表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

35

 アパートへの帰り道、聞き覚えのある声がかかった。



「――花岡っ!」



 呼び止められて、振り返る。


 田原だった。


 あの日以来、なんの接点もなかった彼が、何食わぬ顔でそこにいた。



「……なんの用?」


「用ってわけじゃないけど……すぐそこまできたからさ。顔だけでも出しておこうと思って」


「……なんで、わたしのアパートの場所、知ってるの?」


「まあまあ」



 あいまいな笑いでごまかされて、さらに不信感がつのる。



「悪いけど、疲れてるの。今日はアンタに付き合ってる暇はない」


「そんな固いこと言うなよ。せっかくだし、ちょっと話でもしようぜ」


「勝手なこと言わないで」



 これまでに感じた違和感。猜疑心。それらをぶつけようとした時、別の声がかけられた。



「――幸恵っ!」



 和也だった。


 駆け寄ってきた彼は、幸恵の腕をむりやり掴んでいた相手を睨んだ。



「お前、よくも幸恵を――なんのつもりでッ!」


「うわっ!?」



 引きはがすように、彼は田原の胸倉を掴む。


 たたらを振んだ田原は、ものすごい形相で和也を睨んだ。



「てめぇ……てめぇが幸恵のストーカーか!?」


「はぁっ!?」


「許さねぇ!」



 うおお、と野太い雄たけびと共に、田原が和也に殴りかかる。


 がっちりと筋肉質な体型の田原が、中年の和也を殴り倒すのは必然だった。


 どうっと和也の身体が地面に沈む。



「幸恵っ! 警察を呼んでくれっ!」


「ち、ちょっと待て! 話が違う!」


「――その心配はないよ」



 喧噪を切り裂くように現れたのは、玲一だった。


 そのかたわらには、逃げないよう腕を掴まれたリコの姿が見える。後ろには、固唾をのんで見守るショコラの姿もあった。



「……ごめん、田原……」



 リコがすまなそうに言う。


 それでも、拘束している相手が玲一であるため、それ以上の抵抗をする気はないようだった。


 予想外の出来事だったのだろう、田原が驚きに目を見開く。



「……おや、なにを驚いているんだい?」


「――――」


「シナリオにない人物が現れたこと? ……それとも、この出来事を読まれていたことだろうか」


「……和泉、てめぇ……」



 殺気をぶつけられてなお、玲一は不敵に笑う。



「――さあ、答え合わせを始めようか」







 始まりは、幸恵の退院直後に届いた一報だった。



『――お姉ちゃん、やっと繋がった!』



 電源を入れたとたん、鳴り響いた着信に慌てて通話ボタンを押した直後、ショコラからそんなことを言われた。



『お姉ちゃん、気をつけて!』


「……なにを?」


『ショコ、聞いちゃったの……』



 いわく、こういうことだ。


 数日前、駅前で和也の姿を見つけた。


 話しかけようか迷っているうちに、彼に接触する人物がいた。


 それこそが池山リコ――かつての幸恵のクラスメイトだった。


 異様な雰囲気を察して盗み聞きしたショコラは、衝撃的な内容を耳にしてしまう。



『姫野和也さんですね?』


『そうですが……あなたは?』


『わたしは、花岡幸恵さんの小、中学校時代の同級生で、池山リコと言います。実は、花岡さんのことでご相談が……』


『幸恵の……?』


『はい。実は花岡さん、少し前からストーカー被害に遭ってるみたいなんです。ここ最近はすっかり気が滅入っているみたいで、入院までしてしまって』


『入院!? いったい、どいつがそんなこと……』


『それが、昔のクラスメイトの田原という男みたいで……』



 意気消沈した様子で、バッグから写真を取り出す。


 そこには、田原省吾の顔がくっきりと写っていた。



『……こいつが……』


『花岡さんははっきり言わないけど、とても参ってるみたいなんです。わたし、心配で……。それで、元カレだっていうあなたなら、彼女を救ってくれるんじゃないかって』


『……でも、あいつには今の彼氏がいるはずだろ。そいつはどうしたんだよ』


『今の彼氏は当てになりません。これは花岡さんには秘密なのですが……仕事が忙しいとか、なにかと理由をつけて逃げ回っているみたいなんです。あんなひどい人に騙されているなんて、花岡さんが可哀想……。だから姫野さん、あなたが助け出してください! うまくいけば、元鞘に戻れるかもしれませんよ!』



 言葉巧みにその気にさせられて、和也は奮起した。



 ――ようやく機会が巡ってきた!



 隙あらば幸恵とよりを戻そうと、虎視眈々と機会をうかがっていた。その好機が訪れたのだ。



『わかった。俺が幸恵を守る。安心してくれ』



 そうして幸恵のアパートを張り込んで、数日。ようやく敵が姿を現してくれた。


 ――だというのに。






「それこそが、キミたちの罠だった」



 持参したロープでリコを後ろ手に縛りながら、玲一は淡々と言う。



「我々の情報提供者が、その後の会話も聞いていたのさ」



 そう、話はそこで終わりではなかった。


 和也との接触後、リコは別の人物に電話をしていた。



『お膳立てはすんだわよ。あとはそっちでうまくやって』


『うん、そう。元カレさんはアンタをストーカーだと思ってる。わたしが発破をかけて襲わせるから、アンタは返り討ちにして、元カレこそストーカーだと宣言して』


『だいじょうぶ。証拠ならわたしが用意しておくわよ。こっそり、あいつのハンカチを盗んでやったし。他にもいろいろと、ね。花岡のアパートの前にでも落としておけば、向こうから勝手に勘違いするわよ。無駄に頭が働くものね』



 それを聞いて、ショコラは血の気が引いた。


 彼らが姉を陥れようとしている、そのことだけは痛いほど理解したからだ。


 慌てて連絡しようとしたものの、肝心の姉とは連絡がつかなかった。


 なぜなら――。



「運悪く、その時は企画会議の最中(さなか)だったわ。夜遅くまで電源を切っていたし、アパートに帰ったわたしは、ドアの周りをただよう香水の匂いに気づいてしまった。和也の愛用している香水ね。――まあ、それこそが罠だったんだろうけど」



 おそらく雑談の中で彼の愛用している香水の種類を聞き出し、それを幸恵の自宅付近に撒いたのだろう。――和也がストーカーをしているという信憑性を増すために。



「香水だけじゃなく、アパートのドアの前にはハンカチが落ちていた。それと、数日前から続いていた足音に、郵便物へのいたずら。そんな時に不審な人影を見つけてしまったものだから、わたしは思わず追いかけてしまった。……不運だったのは、その時のわたしは不慣れなヒールの高い靴をはいていたこと。だからあせった拍子に足を滑らせ、階段から落ちてしまった。そして脳震盪を起こし、入院。情報提供者から連絡を受けるまで、数日が経ってしまった」



 郵便物への違和感や、後をつけているような足音が、決定的な証拠とまではいかないほど些細なものだったことも、不幸の原因だった。


 警察に相談したものの、『気のせいじゃないか』だの『ストレスで気が高ぶっているんじゃないか』だのと、まともに相手にしてもらえなかったのだ。



「とは言え、池山さんと姫野さんが接触していた証拠のムービーはこちらにあるし、田原と池山さんがグルだった証拠は、先ほどしっかり押さえさせてもらったよ」


「……くそっ!」


「――田原。もう教えてくれるよね、どうしてこんなことをしたのか」



 ひたと見つめる玲一の視線を避けるように、田原は顔をそらす。


 やがて耐えきれないとばかりに、田原はぽつぽつと話し始めた。



「……なんでお前なんだよ」


「……え……?」


「俺だって、ずっと好きだったのに」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ