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アイディア会議は、企画開発室と営業部のメンバーが合同で行う、月一回の会議である。
企画開発だけでなく、営業の持つ現場の声を取り入れることで、より具体的に商品を決定する。
思いついたことはどんどん発言していいという、かなり自由な気風の中で行われるが、できれば採用されるようなアイディアを発表したいと思うのが人情である。
幸恵もまた、アイディアシートを片手に、緊張しながら順番がくるのを待っていた。
手にしている紙の束は、玲一のアドバイスを元に書き上げた渾身の作である。
石のように張り詰める彼女をよそに、先輩たちが次々とプレゼンしていく。
「塩麹入りのクリームぜんざいはどうでしょう。クリームぜんざいは定番商品ですし、塩麹は今ブームなので、女性客層も狙えるかと」
「塩麹入りか……味の想像がつかないな」
「一度、ラボにかけあって試作品を作ってもらうのはどうでしょう?」
「そうするか」
「わたしは黒蜜入りの抹茶わらび餅を作りたいです。黒蜜をかけるのではなく、あんこみたいに、わらび餅の中に黒蜜を入れるのはどうでしょう」
「なるほど、一口サイズにすれば夏場でも食べやすそうだな」
「抹茶の和菓子なら甘さひかえめですし、男性でも食べられそうですね」
「和菓子系統は女性客にも受けがいいからなー」
「ソーダ味のあんこを使った水まんじゅうとか、どうですか? 夏らしくて涼しげですし、青い見た目はインパクトがあるかと」
「ブルーか……青色の食品は扱いが難しいんだよなぁ」
「でも、たしかにインパクトはありますよね」
「某肉まんみたいな例もありますしね」
ひとりひとり意見を挙げていき、ついに幸恵の番が巡ってくる。
「――じゃあ、次。花岡」
「は、はいっ!」
椅子から立ち上がり、かすかに震える手で持った紙を覗きこむ。
(――だいじょうぶ。あんなに何度も見直したじゃない。怖がるな!)
深呼吸して、幸恵は朗々とアイディアシートを読み上げた。
「抹茶、小豆、きな粉、黒蜜をソルベにした、和風アイスクリームを提案します。老舗甘味処のあんみつや宇治金時のような、上品で贅沢な味わいを目指したいです」
「アイスクリームか。夏らしいし、その組み合わせは間違いないな」
「アイスにきな粉と黒蜜って最高ですよね。わたし、一時期その組み合わせにハマって、太っちゃって大変だった覚えがあります」
「和風アイスかぁ。でも、きな粉はどうする? 蓋を開けた時に飛び散りそうだけど」
「それにつきましては、きな粉ソースにしようかと思っています。黒蜜と練り合わせてもいいですけど、できれば見た目もきな粉っぽくしたいので……」
「ふむ。いいかもしれんな」
中谷室長が好感触を示す。
「わたし、売ってみたいです、和風アイス!」
営業の黒田も賛同したことが後押しとなった。
「よし。じゃあ、やってみるか!」
「あ……ありがとうございますっ!」
やった! と幸恵は小さくガッツポーズした。
こうして、幸恵の提案した和風アイスは、いくつかの採用案の中にぶじ入ることになったのだった。
(和泉くんのおかげだわ。今度またお礼をしないと)
彼の優しい笑みを思い浮かべる。
甘いものを食べている時の、幸せそうな顔。
あれこそ、社員一同が求める、お客様の笑顔なのだ。
思えば、行きづまっている時に音羽から店を勧められ、そこに玲一がいて。すべてが美しい一本の糸で繋がっているかのようだ。
(こういうのを、巡り合わせって言うんだろうな)
二人には感謝しなければ。
音羽には仕事で返すとして、玲一には――どうすればいいだろう。
おそらく、また会うことになるだろうし、その時までに考えておこう。
(でも、法律相談に行っているのに、こんな浮かれたことしていてもいいのかしら。……差し入れくらいは、いいよね?)
悩んだものの、決めるのは後でもいいか、と今はプレゼン成功の余韻に浸ることにした。
「花岡ちゃん、採用おめでとう! よかったよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「おめでとう、花岡さん。完成まで一緒に頑張りましょうね」
「ありがとうございます! あ、音羽先輩。お店の紹介、ありがとうございました。おかげでいいアイディアが浮かびました!」
「あら、それはよかったわぁ。今度は一緒に行きましょうねぇ」
「はい、ぜひ!」
先輩たちにも誉められて、幸恵はすっかり浮かれていた。
上機嫌のまま、会議室を後にする。
そんな彼女の機嫌は、次の瞬間、急降下することになる。
それは受付からかかってきた、一本の電話がきっかけだった。
『――もしもし。受付ですが、企画開発室の花岡さんでお間違えないでしょうか?』
「はい、そうですが……どうかされましたか?」
『たった今、花岡さんのお母様とおっしゃられる方から、面会のお申し込みが入ったのですが、ご本人確認をしていただいてもよろしいですか?』
その瞬間、全身から血の気が引いた。




