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本日二度目の投稿です。
右肩にだけ重りでも乗っているかのような、ずっしりと食いこむような威圧感だった。
実際のところ、彼はこちらを見ているわけでも、威嚇しているわけでもない。むしろ、こちらのことなどなんとも思っていないのかもしれない。
それでもショコラは、見えない圧力に押しつぶされそうな緊張を感じていた。
心なしか口の中が乾く。
ごくり。
自分がつばを飲みこむ音がやけに大きく聞こえて、少し驚いた。
右隣には皇が座っている。
同じ遠足実行委員だからとうぜんなのだが、どうにも尻がむずむずするような、居心地の悪さを感じる。
意識しているのは自分だけなのだろうな、とショコラは小さくため息をついた。
「では、遠足のテーマを決めます。なにか意見のある方は、手を挙げてください」
黒板の前で、司会進行が気だるげに言う。
あまり口を開けないしゃべり方なので、聞き取りにくい。
一番手前に座っていたから、というだけの理由で指名された司会進行は、どうやら気が乗らないらしい。面倒そうな態度を隠そうともしない。
おかげで気持ちが伝染して、教室全体が間延びした空気に包まれている。
元々、やっかいごとを押しつけられた者の集まりだ。モチベーションは低い。
案の定、沈黙が続く。空気が重い。
(あーあ。これじゃあ、いつまで経っても帰れそうにないなぁ)
ショコラもまた憂鬱な気分になって、もう何度めかわからないため息が出た。
横に苦手な人物がいるから、さらに憂鬱だ。
これだから、委員会は嫌いだ。
(さっさとテーマを決めてくれないと、次にいけないじゃない。まだレクリエーション決めとか、いろいろあるのにぃ……)
イライラする。
この空気にも、皇にも。
自分を悩ませているわずらわしいことも、何もかも。
ついにしびれを切らして、ショコラは手を挙げた。
「あのぉ……」
司会進行が、生贄を見るような顔をした。
イラッときたが、それを表に出さぬまま言葉を重ねる。
「テーマって言っても、ふわっとしすぎてて、わかりづらいと思うなぁ」
「なるほど。では、どうしましょう?」
「もっとしぼった方がいいと思うよー。この遠足ってぇ、よーするに、そろそろガッコーに慣れてきたから、ここらでみんなの絆を深めましょーってことでしょ? だったら、『絆』とか『仲良く』とか、そういう感じのものにしぼったらどうかなぁ?」
「いいと思います。では、花岡さんはどんなテーマがいいと思いますか?」
「え? えっと……」
そこまでは考えていなかった。
どうしよう、と嫌な汗が流れる。
「――なら、紙をくばって、そこにそれぞれの意見を書いてもらえば?」
横から、助け船が出された。
「皇くん……」
「持ち時間を決めて、そこに各自ひとつ以上のテーマを書くこと。で、司会が回収して、結果を発表。あとは多数決で決める。それでどう?」
「そうですね。じゃあ、五分間取りますので、それぞれ意見を書いてください。今から紙を回します」
「司会進行も書けよー」
顧問教師から指摘されて、司会の生徒はしぶしぶうなずく。
ほっと胸をなで下ろしながら、ショコラは回ってきた紙を受け取った。
ちらり、と横目で皇を盗み見る。
予想外に目があって、慌てて視線をそらした。
(……今、あたしのこと見てた?)
ドキドキと高鳴る胸を感じつつ、紙に目を落とす。
シャーペンを持つ手が震えて、なんだか可愛くない文字になってしまった。
「――では、遠足のテーマは『絆プロジェクト~つなごう、友情の輪~』に決定ということで、賛成の人は拍手をお願いします」
パチパチ、と拍手が空気を震わす。
どうやら満場一致で議決のようだ。
やれやれ、とショコラは肩の力を抜いた。
ふと横を見ると、またしても皇と目があった。
今度はそらさずに、真っ直ぐ見つめ返す。
「……えっと……」
「あれ、あんたが考えたやつだろ」
「えっ?」
「テーマ。今、決まったやつ」
「な、なんで……」
そのとおりだった。
しかし、まさか見破られるとは思ってもいなかった。
花岡聖恋蘭が真面目にテーマを考えるなんて、キャラじゃないと思ったから。
それなのに、皇はからかいもせず、真剣な表情で言う。
「なんとなく、あんたっぽいと思ったから」
あ然として、ショコラは思わずまじまじと皇の顔をのぞきこむ。
嘘をついているようには見えない。
(どうして……あたしのキャラじゃないのに……)
信じられないような心地だった。
ぼうぜんとしている間に、皇は前を向いていた。
(なんでわかるの? あたしのこと……)
ちやほやしてくれる人はいた。
甘やかしてくれる人もいた。
けれど、理解してくれる人はいなかった。
あの和也でさえも。
それなのに、皇だけはわかってくれる。奥底に隠れた本音を、くみ取ってくれる。
(どうしてなの……)
焦燥が、まるで潮騒のように、激しく渦巻いていた。
ぶじにレクリエーションも決め、解散となった帰り際。
ショコラは、胸に渦巻くもやもやした感情を、思い切ってぶつけることにした。
「――ね、ねえ!」
少し、声が震えた。
「やっぱりわかんない。教えてよ。どうして、あのテーマがあたしだってわかったの?」
わからない。
教えてほしい。
「あたしっぽいって、なに?」
――自分らしさとは、なんなのだろう?
皇はしばらく考えこんだ後、顔をあげた。
「あんたって……」
口角が、少し持ち上がって。
「けっこう真面目なトコとかもあんのに、どうしてバカやっちゃうんだろうな」
「え……?」
「もったいないよ。――そっちのほうが、断然いいのに」
朝に開く花が、ゆっくりと割れ咲くように。
冷たい海面に、あたたかな光が射すように。
ふわりと、きれいに――笑った。
あの皇が。
初めて、目の前で。
まぎれもなくショコラに向かって。
その時の感動を、どう表せばいいだろう。
気がつけば皇はいなくて、ショコラはぺたりと床に座りこんでいた。
(……どうしよう)
気分が高揚する。
心臓が早鐘のように激しく脈打っている。
頬が熱く紅潮しているのが、触らなくてもわかった。
熱に浮かされたような心地で頬を押さえる。
もう、この胸の高鳴りを抑えることなど、できない。
(あたし……好きになっちゃったよぉ……)
和也のことは、ただの一度も浮かばなかった。




