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 個室の椅子でふんぞり返っているのは、間違いなく母だった。


 むりやり押しかけてきたというのに、あまりに態度が大きい。対応している社員も困った表情だ。


 申し訳なくて、幸恵は顔から火が出る思いだった。



「企画開発室の花岡です。このたびは、母が大変ご迷惑をおかけいたしました」


「いいんですよ、気にしないでください」



 母親の相手をしてくれていたらしい女性社員はそう言うが、それを鵜呑みにするほど脳天気ではない。


 空気を読まない母親は、キイキイと甲高い声でわめく。



「なによ、あたしが迷惑みたいな言い方! せっかくこっちから会いに来てやったってのに、何様のつもり!?」


(何様なのはあんただ、あきらかに迷惑かけてるだろうが。だいたい会いに来てほしいなんて頼んでない、むしろ迷惑だ!)



 と暴言が出そうになるのを、寸でのところで抑える。


 気づかわしげな表情の女性社員にどうにか退室してもらい、母親に向き合った。



「……なにしにきたの?」



 出てきた声色は、自分でも驚くほど冷たかった。


 同じく驚いたのだろう、母親が目を見開いている。


 思えば、幸恵は両親に対して、目に見えて感情をぶつけることがなかった。冷静に理詰めで反論するか、あきらめて無視するか、それがいつもの幸恵のやり方だった。



 ――親だから。一生、付き合っていかなければならないから。



 そうやって言い訳して、衝突を避けていた。


 けれど、それがよくなかったのかもしれない。結果として、相手をつけあがらせるだけだった。



 ――アンタなんかあたしの子じゃないわ! 絶縁よ!



 先日、母に言われた言葉が脳裏によぎる。



(なんで、そこまで言われなきゃならないのよ。なんで我慢しなくちゃいけないの)



 ムカムカと怒りがこみ上げてくる。


 これ以上、我慢する必要なんてない。



(どうせ関係ないなら、とことん戦ってやる!)



 決意と怒気をこめて、幸恵は目の前の女を睨んだ。


 女の顔色がサッと変わる。



「なによ、その目は! 親に向かって、その態度は何事ですか!」


「あら、わたしなんかあなたの子じゃないのではなかったのですか? 絶縁する、とそう聞いたはずですが。あなたの言うことを聞かないような生意気な女は、必要ないのでしょう?」


「な……っ、口答えするんじゃないっ!!」



 振り上げられた手を、幸恵はあえて避けなかった。


 バシーン! と派手な音が個室中に響きわたる。


 衝撃にやや仰け反った体勢を立て直して、幸恵は不敵に笑ってやった。



「これは立派な暴行ですね。警察に通報しましょうか?」


「け、警察? 親を……親を、警察に突き出すって言うの!?」


「だから、もう親じゃないんでしょう? そうおっしゃったじゃないですか、ご自分で。わたしとしても、ろくに育ててくれなかった人たちなんか、親だとは思えませんし。わたしの親は、祖父母だけです」



 幸恵の本気が伝わったのだろう、母は少しだけ矛を納めたようだった。


 けれど、幸恵の怒りはそのていどでは収まらない。



「では、お帰りはあちらです。このまま帰るか、警察に通報されるか、お好きなほうをお選びください」


「ま、待ちなさいっ! 待って、今日の本題は別にあるのよ!!」



 どうせロクなものじゃないだろう、と聞く気のない幸恵の態度を察してか、母は一方的にまくし立てた。



「あなた、まだ和也くんに未練があるんですって? たしかに、あなたには可哀想なことをしたわ。あたしだって鬼じゃありませんからね、あなたにもちゃーんと縁談を用意してあげたわ。だから、和也くんのことは諦めて、あなたはそっちにしなさい」


「……はあ?」


「お父さんの知り合いが、あなたのことを気に入ってくださったらしいのよ。ちゃんとした会社の社員だし、歳だって四十五歳だから、まだまだイケるわよ。和也さんも三十代だし、あなたって年上が好きなんでしょう?」


「――話にならない。帰れ」


「ち、ちょっと! 少しは考えて――」



 すっと携帯を取り出して、耳にあてる。



「あ、もしもし。不審人物がいるので、すぐにきてください。場所は――」



 電話口に話し始めたとたん、母親は声にならない悲鳴をあげて、あわてて出て行った。



「……ばーか」



 真っ暗な画面の携帯を片手に、舌を出す。


 そのまま幸恵は、今度こそどこかへ電話をかけ始めた。



「――あ、もしもし。花岡ですが」


『花岡さんでしたか。なにかお困りのことでもございましたか?』


「ええ。実は、母親が会社にまで押しかけてきまして」


『それはまた、穏やかではないですね……。お怪我などはございませんでしたか?』


「平手で叩かれました。けっこう思いっきりやられたので、しばらく痕が残りそうです」


『では、早急に病院にかかって、診断書を取ってきてください。暴行の証明になります。それと、傷跡の写真も撮っておくと、証拠になるかもしれません。デジタルじゃなくて、使い捨てカメラだと、なおいいです』


「わかりました。すぐにそうします。……それと、母には新しい婚約者だという男を紹介されましたよ。四十五歳の会社員だそうですが。いちおう、録音しておきましたので、そちらに送りましょうか?」


『ぜひお願いいたします』


「それでですね。あまりこういうことが頻繁に続いたり、エスカレートしだすと、わたしの会社での立場にも響くので、困るんです。せっかく希望の会社に入社したのに、退職なんてしたくないですし……。どうすればよろしいでしょうか?」


『こちらから、向こうに警告を入れておきましょう。それでも続く場合は、またご連絡ください』


「ええ、お願いします。それともうひとつ、頼みたいことがあるのですが――」






 電話を終えて部屋を出ると、先ほどの女性社員が駆け寄ってきた。


 幸恵の頬の腫れを見て、困惑した顔になる。



「……だいじょうぶですか?」


「ええ。――次にきた時は、警備員か警察に突き出してくださってかまいません」



 ――まったく手間をかけさせる、あの非常識どもめ。


 うんざりした心地で、幸恵は迷惑をかけた方々に説明と謝罪をして回る。


 ただ、幸恵の顔を見た社員たちは、みな同情的だったので、話は通しやすかった。


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