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「……メールのことは、ショコラが教えたのか?」


「……、もちろん、向こうも当事者だもの。正当な取り引きで情報を得たのよ」


「いや、いい。……本当はどこかでわかってた。ショコラの心は、もう俺にはないって」



 うつむいた和也の表情は、こちらからは見えない。だが、彼の声色にはどこか確信があった。



「心変わりしたんだろう。……でも、だからって……こんなやり方しなくてもいいじゃないか!!」



 身を切られるような叫びだった。


 確かに、ショコラのやり方は卑怯だろう。


 ある日、突然「別れる」と宣言し、連絡を絶つ。話し合いなんて一切せず、ただ突き放すだけ。


 これでは相手が納得いかないのも当然だ。だから諦めきれず、最後にきちんと話をしたくて、つきまとう。結果、ストーカーを生み出すことになる。



 ――だが、それを言う権利が、はたして彼にあるのだろうか?



「……わたしも、同じことを思ったわ」


「え?」


「こんなやり方しなくてもいいじゃない、って。心変わりしたのなら、せめて話し合いくらいしたかったって。――あなたがわたしと別れて、ショコラと結婚するって宣言した時にね」


「……あ……」


「ショコラがやったこと、全部あなた自身がしたことじゃない。あの子はまだ子供よ。子供は大人の姿を見て育つ。――あなたがあの子に教えたのよ。卑怯なやり方で、人を切り捨てる方法を」



 ぽかんと口を開けて、和也は呆然とその場に立ち尽くした。


 思ってもみなかったことを言われた、という顔だった。それがまた幸恵の神経を逆なでする。


 みるみるうちに意気消沈していった和也は、やがてぽつりと言った。



「――すまなかった」


「それは、なにに対する謝罪?」


「お前を傷つけたこと。ずるいやり方で捨てたこと。……今も、迷惑かけてること」


「…………、言っておくけど、そうやって謝ったからって、はいそうですかって許すつもりなんかないからね。あんたは謝ってスッキリしただろうけど、わたしにできたトラウマは、そう簡単には治らない。やってしまったことは、二度となかったことにはできないんだから」


「トラウマ……なったのか?」


「当然でしょ? わたしをなんだと思ってるわけ?」



 この先、いい人に巡り合ったとして、もう以前のようには素直に受け入れることができないだろう。常に警戒して、最悪の可能性が頭によぎるかもしれない。


 疑いたくないのに相手を怪しまなくてはいけないのは、苦痛でしかない。



「そうか……本当に、悪かった……」


「その言葉が口だけの自己満足でないことを、今後の態度で証明してちょうだい」



 こうして、彼らの諍いは、意外な形で終焉を迎えたのだった。







「……なかなか、思っていたようにはいかないわね」



 玲一と二人で今後の方針を話し合い、いよいよ解散となった段階で、幸恵がそうこぼした。



「ずっと、あいつらにやったことの責任を取らせて、スカッとしてやるって思ってたけど……実際にやってみると、なんだか後味が悪いわ。モヤモヤしてるというか、スッキリしない……」


「誰だって、そう簡単に心の整理がつくわけじゃないさ。ただ、きちんと蹴りをつけることで、前を向くきっかけにはなるんじゃないかな。後から、『あの時ああしていれば、こうしていれば』と後悔することのないように。僕らの仕事は、そういう後押しをすることなんだ」


「そっか。そうだよね。……ありがとう」



 たとえ今は心が晴れなくても、こうして頑張ったことは無駄にはならない。――確かに、そうかもしれない。



「……あのさ、和泉くん」


「うん?」



 振り返った玲一の表情があまりにも優しくて、幸恵は言葉を失った。


 引き留めようと持ち上げかけた手を振り、なんでもないふうを装う。



「えっと、……今回のことが終わっても……」


「うん」


「……その……また、なにかあったら、相談していい?」


「うん、もちろん。花岡さんのことなら、いつでも相談に乗るよ」



 ほころぶような笑みを浮かべる玲一を見つめながら、幸恵は困惑していた。


 ――いったい、自分はなにを言いかけたのだろう?


 ただ、このまま何事もなく契約が終了し、彼とのつながりがとぎれることがさみしかった。


 そう思ってしまう自分が不誠実な気がして、幸恵は口をつぐんだ。







「――ええっ!? じゃあ、あれ以来会ってないの? たったの一度も?」



 カフェテリアのど真ん中で西澤に詰め寄られ、幸恵は思わず肩をすくめた。


 昼休みに先輩二人との食事中、なにげなく玲一のことをこぼしたことがきっかけだった。



「い、いやぁ……仕事でもないのに、貴重な時間を割いてもらうわけにもいかないですし……」


「っかー! なんて奥手なの! そんなんじゃ一生進展しないわよ! 相手は弁護士で、性格も問題ないんでしょ? 早くしないと横からかっさらわれちゃうわよ!」



 興奮気味にテーブルをバンバン叩く西澤に、周囲が軽く引いている。


 どうどう、と暴れ馬を御する騎手の気分でなだめつつ、言い訳を重ねた。



「でも、婚約を解消してから、まだ半年しか経ってないですし……。あんまり早いと、不誠実というか、軽いって思われません? 仮にうまくいっても、わたしまで婚約中から浮気してたって思われちゃいそうで……」


「まだ半年? もう半年、の間違いでしょ。再婚禁止期間だってそんなに長くないわよ。ヘーキヘーキ」



 あの婚約破棄騒動から、すでに半年。季節はすっかり秋を迎えた。


 日本の法律上、女性の再婚禁止期間は一〇〇日。約三か月と少しだ。


 そう考えると、義理は果たしたと言える。


 だが、口さがない連中というものは、どこにでもいるものだ。



「真面目なところは、花岡ちゃんのいいところだけどさ。こう言っちゃセクハラじみた説教になるかもしれないけど……アンタも今年で二十八でしょ? 若い時期なんてあっという間よ! いい男がいたら積極的にいかないと、すぐ婚期を逃すわよ」


「あらあら、なんだか実感のこもった言い方だわぁ」



 うふふ、と笑いながら毒を吐く音羽に、西澤が青筋を立てながら詰め寄った。



「音羽ちゃぁん、アンタ結婚秒読みだからってずいぶんとヨユーじゃないのさ、ん?」


「そんなことないわよぅ。ただ、あなたにもいい人ができますようにって、毎日お星さまにお祈りしてるくらい心配で心配で」


「ええい、よけいなお世話じゃーっ! 見てろよ、今にいい男ゲットしてやるんだからーっ!」



 同期二人の気安さからくるじゃれ合いに、幸恵は思わず吹き出した。


 こんなことを言っているが、西澤は仕事が楽しいからと結婚にこだわっているわけではないらしく、音羽もまた理解あるパートナーに恵まれ、結婚後も仕事を続けていくそうだ。



「あたしのことはいーの! 問題は花岡ちゃんよ。あれから一度も連絡とか取ってないの?」


「いえ、たまにメールのやり取りはあるんですが……」


「なんだ、じゃあ気軽に食事にでも誘ってみたらいいじゃない」


「でも、あからさますぎませんか? 下心見え見えというか……断られたらしばらく立ち直れなくなりそうで……」


「……アンタ、そんな弱気なキャラだったっけ?」



 毒気を抜かれたのか、西澤はいささか呆れた顔をした。



「ひょっとして、まだ恋することが怖いのかしら?」



 気遣いがにじむ音羽の声色にうながされ、幸恵は首を縦に振った。



「実は、ちょっと」


「そっか、そうよね。……ごめん、無神経だった」


「そんなことないです! 西澤先輩だって心配して言ってくださったんだって、ちゃんとわかってますから!」


「ありがとね。……うーん、ようは自然と誘えればいいんでしょ? 相手は弁護士なんだし、なにか相談があるとかなんとか理由をつけられないかしら。会社でセクハラに遭ってる、とか」


「うーん、嘘をつくとバレた時に嫌われそうですし……」


「じゃあ、相手の好きなものとかわからないの?」


「あ、甘いものが好きだって言ってました」


「なら簡単じゃない! おいしいスイーツのお店があるから一緒にどう、って誘うのよ。――そうだ、カップル限定メニューが食べたいから付き合って、ってのはどう? ほら、あたしら仕事でよくリサーチするじゃない」


「あら、それならいくつかいいお店を知っているから、教えてあげるわよぅ」



 あれよあれよという間に作戦が練られ、気づけば玲一をデートに誘い、結果を報告するよう約束が取りつけられていた。


 しかし、彼女らが頭を悩ます必要もなく、再会の機会は訪れる。



 ――同窓会の知らせが届いたのである。


もうひと波乱あります。

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