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「あーっ! わたしの下着入れ! なんでこんなところにあるの!?」
野次馬の群れをかきわけて、幸恵は大声をあげた。
玲一を囲んでいた教師たちが、一斉に彼女を注目する。
そのタイミングを待っていたように、幸恵は再び大きな声で言った。
「この下着入れ、お風呂に入っているうちにロッカーからなくなってたんですよ! なんでこんなところにあるの? ここは男子の部屋なのに!」
「……花岡さん? どういうこと?」
潔癖のきらいがある女教師が、厳しい顔で訊ねてくる。
「ですから、盗まれたんですよ! わたしのパンツ!」
あけすけな物言いに、周囲がどよめいた。
幸恵だって恥ずかしいが、こういう過激なワードのほうが強烈な印象を残すことを、彼女は知っていた。
「盗まれた、って……まさか」
女教師が玲一を見る。それを皮切りに、周りの視線が一斉に集中した。
身に覚えのない罪状が増えて、ますます顔が青くなる。
「し、知りません。……本当です」
「和泉くん、あなたには失望しました」
「女の子のカラダに興味があるのはわかるけどなぁ、そんなにがっついてたら嫌われるだけだぞ。サルじゃあるまいし」
「親御さんに報告します! まったく、前代未聞ですよ……!」
「――待ってください!!」
いきり立つ教師たちを、幸恵のよく通るはつらつとした声が止めた。
「実はこんなこともあろうかと、下着入れにボイスレコーダーを仕込んでおいたんです」
巾着袋の内側に隠れるようについていたポケットから、幸恵は機械を取り出した。
これもまた規則に外れていたが、それを指摘される前にさっさと再生ボタンを押す。
教師たちも今は真相究明を優先すべきと判断したのだろう、なにか言いたげではあったが黙って耳をそばだてた。
『おっ、あったあった。花岡のロッカー、ここだぜー』
聞き覚えのある声が響き渡り、教師たちが硬直した。
『でかしたウッチー! 後でジュースおごるわ』
『安っ!』
どっと笑いが起こる。一人や二人ではない。
『おい、あんまり大声出すとバレるぞ』
『やべっ。……おい田原、なにやってんだよ』
『こいつ、パンツ嗅いでやがる。マジウケるわー』
『こんなところでシコってんじゃねーぞ。部屋でやれ、部屋で』
『あーもう我慢できねー。あの花岡を汚してる気分になる』
『お前、花岡のどこがいいんだよ? いかにも優等生のイイコチャンって感じじゃん』
『ばっかお前、そこがいいんだろーが』
下品な忍び笑いが聞こえるたび、女教師の顔が真っ赤に染まっていく。
対照的に、声の主たちの顔がみるみるうちに青ざめていくのが、視界の端に映った。
「田原くん、内山くん、他の子たちも……! ちょっときなさい!」
「先生、待ってください。この下着入れがここにあったってことは、今回の真相も録音されてるかもしれないってことですよ」
話はまだ終わってないと言わんばかりに、幸恵はレコーダーの音声を早送りする。
やがて、該当の箇所に差しかかった。
『……レーチくん、いる?』
『池山さん!? ダメだよ、男子の部屋に入っちゃ。バレたら大変だよ。黙っててあげるから、早く帰ったほうがいい』
『ちょっとだけだから。用事が終わったら、すぐ帰る』
ぱたり、と襖がしまる音がする。
『あのね、ずっと言いたかったことがあるの』
『……なに?』
『その……あのね。……わたし……』
『…………』
『わたし、わたし……っ、レーチくんが……好き、なの。ずっと……』
『……ごめん。今は誰とも付き合うつもりはないんだ』
『どうして? 誰か他に好きな子がいるとか……?』
『そういうのじゃないけど。付き合うとか、まだ考えられない』
『じゃあ、お試しじゃダメ? 付き合ってるうちに、そういう気持ちになるかもしれないじゃん!』
『そういう、無責任なことはしたくない。付き合うって、そんな軽い気持ちでするものじゃないと思うから』
『でも……前にわたしのこと、褒めてくれたじゃない。池山さんに応援されると元気が出るよって。あれは嘘だったの?』
『いや、そんなんじゃ……勘違いさせたならごめん。謝るよ』
おそらく球技大会でのことだろうな、と幸恵は推測した。
人一倍大きな声で応援するリコを、女子生徒の何人かが「うるさい」と責めたことがあった。その時は玲一が双方をなだめたことで、なんとか収束した。
女子生徒たちも玲一の前で醜い争いを繰り広げたくなかったのだろう、最終的には落ち着く場所に落ち着いたようだった。
だが、その時のことがリコの勘違いに拍車をかけたに違いない。
『どうしてもダメなの?』
『……ごめん』
『そう。……わかった』
『――え? 池山さん……?』
リコの言葉とは裏腹に、玲一は困惑した様子だった。
かすかに何かが聞こえる。だが、周囲のざわめきでうまく聞こえない。
「――静かにしてっ!!」
幸恵が野次馬に向けて一喝する。
腹の底から出した声は辺りを震わせるほど響き、一瞬でしんっと静まり返った。
かさ、ぱさり。
どこかで聞いた音がする。生活音。それも、――衣擦れのような。
「……まさか」
信じられない気持ちで視線を向けると、リコは蝋のように真っ白な顔で怯えていた。
その表情が、幸恵に確信を抱かせた。
『だったら――既成事実、作っちゃお?』
『え……?』
『男の子って、こういうの好きなんでしょ? 恥ずかしいけど、レーチくんなら、わたし……』
『ま、待って待って! よくないよ、そういうことは!』
『レーチくんのためなら、わたし、なんだってしてあげる。だから……ね?』
『早まらないで! もっと自分を大切にしなくちゃダメだ……!』
『ふふっ、優しいんだね。やっぱりレーチくん、だぁいすき』
『ダメだ、ってば……っ!』
『――きゃあっ!』
『うわっ!?』
どっ、と大きな衝撃。もみ合ううちに倒れこんだのだろうか、苦痛にうめく声が聞こえる。
その時、かすかに物音がした。足音だろうか――徐々に近づいてくる。
次いで、ピシャッと勢いよく襖が開け放たれる音。
複数の人間が、部屋に入ってくる気配がした。
『なにをしている!』
『男女の声がしたと思ってきてみれば――和泉くん、池山さん! これはいったい、どういうことです!?』
『いや、違……っ!』
『なにが違うんだ! 裸の女子を押し倒しておいて!』
『これは、その、つまり――』
『わ、わたし、レーチくんに告白されて、それで……!』
さすがに自分から襲ったとは言いづらかったのだろう。だが、その言い訳が最悪の誤解を招いた。
『そんな……。和泉くん! そこに直りなさい!!』
『先生、違うんです――』
『いいから座りなさい!! 言い訳をするんじゃありませんっ!!』
取りつく島もなかった。
か弱い女子生徒を襲った卑劣な男に仕立てられた玲一は、こうしてつるし上げられたのだった。




