第二話
起き上がって歩き出そうと思ったら、肉体の変化について気がついた事があるんですけど……ぶっちゃけると殺される前よりも肉体が縮んでいました。
これは、魂と肉体が融合する時に、魂の方に引っ張られてだと思うけどさ。
この肉体、昔は村で一番の力持ちで、村で一番のお馬鹿さんだったんだけど、その時14歳のころには185センチ、徴兵されてから訓練期間の一年で更に伸びて2メートル近かったみたい。
魂の方は、あやふやだけども150センチもない痩せすぎで……肉体は「ニク」と呼ばれ、魂が「ホネ」と呼ばれたのが合わさったのが、今の僕なのです。
漢字にすると「肉」と「骨」ね。わぁい、二つ合わせて普通の肉体完成だね、やったね。あれ?涙が……。
気分を変えて、ぼさぼさに伸びていた髪を片手で弄ってみると、色は黒なのでした。この調子じゃ瞳もこげ茶色だと思うよ。皮膚なんかも日本人みたいだし、肉体の記憶と色が違うから、やっぱり前世の残滓ってところかな。
身長は165センチくらいかな?視線から考えるとね。でも力やスタミナは「ニク」の時と変化なしっぽいのを実感できているので安心したよ。そこまで魂に引っ張られていたら悲惨だったと思うからね。
危険な世界だろうし、少しでも生き残るために、武器や鎧を手に入れないと……って周囲にたくさん落ちているしね。死体のおまけ付きだけどさ。
痛みが引いた体を弱々しく立ち上がらせて数時間の探索の結果、ぼろい長槍と穴が開いた軽皮鎧をゲットしました。後は短剣と小銭を少々。
スキルを考えると剣 系が良かったんだけど、生憎と見つからなかったんだよね。
前線で歩兵が安っぽい槍持って突撃しているところに魔法攻撃で、一網打尽にされたからだけど、僕が的になった斥候の訓練、無駄だったとしか思えない事実に驚愕。
最低限の装備を整えた後に、街まで街道を使って移動しようと思っていた時期が、僕にもありました。
いやぁ、すっかり夜です。そして、この世界にはモンスターが普通にいます。
肉体の記憶で知っているけど、戦場跡にはモンスターであるコボルトやゴブリン、それに野盗なんかが武器や死肉なんかを漁りに来る事もあるそうで、装備探しに時間をかける前に、さっさと移動すればよかったですよ。
夕日が真っ赤に染める厚い雲を眺めて後悔したのは、ちょっと前の事。周辺が徐々に暗くなってきたので、なるべく足音を立てないように移動しました。
でも、あまり恐怖心を感じなかったんだよね。これも死んだ魂と死んだ肉体が融合して再生した結果なのかな?
ともあれ、運よく『気配察知』を覚えていたので、微かに感じるようになった自分以外の気配から逃げるように移動していたら、予定と違って街道から離れる離れる。仕方ないので隠れる場所が多そうな街道の横に広がっていた森に入ったけど、追い込まれたみたいで安心なんかできないよね。きっと、危険な領域だろうしさ。
森に入ると落ち葉や土をぼろい服や鎧の上から塗りつけて、匂いを少しでも誤魔化さないと危険だと、前世の記憶っぽいモノに従って泥まみれになってみました。
元から、汚れてたけどね。今は、清潔さよりも生き残り優先。
そうそう、捜索からこの森まで結構な時間が経過していたし、蘇生の影響か、お腹も凄く減っていたから、捜索中に拾ったお肉を歩きながら食べました。
今まで経験したことのない空腹感に襲われてだったけど、人間、生き残るためには何でも食べられるって本当だよね。いやぁ、思い出したくないから詳しくは言わないけど、あれ食べて性的興奮を覚えなくて安心したよ。もし、興奮していたら自殺を考えたかもね。
こうして夜を徹して森を進み、時にはモンスターや野盗を避けて隠れたり、逃げたりしていたら、明け方近くにバッタリ遭遇しました。
ゴブリンと野盗のグループにね。
本当に偶然、僕は『気配察知』で二つのグループが近くを移動してるの分かったから、逃げるように移動して隠れていたんだよね。
そしたらさ、その二つのグループがなんと鉢合わせ。なんだかお互い不運だったみたいで、なし崩し的に始まった遭遇戦。
僕は少し離れた大きな木の後ろに身を隠したまま、こっそり覗くように観戦。
戦闘力は野盗たちの方が高そうだけど、明け方前の薄暗い森の中では、地の利はモンスターであるゴブリンにあったみたい。それにゴブリンの方が、数多そう。
ちなみにゴブリンは、身長130センチぐらい、僕の主観で嫌な感じに思える緑系の体色をした人型のモンスター。知恵は、そこそこ、力も素早さも、そこそこ。まぁ、数が多くて、どんな生物とでも繁殖できる有害モンスターの代表格ってのが肉体の記憶で分かった事です。
僕は、戦いが終わるまで動かなかったんだけど、結果は相討ちでした。
どうもお互いの正確な数や状態を把握できなかったみたいで、逃げるとかを選択するタイミングを、運悪く逃がしていたって感じだったよ。
二十匹ぐらいのゴブリンと十五人くらいの野盗の死体や死体一歩手前が目の前にあったので、隠れている場所から出て漁る事にしました。
これからを生きていくためには必要な事なのです。躊躇っていたら、殺される世界なのです。
自分に対する言い訳だよね。だって生き残っていた野盗にとどめ刺したの僕だしね。でも、案外に前世の世界のモラルや常識が薄いのは助かるかも。下手に、それがあったら不利すぎる気がすんだよね。これは、肉体の記憶からなんだけどさ。
生まれ変わって初の人殺しを経験したけど、思ったより何も感じなかったよ。あぁ、前の自分とは別人だって自覚は出来たから、身勝手にも必要な事だったと思うな。
戦利品として比較的、清潔そうでサイズの合いそうな皮製だと思われる手袋に皮靴を手に入れて装備しました。更に保存食、ゴブリンの牙や爪を切り取って、これも奪った大きな背負い袋に詰めておくことも忘れないのです。
そして一番の戦利品は、野盗の頭らしいのが持っていた長剣。これで『剣術』が有効利用できそうだよ。使い方は肉体の方が覚えているしね。
手に入れた長剣、普通の鉄製っぽいけど、碌に手入れされてなかったみたいで、所々に錆が浮かんでいたけど、現状では贅沢は敵だよね。剣帯ごと腰に装備した後、背負い袋の装備も忘れませんよ。最後に、ぼろい長槍を杖の代わりにして、さっさとその場を離れ、近くにある都市に向かために歩き出したのでした。