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「一言……って、どんな……?」
悩んでいると、コンコンと控えめなノックが聞こえてきた。
「は、はい! どうぞ!」
反射的に返事をすると、そろそろとゆっくり扉が開かれて、見慣れた顔がのぞいた。
「西澤先輩、音羽先輩!」
「や、やっほー。花岡ちゃん、怪我はどぉ?」
「頭を打ったって聞いたけれど……」
「大したことないですよ。頭なので大事をとって様子見してるだけです」
「そっか。……あ、これお見舞いね」
「ありがとうございます」
二人とも、明らかにほっとした顔をして、手にした見舞い品を差し出した。
「それ、今ちょっと話題になってるお菓子ね。焼き菓子だからそこそこ日持ちするよ。小腹がすいた時にでもどうぞ」
「ありがとうございます!」
どうやら一切れずつ個包装されているらしく、食べたいぶんだけ食べられるのもありがたい。
気の利いた差し入れにウキウキする幸恵とは対照的に、なにやら先ほどから西澤がそわそわと落ち着きなく辺りに視線をさまよわせている。
「西澤先輩? どうなさったんです?」
怪訝に思って声をかけると、西澤は突然がばっと両手を合わせた。
「――ごめん! さっきの会話、聞こえちゃった!」
「さっきの、って……ああ、あれですか」
タイミングからして、入れ違いになったとは思っていたが。
「すみません、みっともないところをお見せして」
「ううん、こっちこそごめん! 盗み聞きみたいな真似して」
「いや、こっちこそ」
「いやいや」
「いやいやいやいや」
謝罪合戦の後、気まずい沈黙が落ちる。
見られたくないところを見られてしまったという後ろめたさが、幸恵の口を重くさせた。
そんな様子を見かねてか、そっと静寂をやぶったのは音羽だった。
「……花岡さん、覚えてるかしら。あなたが入社した当時、アイディアシートのことで、すごく悩んでいた時期があったでしょう?」
「あ、はい……。よく覚えています」
かなり苦しい時期だったので、今でも鮮明に記憶に残っている。
「そんなあなたを見かねて、わたしたちが強引に相談に乗ったことも?」
「あー、そうそう。先輩権限を目いっぱい使って、真面目な花岡ちゃんからむりやり悩みを引っ張り出したんだよねぇ。我ながらありゃ強引だったわ」
「そ、そんな! お二人のおかげで締め切りに間に合いましたし、今でも感謝してます。その後も、なにかと相談に乗ってもらって……」
「んにゃ、いーのいーの。花岡ちゃん見てると、あのころを思い出すっていうか。またあんな目に遭うのはごめんだからね」
「あんな目……?」
幸恵の疑問に、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「実はね、あたしらの同期にもいたのよ。花岡ちゃんみたいにクソ真面目な社員が」
「……ええ。他人に相談できなくて、一人で抱えこんで。最後には追いこまれて――自殺を図ってしまった」
「……え……?」
想像以上に重たい話だった。
最悪な結末を想像して、思わずごくりと唾をのむ。
「ああ、心配しないで。命に別状はなかったから」
顔を曇らせた幸恵に気がついて、西澤はひらひらと手を振った。
「あの日、そいつに連絡がつかなくて、なんとなく嫌な予感がしてね。そいつが悩んでるの、薄々気づいてたし。それで兄を巻きこんで、家まで行ったんだよね。社宅だったから、場所はわかってたし。……で、いくらインターフォン鳴らしても出てこないから、大家に鍵開けてもらってさ。大量の睡眠薬を飲んで倒れてるそいつを見つけたってわけ」
「……いいわよ、言っても」
「ん、オーケー」
お互いにアイコンタクトを交わす二人に、幸恵は首をかしげた。
なにやら意味ありげである。
「なにを隠そう――その社員っていうのが、この音羽ちゃんなんだよね」




