第四話
ヒロイン登場回。
街に向かって、これでも整備されているらしい荒れた街道を歩くこと三日が経過しました。今、太陽は真上なのでお昼頃だと思うけど、予定では夕方には到着かな?
秋も終わりが近く、すぐに冬になる季節だとは知っているけど、そんなに寒いと思わないのは、南部帝国って名前が示す通り、南に位置しているからだろうね。おかげで心地よい気候の中を進めるんだけど、作物の収穫が終わって、それを狙った蛮族との戦争で死んだ身としては、少し複雑な気分になっちゃうですよ。
大きな丘を迂回するように街道が街に続いているらしく、何度か商人の馬車隊とかともすれ違っているから、道は間違ってないと思う。
しかし、そろそろ泥や垢を洗い流したいんだよね。気持ち悪いからさ。
少しわき道に逸れるけど、もう少し先に進むと丘の方に行くと穴場の泉があるって話をすれ違う商人達が言ってのを盗み聞きして知ったら、余計に我慢できなくなってきたんだよね。食料的にも時間的にも余裕があるし、行ってみようとコースを変更しました。
話に聞いた細い獣道を見つけて進むこと一時間。水の気配を感じて茂みを掻き分けた先に本当に小さいけど、とても綺麗な泉を発見しました。一応、周囲を『気配察知』してみたけど、今のところ周囲に大きな気配はないので安心。
背負い袋を下すと剣帯を外し、ボロい軽革鎧や手袋、革靴、短剣も鞘ごと外しちゃえ。でも汚れた服のまま泉に入ったよ。体を洗うついでに洗濯も一緒にさ。
水深も膝ぐらいまでのところに進むと、その透明度にびっくり。水、大丈夫かな?と心配にもなったけど、良く見ると小魚なんかも泳いでいるので、無害だと思うんだ。ちょっとした水遊び感覚で顔を洗ったり服の泥を叩き落としたりしていると、楽しくなって結構な時間、水の中にいました。
十分汚れを落とし岸に帰って来てから、服を脱いで全裸になったんだけど、この開放感……うん、これ以上は何も感じないぞ。
濡れた衣服は、強く絞ってから近くにあった岩の上に干して、裸のまま、もう一度、泉の中で髪や体を洗い、汗や垢をしっかり流して……ついつい、この肉体、凄いと自画自賛しちゃったですよ。
兵士として無茶な鍛錬の成果と、更に「ホネ」の影響から「ニク」の時の筋肉が凝縮され細身なのに、凄く理想的な筋肉質なんだよね。腹筋なんて四つに割れてるしね。更に年齢を考えると、まだまだ鍛えられそう。
それにあまり毛深くない股間部分もご立派さまで……正直、「ホネ」の時は、そこもやせ細っていたり皮さんと友達だったりしたけど、逞しく一皮剥けた状態。
改めて見ても色々な意味でマッシブだったのです!
体中を綺麗に水で洗い流し、適当な小枝を拾って、歯も磨いてスッキリ。本当、洗っているとき凄い勢いで水が汚れていったのには引いたよ。
その後、手袋や靴、軽革鎧の内側なんかも洗ってみたけど、これって良かったのかな?知識不足は仕方ないから、清潔さを優先ってことで、ここは納得しておこう。
装備の洗濯が終わると、いつまでも真っ裸はさすがに恥ずかしくなったので、ズボンをもう一度、強く絞って半乾きのまま履いてみたけど、やっぱり気持ち悪いや。
それでも緊急時を想定して剣帯も装備だね。解体に便利な短剣も後ろ腰に差しておくのも忘れないようにさ。
後は、保存食でも食べて、泉の綺麗な水で喉の渇きをって思っていたら『気配探知』に反応が。慌てて立ち上がると、気配のする背後に体ごと向いて長剣を抜刀。柄は長めなので両手で正眼に構えて……ここまで反射的に素早く行えたのも、兵士としての訓練の賜物だね。
気配は、後ろの茂みから、数は四つ。一つの気配を三つの気配が追いかけて、こっちに来ているみたいだね。もう少し休憩してたかったけど、そんな贅沢は言える状況じゃないよね、これはさ。逃げるにしても、防具を残しては行きたくないってのも本音。
なら、先手必勝かな?気配が近づく茂みが大きく揺れ始めると、その予想コースから出てくる場所を避けるように、身を低くして僕の存在を隠す努力さ。モンスターや野生動物なら、匂いや気配で気付かれそうだけど、察知した気配の動きから今回は違うと思うんだよね。
そして、息を止めて待っていると、茂みを大きく揺らし現れたのは、綺麗なお姉さんでした。それも全裸に首輪だけだったものだから、一瞬、驚いて思考が止まっちゃったよ。
目を奪われる美しさって本当にあるんだね。初めて体験しました。
流れるような癖のない長い髪は、神秘的な赤紫。切れ長な瞳の色は深紅。薔薇の花びらを不思議と連想させる唇。健康的に日焼けしたような小麦色の肌。ほっそりした体なのに……なんですか!そのお胸は!メロン、いやスイカですか?そのくせ、腰は凄く引き締まててさ。そこから続く柔らかな曲線ラインも魅惑的。あっ、そっちもうっすら赤紫なんですね。すらりと柔らかそうな程良く肉付いた骨っぽくないのに細いと感じる長い手足に、長く尖った耳まで装備されているのですよ。
はい、ダークエロフ……じゃなくてダークエルフさんですね。魂の記憶で知っています。
その綺麗なダークエルフさん、呼吸を乱して一生懸命、走ってきたんだろうけど、汗で光る体が魅力度アップで、正直、目の毒なのですが。あっ、僕の横を走り抜けるとき、視線に気がついたのですね。
目が合うと少し吊り目ぎみな瞳を大きく見開き、動きを止めてしまったよ。うん、理由は分かるよ。僕が剣抜いているんだからさ、警戒もするよね。
あっと、その間に、残り三つの気配が近づいてきたよ。この距離なら上げている罵声でも分かるけど、どうも人間の男たちみたい。
うん、理由は分からないけど、ダークエルフさんが捕まると、大変な事になるのは理解できました。すでに酷い目にあっているかもだけどさ。この状態……ほっといても巻き込まれるよね。それに三対一や、下手したら三対一対一の乱戦なんて危険すぎるよ。
泉を背にしたまま立って、こちらを警戒するダークエルフさんに、顔だけ向けると人差し指を、口元に近づけて黙っていてと声を出さずに合図しておこう。意図は伝わるか分からないけど、不意打ちで、最低一人は戦闘不能にしないとね。
口汚い罵声を大声で言うから位置は丸分かり状態。茂みに身を潜めたまま、最初の男が出てきそうな場所まで移動すると、ちょうどのタイミングで大きく茂みを揺らして飛び出してきたよ。
その男がダークエルフさんを見つけ、嫌な笑みを浮かべ仲間に声を掛けようとした瞬間、横合いから、粗暴で逞しそうな男の首の後ろに、両手で柄を持って長剣を叩きつけてやりました。鈍い手応えを感じると、同時に崩れるように倒れた男を無視して急いで剣を構え直す。だって敵は後二人いるしね。首を切断出来なかったけど、手応えから骨までは達したと思うし、その骨を砕いた感触も残っているので、戦闘不能にはしたと信じたい。
「なんだ!てめぇ、そこで……」
最初の男が倒れると同時に、新しく表れた二人の男たち。二人とも、なかなか体格も良くて、右側の一人は立派な板金鎧で胸元を覆っていました。その男が腰の剣に手を掛けながら、威嚇するように、大きな声でしゃべり始めた瞬間を狙いました。
数の優位を信じてか、嫌な笑みを浮かべてダークエルフさんを見ていた警戒心が薄そうな左側の男に、飛びつくように一気に間合いを詰めて喉に長剣を突き刺してやったんですよ。最後の瞬間に何されたのって顔していたけどさ、不意打ち上等なのです。
肉と骨とを貫く感触を感じた後は、素早く相手を蹴りつけるように離れて、また距離を取ったヒット&ウェイ戦法。
「なっ!この野郎…死ね!」
まさか、話の途中で相方が攻撃されないとでも?それに、僕は最初から殺す気でしたよ。あの森じゃ、そんな油断していたら死んでいたしね。
二人倒して、一対一になんとか持って行けたけど、本番はこれからだよ。相手も、さすがに本気みたいで、腰の剣は既に抜かれて、ちゃんと構えながら僕を観察してきたよ。正直、武器も防具も、どう見ても質は男の方が上だよね。相手の、僕が上半身裸なのを見てた余裕の笑みを浮かべているよ。
油断なんて最初からしてないけど……ゆっくりお互いに距離を詰めて、身長的にも相手の方が間合いは上だし、相手の一撃を避けて、カウンター気味に攻撃したいよね。
でも、相手にとっては、それが嫌なんだろうね。いっきに距離を詰めて剣を突き出してきたよ。これは、かなり危ない橋を渡らないとダメだ。
相手の予想外に洗礼された動きと速度に、回避しても左の肩口に剣が刺さるイメージだったけど、それでも左肩を犠牲に一歩、間合いに踏み込んで剣をって思いっきり踏み込んだ瞬間、第三者の予想外の行動で、戦闘が決着に向かって動き出したんだ。
今まで黙っていたダークエルフさん、いつの間にか手近な石を拾い上げると、鎧を着た男の顔めがけて投げたんだよね。
それには、さすがに意表を突かれて、剣先が鈍ったのです。このチャンスをものにしないと勝機はないと思ってさ。ぶれた剣先を避けて相手の一撃を一歩踏み込み半身で、ぎりぎり回避を成功。同時に、右手で持った剣を相手の脇腹に叩きつけたんだよね。鎧で胸は防御していたみたいだけど、脇腹部分は守ってなかったからさ。
相手は、脇から血を噴き出しながら、憎々しげにダークエルフさんを見ていたけど、僕から目を離していいのかな?攻撃は終わってないのです。踏み込んだ勢いで背後に回っていた僕が、思いっきり後頭部に剣を振りおろそうとしていたんだからね。
確実に息の根を止めないと安心できないのです。だから遠慮なく、男の頭を砕いたら、あら、びっくり!僕の長剣が、歪んじゃたんですよね。これは予想外です。まぁ、元々、錆びていたしさ、寿命だったのかもだけど、最後まで持ってくれて助かりました。
頭から色々な物を零しながら地面に倒れた男を見て、ここまでして、やっと大きく息を吐き出しせたよ。一安心かな?
おっと、ダークエルフさんは、事態の急変を、すぐに理解したみたいで、ほっそりした左腕で胸元を隠しながら、石を投げ終えたポーズで安堵の息を気だるげに零していました。
いやぁ、美人はなにしても絵になるのですね。でも、大きすぎる胸、隠せていませんからね。余計に卑猥な形に変化しているよ。挑発しているのですか?
「え、えっと……この男たちの装備は、折半でいいでしょうか?」
今は報酬の話じゃないと思うけど、目は反らしたら危険だと思うけど、顔真っ赤になっていると思うけど……思うけど、思うけども!
うん、混乱しているよね、僕。
そんな僕の態度に、ダークエルフさん、凄く不審者を見る目で、僕を観察した後にさ、凄く綺麗だなと本能的に感じる声色で聞いてきたのです。
「あなた、何者なの?」
ごもっともな質問ですよ、はい。