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「なにそれ、サイッテー!」



 休憩室全体に響くほどの声量で、西澤が怒気をあらわにした。


 怒りに任せて菓子の袋を破くので、中身が飛び散らないか、見ているこちらがはらはらする。


 普段は眼鏡をかけたクールな黒髪美人といった風貌の彼女が、今は般若のようだ。



「未成年孕ませておいて、一方的に破断!? 信じらんない! 地獄に堕ちろ、この××××!!」


「に、西澤先輩、お下品です……!」


「そーゆー手合いは去勢しちゃえばいいのよ! 法律で強制的にパイプカットするようにしてくんないかしら?!」


「過激! 過激です! 他の男性社員に聞かれたらまずいですよ!」


「平気よ、平気。ここ防音だし」


「そうですけど……」



 いくら休憩室が男女別とはいえ、やはり心情的に心配になる。



「大変だったわねぇ、花岡さん」


「音羽先輩……!」



 色白のゆるふわ系おっとり美人に慰められて、幸恵は思わず涙ぐんだ。


 彼女たちは幸恵と同じ、某製菓会社の企画開発室に勤める社員だ。企画開発室は合計四人の少人数で成り立っており、彼女らの他には唯一の男性社員である中谷室長が所属しているのみである。


 休憩室に置かれている茶菓子は、今朝、出社する前に幸恵が買ってきたものだ。もちろん遊びではない。各メーカーの新商品をリサーチし、企画開発室の社員で試食することで、味やデザインの参考にするためである。試食が終わった菓子は、こうして休憩室に置かれる。


 特に今日は火曜日だったので、買い出しもとりわけ多かった。日本のコンビニは、ほとんどの新商品が火曜日に並ぶのだ。


 コンビニで販売するような菓子やスイーツを開発する、それが彼女らの仕事である。



「アンタの婚約者……あ、元だっけ。まあいいや、元婚約者って、下請け工場の社員だっけ?」


「そうです。前にテスト生産の立ち合いをした時に出会って、そのまま……って感じですね」


「アンタが本社の人間だって最初から知ってたんでしょ? それで後から格差恋愛が嫌だの何だのグダグダ言い出すくらいなら、最初からくどいてくんじゃねーよ! って感じね」


「は、はあ。ごもっともです」


「つーか、自分を正当化する言い訳にしてるだけでしょ。絶対、後づけの理由よ。そもそも、どんな理由があろうと、十六歳に手を出していい理由にはならないわよ。ロリコンは死ね!」


「はは……」



 西澤が烈火のごとく怒っているのを見ていると、かえって冷静になってしまう幸恵である。


 水筒から緑茶をそそいでいた音羽が、納得したようにうなずく。



「でも、それで昨日は有給を取っていたのねぇ」


「すみません、ご迷惑をおかけして……」


「あらぁ、いいのよ。ただ、みんな心配してたの。いつもお休みしない花岡さんが、どうしたのかしらって」


「そーそー。花岡ちゃんがいないと、やっぱ空気が違うって言うか。そんなサイテー男なんかパパッとケリつけて、さっさと戻ってきなよ。みんな待ってるからさ」


「ありがとうございます。しばらくはまだ、有給をいただくことになるかもしれませんが……」


「いいって、いいって。後悔しないように、叩きのめしてやんな。今月のアイディア会議には出られそうなの?」


「時間の都合については、こちらに合わせてもらうつもりです。有責なのは向こうですから。……ただ、アイディアシートが書き終わらなくて……」


「……ああ、夏の新商品ね」



 会社では月に一度、アイディア会議を開き、新商品についての意見を交わしあう。各自で『アイディアシート』と呼ばれる紙に意見を書き、それを発表するのである。


 次回のアイディア会議の議題は『夏季の新商品』。


 幸恵は前回、宇治金時から着想を得た『宇治抹茶ケーキ』を提案したのだが、「ふつうの抹茶ケーキとの違いがわからない」「夏らしくない」と却下されたという苦い思い出がある。



「いろいろと考えてはいるんですけど、なんだかありきたりな発想しか出てこなくて、ちょっと行きづまってます」


「ああ……過去にだいたい出つくしちゃってるからねー」


「みんな、その壁にぶつかるのよねぇ」



 西澤も音羽も悩ましげにうなずいた。



「ま、出てこない時は出てこないもんよ。一度そこから離れて、気分転換でもしてみればどう?」


「あら、それなら駅前に新しくできたカフェに行ってみたらどうかしら? わたしもこの前行ってみたのだけれど、オススメよ」


「――って、それじゃけっきょく仕事じゃない。ただのリサーチよ、リサーチ」


「でも、いいアイディアが浮かんでくるかもしれないじゃない?」


「まあ、アタシもアイディアが出ない時は、甘味巡りするけどさぁ……」



 やいやい言い合う二人の先輩がなんだかおかしくて、幸恵は自然と笑っていた。


 ――いい職場に就職したな、と思う。


 苦しいこともあるけれど、こういう人たちがいるから、まだまだ頑張れる。



「ありがとうございます、西澤先輩、音羽先輩。お昼休憩にでも、そのカフェに行ってみますね」



 さしあたっては、次のアイディア会議に向けて、白紙のアイディアシートをなんとかしよう。


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