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 田舎の小学校の女子なんて、芋くさくて野暮ったい。それに、田原が地主の息子であることを知ると、あからさまに媚びを売ってくる。


 それも、自ら望んでしているのではなく、親の指示で粉をかけてくるのだから笑えない。


 大人の汚い事情など、彼らには関係ない。にも関わらず、寄ってくる連中のほとんどが、田原の肩書に惹かれてくるものばかりだった。


 地元では知らぬ者のない、歴史ある家系。地域一帯の権力者。


 それを気にすることなく付き合ってくれる人間だけを選別していたら、ものの価値のわからないバカばかりが自然と集まっていた。


 それでも大切な仲間だった。例え、世間からはみ出し者の烙印を押されようとも。


 ――世界が変わったのは、そんな折だった。


 都会からきた女子生徒。


 田舎の価値観にとらわれない女。


 どんなにからかおうとも、決して信念を曲げない強さ。


 ずっと追い求めてきた理想がそこにあった。



「……けど、ずっと構われるばっかだったから、女の構い方なんてわからなかった」


「だから、結果的に嫌がらせのような形になった、と?」



 咎めるような玲一の口調に、田原は声を荒げた。



「仕方ないだろ! 俺だって必死だったんだ。なのに、お前みたいなぽっと出の男にかっさらわれて」


「――ふざけないでよ」



 怒りで唇をわななかせながら、幸恵が強い口調で割って入った。



「好きだったらなにしてもいいって言うの? ――見てよ、これ。アンタにつけられた傷跡、いまだに残ってんのよ」



 こめかみにつけられたそれは、今でもメイクで隠すのに苦労している。


 医者の尽力でだいぶ薄れたが、それでも化粧の上からでも目を凝らせばうっすらとわかるほどだ。


 髪をかき上げて事実を突きつける幸恵から、田原は気まずそうに目をそらした。



「……姫野さんを利用したのは、どうしてだい?」


「同窓会の時に、妙に馴れ馴れしいタクシードライバーがいただろ。花岡が『和也』って呼んでたから、気になって調べたんだよ。そしたら、元カレってわかったから、てっきり今でもつきまとってるのかと思って……利用してやろうと思った。それに、池山に相談したら、ピンチの時に颯爽と助ければ花岡も俺に惚れるだろうって……」


「ちょっと、わたしのせいだって言うの!?」


「事実を言ったまでだろ! なんのためにこんな回りくどいことしたと思ってんだ!」



 とたんに仲間割れを始めた二人に、玲一が冷たく言い放つ。



「とにかく、今度こそ警察を呼んだから。申し開きは警官にするんだね」


「なっ、警察!? またそんな大げさにして……!」


「大事なんだよ、キミたちのしたことは。自覚はないようだけれどね」


「なんで――なんで! 俺はただ、花岡に振り向いてほしかっただけなのに……っ!」


「だってアンタ、まともに口説こうともしてなかったじゃない」



 呆れ混じりのため息をついて、幸恵は吐き捨てるように言った。



「相手に優しくすることより、相手に構ってもらうことを優先した。それじゃあ、恋愛は始まらないわ。――アンタはわたしが好きだったんじゃなくて、『都会の女』だったら誰でもよかったんでしょ」



 思ってもみないことを言われたのか、田原は心底ショックを受けたような顔をして黙りこんでしまった。


 玲一がリコを振り返る。



「池山さん、蒸発していたお父さんの行方がわかったよ」


「お父さんが……!?」


「今回のことをお話ししたら、父親として責任を取るって。身元引受人になってくれるそうだ」



 リコの父親は、彼女が就職してすぐに「もう自分の役目は終わったから」と言い残し、消えてしまったそうだ。以来、彼女はすっかり荒れてしまった。


 あれだけ父親を邪険に扱っていれば、当然の結末だった。



「……お父さんが……」



 それきり、リコも黙りこんでしまった。


 先ほどの暴れ方がうそのように、すっかり静かになった二人を、到着した警官に引き渡す。


 パトカーに連行される寸前、田原が振り返って叫んだ。



「違う……違う! 俺は本当にお前が……本当に好きだったんだ! 嘘じゃない、信じてくれ!」


「わたしはアンタのこと、大嫌いだったわ」


「幸恵ッ!!」



 ふたたび暴れようとする田原を警官がむりやり車に押しこむ。


 一方のリコは、憔悴しきった顔で「お父さん……お父さんごめんなさい……」と、ここにいない人物にひたすら謝罪の言葉をつぶやいていた。


 こうして事件は解決し、残されたメンバーも事情聴取を受けることになった。



「……俺は、利用されていただけだったんだな」



 和也がぽつりとつぶやく。



「……姫野さん……」


「いいんだ。はっきり言ってもらったほうが、諦めがつく」



 寂しげな顔をして、和也は玲一をじっと見つめた。



「けっきょく、アンタに花を持たせることになっちまった」


「花だとか、そういう話では……」


「……幸恵は、アンタになら甘えられるんだな」



 彼女の姿こそ、己の敗北の証だった。


 言葉にされるよりなにより、それが一番堪えた。



「幸恵さんが僕を頼ってくれるとしたら、それはお互いに心を砕いて、努力したからです」


「……そうか」


「なんの努力もなしに、頼ってくれる人なんていません」


「そうか。……そうだな。そうだったな……」



 別れても、いずれは元に戻れると思っていた。努力していれば、いずれ必ず報われると。


 けれど、そんなものは都合のいい幻想だった。


 一度壊れてしまったものは、二度と元には戻らない。彼女はもう、他の男のものなのだ。


 目をそらしていた事実を、目の前に突きつけられた心地がした。



「……和也さん、ごめんなさい」


「ショコラ……」


「あたし、ずっと謝りたかった。どんなにひどいことをしたのか、わかったから」


「俺のほうこそ……よくわかっていないショコにつけこんだ。高校生に婚約解消だなんだって言っても、ピンとこないよな。本当は、俺が教え導く立場だったのに……謝ったって到底許されることじゃないが、申し訳なかった」



 あれからいろいろと考えた。幸恵に言われたこと。なぜ若い女にこだわったのかということ。


 思えば、同期の出世頭が若い嫁をもらって、対抗心を燃やしたことがきっかけだった――。


 まるで一人相撲だ。同期より若い嫁をもらったところで、同期に勝てるわけでもないのに。


 そんな身勝手さを自覚した時、今まで自分がしてきたことがどういうことなのか、初めて理解できた気がした。


 今さらこうして頭を下げたところで、彼女にキズを負わせた事実は変わらない。


 けれど、だからといって償わなくていいというわけではない。


 大人として、けじめをつけなければ。



「もう暗くなってきたけど、一人で帰れるのか? 送っていってやりたいけど、俺はこれから事情聴取があるから……」


「だいじょうぶ。ママに連絡したから。もうそろそろ迎えがくるはず……」


「――どうしてそいつなのよ!」



 耳を突き刺すような金切り声が聞こえて、一同は振り返った。


 フーフーと毛を逆立てた猫のような母親が、鬼の形相でこちらを睨んでいる。


 母親はつかつかと歩み寄ると、和也の胸倉を掴んだ。


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