話で、不貞について罵られたからだった。



『この、馬鹿息子が!! 聞いたぞ、おまえ、浮気して高校生を妊娠させたんだってな!?』


「なんで親父が知ってんだよ?」


『幸恵さんから聞いたからに決まってるだろうが!!』


「あいつが……チッ、勝手なことしやがって……」


『なんだその口の利き方は!! おまえ、自分がやったことがわかってるのか!?』


「親父には関係ないだろ。結婚するのは俺なんだから。それに、孫が生まれるんだぞ。嬉しくないのかよ」


『不貞の証なんぞ嬉しいわけがないだろうが!! 言っておくが、生まれてきた子供に我々がなにかするつもりは一切ない! 援助もしない! 慰謝料も式場のキャンセル代も、すべておまえが払え!!』


「なんだよそれ……」


『遺産もあてにするなよ! 寄付なりなんなりして、おまえには一銭も残さん! 金輪際、親はいないものと思え! お前は勘当だ!!』



 一方的に責め立てられて、反論する間もなく切られてしまった。以降、何度かけ直しても繋がらない。


 工場の仕事は忙しい。朝早く夜遅いうえに、有給もなかなか取れない。ショコラとの交際だって、幸恵に「結婚の準備に忙しいから」と言い訳をして、空いた時間でどうにか捻出していたくらいだ。


 そんな、自由な時間を取れないことを逆手に取られた。和也が仕事に追われている間に、幸恵は彼の両親に根回ししていたのだ。


 おそらく、自分に都合のいいことばかり吹き込んだのだろう。和也がいくら弁解しても、すでに両親には届かなかった。


 おまけに、弁護士から内容証明が送られてきている。怖くて、まだ中身は確認できていない。


 まさか本当に弁護士に依頼するとは。ただの脅しだと思っていたのに。



「くそっ、どうしたら……貯金なんてないのに……」



 工場の薄給では、慰謝料なんてとうてい払えない。巷では他の工場より給与がいいと言われているが、ちょっと趣味や交際費にあてればすぐに消えるていどの金だ。


 かと言って、出費を抑えることはできない。ファッションやヘアスタイルを整えるためには、金が必要なのだ。――ショコラの前では格好いい自分でいたい。


 結婚資金として幸恵の管理の下に貯めてきた金はあるが、それらはすべてショコラとの結婚生活に使いたかった。これから子供も生まれるのだから。


 イライラしている時には、むしょうにショコラの声が聞きたくなる。


 思い立ったら我慢できなくなって、和也はすぐさま彼女に電話した。


 数コールもしないで、可愛らしい声が聞こえてくる。



 ――これだ。これが、幸恵にはなかったものだ。



 彼女は仕事中だと言い訳して、電話をしても折り返しのことが多々あった。ふつう、彼氏から電話がかかってきたら、なにをおいても優先すべきだろう。


 彼女には、そういう可愛げがなかった。



『もしもし、和也さん? どうしたの?』


「いや……ちょっとショコの声が聞きたくなって」


『ふふ、嬉しい。ショコもね、ちょうど和也さんが恋しかったの』



 ――ああ、これだ。ほしかったのはこれなのだ。



「本当は、直接会えたらいいんだけどな」


『ショコも、和也さんに抱きしめてもらいたいな……ぎゅってしてほしぃの……』


「ほら、ぎゅーっ」


『きゃあんっ! 和也さぁん、だーいすき!』



 きゃらきゃらと笑う甘い声が、耳に心地よい。


 ――こういう、わかりやすく媚態を示すようなことが、あの女にあればよかったのに。


 そうであれば、裏切る必要なんてなかった。


 あるいは、最初からショコラに出会ってさえいれば。



「……ごめんな、ショコ。おまえには苦労をかけるかもしれない」


『どうしたの、和也さん? なんだか疲れてる?』


「ああ。あいつが……幸恵が、俺たちの仲を引き裂こうとしているみたいなんだ……」


『そんな……お姉ちゃんが……っ!』



 電話の向こうでショコラが息をのむ。



「あいつは悪魔のような女だ……けど、心配するな……ショコのことは、俺が守るよ……」


『えへへ……うん。ありがとう、和也さん……。お姉ちゃんには悪いけど……ショコたちは、真実の愛を知ってしまったから……』


「ああ、そうだな……真実の愛は、誰にも邪魔できないのだから……」


『ひと目あったその時から、あなたに運命を感じたの……運命は動かせない……和也さん、ショコが悪い魔女に呪われちゃったら、あなたの口づけで目覚めさせてね……』


「ああ、もちろんさ……悪い魔法は、王子様のキスで解かないとな……」


『闇に囚われていたあたしに、あなたというひとすじの光が差したの……あの日から、あたしの世界は輝いた……曇っていたあたしの目に、希望の光があふれた……あたしの小指の赤い糸が、誰に繋がっているか……はっきりわかった……和也さん、それはあなた……だから、和也さん……あなたが苦しんでいる時は言ってね……すぐにあなたの元へと飛んでいくから……』


「ありがとう、ショコ……おまえはまるで聖女だな……俺の救いの女神……おまえがそばにいてくれる限り、俺は誰にも負けない……たとえ世界が敵に回っても、おまえを守ってみせる……」



 一通り愛の言葉を交わしあった後、ショコラが沈んだ声を出した。



『本当は、お姉ちゃんにも祝福してほしかったけど……』


「おまえは優しいな……けど、あいつは悪い魔女なんだ……ショコと出会って、俺は悪い魔法から解き放たれた……過ちは二度と起こさない……あいつは俺が止めてみせる……」


『和也さん……。どうしてこうなっちゃったのかな……お姉ちゃんは変わってしまった……昔はあんなに優しかったのに……っ!』



 電話越しに、ショコラのすすり泣きが聞こえてくる。


 傷ついた彼女が可哀想で、可愛くて、幸恵への怒りがいっそう強くなった。



(こんなにショコラをイジメるなんて、あいつは悪魔だ! 嫉妬で醜い鬼になってしまったに違いない。あいつはまだ俺のことを諦められないんだろうが、俺の心はもうショコラのものなんだ。いい加減に理解すればいいものを……物わかりの悪い女はこれだから……)



 ギリリ、と歯ぎしりする。


 和也の怒りの矛先は、今やすべて幸恵へと向かっていた。


 それが、今の和也の原動力だった。



「大丈夫だ、ショコラ。おまえと、それに生まれてくる子供のことは、俺が守ってみせるからな……」


『え? う、うん……』


「きっとおまえに似て、可愛くて美人さんな赤ちゃんなんだろうな……もし俺に似てたら、ちょっと嫉妬するかも……」


『……うん……』



 浮かれきった和也の頭は、愛しい恋人との家庭を想像するばかりだった。



『……和也さん。あのね……』



 ――その時、ショコラが受話器から少し離れる気配がした。



『……え? なぁに、ママ?』


「どうした、ショコ?」


『ううん。……あのね、ママが電話を代わってほしいって』


「お義母さんが?」



 少々面食らいながらも代わるようにうながすと、すぐに神経質そうな声が耳朶を叩いた。



『もしもし、和也くん? 幸恵が二人の仲を邪魔してるんですって?』


「はい、そうなんです。どうやら、まだ俺に未練があるみたいで……」


『迷惑かけてごめんなさいね。あれはショコちゃんと違って、失敗作だから……。でも、安心して。あたしがどうにかしてあげる』


「え?」


『だいじょうぶ。あとは任せてちょうだい。あなたはショコちゃんを幸せにすることだけ考えていればいいのよ』



 なにがなんだかわからないまま、電話は切れてしまった。


 困惑したものの、しばらくして冷静になると、だんだん落ち着きを取り戻してくる。



(任せてくれ、と言ってきたくらいだ。きっと、なにか考えがあるんだろう。あの人は幸恵の母親でもあるんだから、幸恵のことをよく知っているはずだ。なにか対策があるに違いない)



 そう考えると、悩んでいたことがすべて解決したような気がしてきて、和也はほっと胸を撫で下ろした。



 ――今夜は、ぐっすり眠れそうだ。


二人の会話にやたら三点リーダーが多いのは、ポエマーだからです。

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