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2;救転



 次の瞬きの直後、視界を覆い隠していた巨大なコンクリート塊は、結月の体からおよそ20メートルほど離れたところに落下していた。

「…………は?」

 訳が分からないといった風に砕けたコンクリート片を見つめていた結月は、反対側から聞こえた小さな足音に反射的に振り返る。

 そこにはよく知る顔があった。

「日向!良かった、無事だったんだ」

 立っていたのは不敵に笑う日向。

「むしろ調子良すぎて、体がおかしいけどな」

 喋りながら日向は、頭上から降ってきた中サイズのコンクリート片に対して、タイミングよく右手の拳を突き上げた。

 普通なら、拳が潰れて血みどろになるか、もしくは奇跡的にコンクリート片が粉々に砕けるか。

しかし、結果はどちらにもならなかった。

 コンクリート片は日向の右手を支点に軌道を反れ、地面に落下して砕け散った。日向の手の方には傷一つついていない。

 コンクリート片のサイズ、日向の右手の硬さ、落下速度等々……どれをとってみても、導き出されたこの結果は異常だ。

 あまりに非日常、あまりに非常識、あまりに非合理的。

「……何それ?」

 思わず呟いた結月に、日向は首をすくめた。

「俺も知らねぇよ。起きたらこうなってた。それはともかくとして、まずは……」

 日向は体勢を低くし、左足を張る。目つきが少し鋭さを帯びる。


「さっさとこっから脱出すっぞ」


 次の瞬間、結月は日向の脇に抱えられる形で、宙を飛んでいた。

 ジェットコースター張りの速度で風を裂いて、低空飛行する二人。

 結月は、コンクリート塊から自分を救ったのが日向であったことを、やっとのことで確信した。

「日向はスーパーマンになったのかい?」

 結月の気の抜けた質問に、日向は思わずニヤリと笑った。





 危険区域を突破した二人は、市街から少し離れたところにある、年季の入った高校に降り立った。

 着地点が学校前のコンビニの駐車場だったため、何人かは降りてくる日向たちを目撃して呆けた顔をしていたが、当の本人は全く気にしていない様子だった。

「とりあえず非常食もらってきたらどうだ?お前朝飯食ってないだろ?」

 呑気に言う日向に、結月は苦笑しつつ、

「大丈夫、お腹すいてない。それより日向、聞きたいことがいっぱいあるんだけど」

 日向はやれやれといった風に溜め息をつくと、校舎の方を顎で差した。

「話は避難所の中でにしようぜ。ここは被害が少ない。こっちも話があるしな」

 二人は校門をくぐり、無言のまま体育館へと歩を進め始める。しかし、この時二人が考えていたことは全く同じことだった。

 今回のカラミティは、C5:22と違いすぎている。あの多くの命を奪った大災害:カラミティは、たかだか2000メートル程度その場から離れたところで、影響が弱くなったりはしない――と。





     #


「さっきはありがとう。助かったよ」

 支給品のミネラルウォーターで喉を潤し、結月は静かに言った。

 避難所に指定されている体育館内では、およそ80人ほどが既に避難を完了させていた。皆、心配そうな顔でひそひそと呟き合っている。

「避難所が意味をなしてよかったな」

 つまらなそうに返した日向は、胡座をかいたまま天井を見上げた。

 二人は体育館の入り口向かって左隅っこに並んで座っている。

 人々の多くは、中心部近くのブルーシート周りに集まっているため、二人の周囲に人影は少ない。

「それで、あのスーパーパワーはどうしたんだい?」

 空を飛んだり石を殴り飛ばしたり、それは明らかに人智を超えた力。

 結月の質問にすぐには答えず、日向は自分の手のひらをぼーっと見つめた。

「鈴鳴りが聞こえたから逃げようとしたら、急に骨の内部から何かが生えるような痛みが全身を襲った。痛みで気を失って、目を覚ましたらこうなってた」

 避難所に飽きてきたらしい小さな少年たちが、サッカーボールを蹴って遊んでいる。

 その中の一人が蹴ったボールが、稚拙なコントロールを離れて日向の足元に転がった。日向が人差し指一本でそれを押し返すと、ボールはまるで思いっ切り蹴られたかのように勢い良く少年たちの元へと飛んでいく。

 足でそれをキャッチした少年は、不思議そうな顔をしながらボールを拾い上げると、ぺこりと頭を下げて再び少年たちの群れへと帰って行った。

「骨の内部から……か。案外、日向が生えてきたのかもしれないね」

「はぁ?」

 訳が分からないといった風に日向が唸ると、結月は笑いながら、仮説の説明を始めた

「日向の中から日向が生えてきたのかもしれないってこと。だから単純に力が二人分、二倍になった。非科学的すぎるし、だいぶ安直な考えだけどね」

 日向は少しの間考えて、

「いい線いってるとは思うが、それだと俺が空を飛べたのが説明できねぇな」

「あー、それだけどさ、あの時どうやって飛んでたんだ?飛びたいって念じただけ?」

 日向は首を横に振る。

「あれは空気の上を滑っただけだ」

「いや、『だけ』って」

 苦笑する結月に、日向は困ったように言う。

「なんつーか、物体の中心?みたいなもんが直感的にわかるようになったんだよ」

 そこで日向は、右手の平を下にして宙に突き出す。

「結月、ちょっとこれを上から押してみろ」

 結月は言われるままに、突き出された右手を下に向かって強く押した。

「……!」

 手はびくともしなかった。まるでその下に台があるかのごとく、動かないどころか不自然な反発さえもしない。

「俺の力は別に強くなってねぇから、中心を捉えられるようになった……としか言いようがねぇな」

 日向は他人のものを見るような目で自分の手のひらを眺めると、まだ不思議な顔をしている結月に向き直った。

「ボールならボール、空気なら空気、コンクリートならコンクリート……物質には、ここに力を加えれば簡単に動く、簡単に破壊できる、みたいな、いわゆる『芯』がある。その場所が直感的にわかるようになったってことだ」

 日向の話に納得する部分があったのか、結月はうんうんと頷いた。

「芯……ね。確かにそれなら、コンクリート片を砕かずにぶっ飛ばしたのにも説明がつく」

 結月は思案顔で呟くと、しばらくの間黙った。そして顔を上げ、

「これからどうする?」「避難所生活でもするか?お前を探してた時に見たが、学校は半壊状態だった。休校は間違いねぇな」

 結月は乾いた笑いを漏らしつつ、日向に聞いた。

「僕を探しに……?」

「ああ、伝えたいことがあってな」

「?」

 日向はスマホを取り出すと、一枚の画像を表示させて結月に渡した。

「……っ!?」

 そこに写っていたのは――


 白い、冬川姫乃。


 白い髪を持つ、結月の大切な人に生き写しの少女。

 絶句する結月に、日向は説明を続ける。

「2ヶ月前、カラミティについて調べてる時に偶然見つけてな。情報が確かなものかは今調べてんだが……」

 結月は一度目を閉じ、大きく深呼吸すると、

「スマホ、充電なくなるよ」

 笑顔でそう言ってスマホを返した。

「……気にならねぇのか?」

 鋭い目つきで見つめてくる日向に、結月は笑顔で答える。

「ヒメノは間違いなく死んだよ、僕の目の前で。疑う余地もない」

 溜め息を一つついた日向は、ゆっくりと立ち上がった。

「わりぃが、俺は調べさせてもらう。C5:22との違い、俺の力のこと、そして白い冬川のこともだ」

 結月は困ったような顔で後ろ髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「その白い誰かさんはともかくとして、日向の力のことは気になるなぁ。それを解き明かすことがカラミティの原因究明に繋がる気がするし」

 日向は結月の目をしっかりと見据えた。

「一緒に来るか?」

 疑問文ではあった。だが、その目は一緒に来いと言っていた。そして、結月もそれを拒んだりはしない。

「当然」

 日向はそこで表情を緩めた。

「白い冬川を見せたらもっと早く釣れると思ったんだがな。ま、結果オーライだ。行くぞ」

「やっぱり。最初から誘うつもりだったんだね」

 立ち上がる日向にそう言いつつ、結月も立ち上がった。小さく伸びをして日向と共に歩き出す。

 二人は少しの間お世話になった避難所を、無言で後にした。

 彼らの前には、解き明かすべきロジックが未だ山のように積み上げられている。

 それらを紐解くための鍵を探しに、二人は駒を一つ前へと進めた。





     #


 感覚一つで風の流れに乗った日向は、結月を抱えて市の中心部へと舞い戻る。

 中心部はまだズレによる崩壊の最中にあったが、朝早かったせいもあって、逃げ遅れた多くの人々が迷走していた。

 スーパーパワーを別段隠す必要もないヒーローは、人々の先導を結月に頼むなり危険地帯へと突っ込んで行く。

 降ってくる瓦礫を殴り飛ばし、時に砕き、泣いている子どもをすくい上げ――。

 結月は、助け出された人々をやっと出動した警察官たちに引き渡しながら、日向の能力について観察を続ける。

 しかし、喜ばしい場面を前にしているはずなのに、結月は胸の下あたりに何かもやもやとした不快感を感じていた。

 助かった小さな少女が、母親のもとへと嬉しそうに駆けていく。その背中を見つめて俯く結月に、隣に降り立った日向は小さく呟いた。

「……悪い」

 結月は驚いて振り向いた。

「何がだい?」

「お前の言いたいことはわかる」

 日向は崩れゆくビルをぼーっと眺める。

「冬川は助からなかったのに彼らは助かった。なぜ、もっと早く俺や俺みたいな人間が現れなかったのか、だろ?」

 当然、見透かされている。結月は苦笑した。

「まあ……ね、正直に言うと。そういうことじゃないってわかってるんだけどね……」

 姫乃が死んで彼らが助かる、そんなのは理不尽だ、助からなければいいのに、そう考えてしまう自分に罪悪感を感じるが、どうしてもぬぐい去ることができない。自嘲する結月に、日向は首を横に振った。

「いいさ、俺だって思う。もっと早くこの力に目覚めていたら冬川や、あの時の……」

 日向はそこで黙った。彼はC5;22で母親を亡くしている。結月だけではなく、みんな何かを失っているのだ。

 偶々助かり、偶々死ぬ。文句を言ったってどうしようもないことも、結月にはよくわかっていた。

 結月は、二度と離れないように手をつないで歩いていく親子をもう一度眺めて、今度は笑顔を作った。

「わかってる、彼らに怒りを向けるのは筋違いだ。だから救ってあげてよ日向」

 小さく笑う日向を、結月は真っ直ぐ見つめた。

「僕や君みたいな人を、これ以上作らないためにさ」

 救うべきだ、その力があるならば。力無きものは願い、力有るものは応える。

「根っからの善人だな、お前は」

 日向はそう言って不器用に笑った。救いようのない自分たちを誤魔化すように。



     #


 災害は夜も続いた。

 辺りは既に暗闇に包まれているが、町の中心部ではまだズレの発生が続いている。当然そんな中に戻るわけにもいかず、200人近くの人々が避難所の体育館で夜を明かすこととなったのである。

 前回の災害からの備えもあり、毛布、水、非常食などは全員分あったが、この人数ではそれもいつまで保つかわからない。

 それ以上に、いつここにもカラミティの影響が出始めるかという恐怖と警戒が張り詰め、ぐっすり眠れているのは遊び疲れた子どもたちぐらいのものだった。大人たちの顔色には、緊張からくる精神的疲労が見え隠れしている。

 結月と日向も同じく体育館の端っこで体を休めていた。しかし、二人の顔に心配だとか緊張だとか、そういった表情は一切ない。

「違うね」

「ああ、違う」

 迷惑にならない程度の音量で、二人は会話を交わす。

「5;22の持続時間は推定2時間弱。今回のは発生から既に14時間経過してる」

「まるで全然別物みてぇだな。継続時間も、成長速度も」

「うん。相変わらずロジックはわからないけど、5;22とは別物と見て間違いないと思う」

 結月の言葉に頷き、日向は腕を組む。結月は少し難しい顔でYシャツのボタンを一つ外し、胸元をぱたぱたと扇いだ。

 6月下旬ともなれば、そろそろ暑さが増してくる頃だ。夜の冷え込みに注意してお腹に毛布さえ掛けておけば、あとはTシャツ一丁でもいけるかもしれない。

「日向の超能力については、観察してみたけど、やっぱりわからなかった。ただ……」

「ただ?」

「次元……とか、そういうものが関わっているんじゃないかと思う」

 結月の言葉に耳を傾けていた日向が、わずかに目を細める。

「次元?」

「うん。物体の芯を捉えられるってことを、一つ二つ下の次元に干渉できるようになったことだと考えたら、カラミティのことと合わせても説明がつくかなって」

 よくわからないという表情をする日向に、結月は非常食として配られた乾パンの袋を取り出し、説明を始めた。

「僕らが住んでるこの三次元に、何か別の次元が融合した。次元が違うだけで姿がほとんど変わらないこの別次元は、三次元との融合過程で……」

 結月は一つの乾パンを二つに割って、もう一つの上に乗せた。1・5個分の乾パンが、ここにできあがる。

「カラミティにおける浸食を巻き起こす。日向は何らかの理由から、別次元の影響を強く受けたため、その別次元を捉えられるようになった」

 結月はもう一つ乾パンを取り出し、その上端をわずかに折りとる。

「この次元が2・9次元とか、三次元より下の次元だった場合」

 上端を削ったものを、まだ完全な形の一つの下に敷き、指で優しく弾く。

「君の超能力に説明がつく。一次元の点を弾けば、それの上に成り立つ立体も動かざるをえないようにね」

 二つの重なった乾パンは、ほとんどズレずに少し移動した。

「乾パンじゃ上手く説明できないや」

 そう言って説明材料をことごとく口に放り込むと、結月は朗らかに笑った。

 日向も袋から乾パンを一つ取り出してかじる。

「なるほどな。俺×2論より説得力がある」

「まだ矛盾点は多いけどね。次元なんてSFチックだし」

「猫型ロボット?」

「あれってSFに入るの?」

「一応入ってんじゃねぇの?」

 軽く笑い合う二人。

 それから結月は、残った乾パンの袋に蓋をして、ペットボトルの水を飲む。乾パンで乾燥した口内が、一時的に潤った。

 日向も袋に蓋をすると、毛布を結月に渡した。

「明日も一日同じように調査を続けるつもりだ。ちゃんと寝とけよ」

「うん、日向もね」

 まだ二つ三つほど水銀灯の点いた薄暗い体育館で、堅い床に毛布を敷いて、二人は横になる。

「結月」

「んー?」

 背中を向けあう結月と日向は、不思議と満たされたような気持ちで目を閉じる。

「お前を連れて行ったのは正解だったな」

「それは何より」

 久しく明日を楽しみにして、二人は眠りについた――。









     #


「ねぇ。ちょっと聞きたいんだけど、あそこにいるのが日向くん?」

「……どちら様ですか?先に名乗るのが礼儀でしょう」

 二日目の調査中、サングラスをかけた女性に話しかけられた結月は、あからさまな警戒の態度を示した。

 今朝にはさすがに崩壊も止まっており、人々は少しずつ街に戻り始めている。

 しかしその女性は、周囲の人々とは全く違ったオーラを放っていた。威圧的な、高圧的な、近寄りがたい雰囲気を。「じゃあいいわ、他の人に聞く」

「そいつにちゃんと答えねー限り、俺は何も言う気はねぇよ」

 女性がぎょっとして振り向くと、腕を組んだ日向がそこにいた。敵意を含んだ冷酷な目で彼女を見下ろしている。

 その体がわずかに宙に浮いているのを見て、女性は、噂はホントだったみたいね、と言いながらサングラスを外した。

「ごめんなさいね、立場上無闇に明かせなくて」

 女性は、胸ポケットから取り出した名刺を二人に渡す。肩に掛かった黒髪が動きに合わせて揺れた。

「『警視庁特高部 超常研究所C対策課 仁科 マキ』……特高部?」

 訝しむ日向に、

「それは……」

「特別高等警察、正式名称警視庁特別高等部。いわゆる秘密警察だよ、ナチス・ドイツのゲシュタポなんかと同じ」

 仁科が何か言うよりも早く、結月が答えた。驚く彼女を差し置いて、結月は続ける。

「1930年くらいに誕生した、反体制活動や危険思想などの取り締まりを目的とした警察の一部門で、1945年の連合軍総司令部の覚え書によって全面的に廃止された……はずだけど」

 呆然とする仁科だが、結月は止まらない。

「超常研究所が超常現象を研究するとこだとしたら、C対策はカラミティ対策のこと。ただ、特別高等警察が存続していたなんて話は聞いたことない。超常研究所のことを合わせて考えても、この人は裏の機関の人間と考えて間違いない」

 そこまで言って一息つくと、結月は仁科の目を真っ直ぐ見つめた。

「偽名とは言え、わざわざ暗部寄りの名刺を出すなんて、よほど切羽詰まってますね、仁科マキさん?」

 口をぱくぱくさせる仁科を見て、日向は結月の側に立つ。

「で、その暗部の人間が俺になんの用だ?生物兵器にでもなれってか?」

「日向、研究所っていってもC対策課ってことは、多分生物兵器なんか作らないよ。やるとしたら君をモルモットにするくらいのものだ」

 嫌そうに舌を出す日向と、苦笑して窘める結月に、女性はため息をついた。

「正直、ここまで手強いと思ってなかったわ。一人で来たのは失敗」

 彼女は何を思ったか財布を取り出すと、免許証を二人に見せた。

 書かれている名前は西木 真奈。

「そっちの君が言った通り、あたしは警視庁特別高等部C対策課所属、西木真奈。その仁科マキは偽名よ。これが本物かどうかは信じてもらうしかないわね」

 日向が結月を見ると、結月は大丈夫というように頷いた。

「日向だ、篠崎日向。こっちは幼なじみの長谷川結月」

「どうも」

「で、アンタは何しに来たんだ?俺をモルモットにでもしに来たのか?」

 特高部の端くれは肩をすくめた。

「別に生物兵器にもモルモットにもしないわよ。カラミティ対策のために協力して欲しいの。『順応者』であるあなたに。一応かなり上位の国家権力ではあるけど、強制はできないのよね」

 一緒に来てくれる?と聞く西木に、日向は逆に質問する。

「行けばわかるのか?カラミティの真相やら原理やら」

「今回のカラミティ、実は人為的なもの……って言ったら?」

 驚愕する日向たちを満足そうに眺め、西木は挑発的に笑う。

「研究所の方ではかなり解析が進んでる。今より真相に近づけることは保証するわ。どうする?」

 日向は難しい顔で少し考えて、答えを出した。

「わかった、協力してやる。ただし、結月を同伴させることが条件だ」

 西木以上に結月が驚いた。必要とされるのは日向だけだから、自分は行けないと思っていたからだ。

 しかし日向は、『順応者』という言葉の意味はわからなかったものの、それが優位な交渉材料となるらしいことは、なんとなく理解していた。うまく使えば、結月を連れて行けることも。

 西木は何か言おうとしたが、日向の態度を見て説得は不可能と悟ったらしく、しぶしぶといった風に頷いた。

「わかった、仕方ないわね。二人とも両親に連絡は?」

「大丈夫です」

「必要ない。ってかどこ行くんだよ」

「政府直轄の超常現象研究所よ、千葉の」

「千葉!?」

 しれっと言う真奈だが、ここ長野から千葉まで、車で三〜四時間ほどかかる。一昨日までなら、新幹線を使って二時間ほどでいけないこともなかったが、昨日のカラミティで新幹線は使い物にならなくなっただろうから、現在はそれも不可能だ。

「あの……西木さん」

「偽名の意味がないじゃない。仁科って呼びなさい」

「じゃあ仁科さん。どうやって千葉まで行くんですか?」

 西木、いや仁科は、上を指差した。

「ヘリで」

 簡潔に即答する西木。

 示された指の先、崩壊度合いの少ないビルの屋上に、軍用ヘリが一機停まっていた。

「結月、秘密警察なんてよく知ってたな」

 ヘリを見て呆気にとられながら、日向が心ここに在らずの状態で呟く。

 結月はそんな日向に苦笑しつつ、自分もヘリを見上げた。

「日本史の授業中に電子辞書で調べたやつを、たまたま覚えてただけだよ」

 太陽の光が、プロペラ付きの招待状をまばゆく照らした。








     √


「あれ……冬川さん?」

 小さく呟いたつもりだったのだが、聞こえてしまったらしい。

 人気の少ない、市民図書館の一角で、長い髪の少女は振り向いた。光の加減か、亜麻色の透き通った髪先が、動きに合わせて緩やかに揺れる。

「……こんにちは、長谷川くん」

 彼女はちょっと驚いた顔をしてから、すぐに目を閉じて会釈した。

 同じクラスの男子に「こんにちは」なんて言う人も今時珍しい、そう思いつつもこんにちはと返す結月。だが、それに続くちょうどいい言葉が見当たらない。

 結月は迷いながら彼女の手元を見て、独り合点したようにただ呟いた。

「そっか。冬川さん、本好きだもんね」

 彼女は、自身が手に持っている三冊と、さらに脇に抱えている二冊を見て、結月の思考を理解したようだった。

 ほとんど無表情で顔を上げた彼女は、軽く肩をすくめた。

「ここに来るのは既に日常ですから。長谷川くんも、たまに本読んでるよね」

 結月は内心驚いていた。美人だが物静かで決して目立つタイプではなく、口数も少ない変わり者……そんな彼女が話題を広げてきたことに。

 無粋に話題を打ち止める気もないし、手に持っていた一冊の本を見せる。

「最近ちょっとこれに凝ってて」

 『ななつまちの猫街道』。猫の多く住む古い街並みを舞台に、人間たちが猫に導かれて繰り広げる恋愛、挫折、立ち直りなどの七つの話をまとめたハートウォーミングストーリーだ。

 その本を出した途端、二人の距離が一気に縮まった。彼女が距離を詰めたのだ。結月は突然のことにどぎまぎしてしまい、思わず言葉を失くす。

「猫街道六巻……」

 彼女は肩に掛けていた手提げ鞄をごそごそと漁り、一冊の本を取り出した。

「え?」

 彼女の手には同シリーズの五巻が。彼女も『猫街道』を読んでいたのだ。

 同じ本を読んでいたことに、結月は素直に驚いていた。そもそも、彼女はもっと分厚い本を読んでいるイメージがあった。

「読み終わりましたけどね。六巻を借りようと思ったのに、どうりで無いわけだ」

 おかしそうに笑いながら、彼女は五巻を棚に返す。

「もう一回借りようかとも思ったけど、いいです、長谷川くんが持ってるなら。それ、返すときは教えてくださいな」

 結月は微笑むと、手に持っていた六巻を棚に返し、代わりに五巻を手に取った。彼女は驚いてぽかんとしている。

「もう一回借りようかとも思ったけど、いいや。実は、五巻がなかったから一つ飛ばして先に六巻借りてたんだ」

 ニヤリと笑うと、結月は自分で棚に返した六巻を再び取り出し、彼女に手渡す。

「交換、だね」

 彼女は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに納得したように頷き、本を受け取った。

「ちなみに、五巻は大事ですよ」

「やっぱり?六巻、たまにわからないとこあったからちょっと困った」

 どちらからともなく笑い合う二人。そして、彼女は再び会釈する。

「ありがとうございました、六巻いただきます。また学校で」

「うん、またね」

 背を向けて去っていく姫乃を、結月は穏やかに見送った。


 長谷川結月と冬川姫乃、彼らの縁を繋いだ本の名を、『ななつまちの猫街道』という。










     #


 全方向からの騒音による総攻撃を受け、平衡感覚を崩壊寸前まで追い込まれた二人が、長時間飛行の末に案内されたのは、大きな図書館だった。白を基調とした近未来的なデザインが、だだっ広い駐車場の薄ぼけた黒とマッチしている。

「ヘリん中うるさくて何も聞こえなかったでしょ、歩きながらいくつか説明してあげるわ」

 仁科はしっかりとした歩調でコンクリートの駐車場を突っ切る。ヘリに慣れているのだろうか?

 結月たちはフラつく体を強制的に前方へと向け、四苦八苦しながらもなんとか仁科に続いた。

「なんで千葉にあるのかってことだけど、理由は単純に、東京に近いからよ。政府直属だから、上と近い方が融通が利くの。わざわざ設置場所を東京にしなかったのは、Cが人為的である可能性を捨てられない以上、例え東京が狙われたとしても秘密裏に独立行動がとれるから」

 結月は真っ直ぐ歩くのに苦労しながらも、仁科に疑問をぶつける。

「なんで、そんな権力を持ってる秘密警察が超常現象なんかに……?」

 仁科は、秘密警察って呼び方かっこ悪いわよね、と苦笑しつつ、自動ドアをくぐり、すぐ右側にあるエレベーターに乗り込んだ。

 「キミがさっき言ってたじゃない。秘密警察は思想の取締りがお仕事」

「なるほどな」

 平衡感覚をやっと取り戻してきたらしい日向が、久々に口を開く。

(カラミティ)が危険思想を持つ者による人為的攻撃かもしれないってわけか」

「そういうこと。そうでもなきゃ、国家権力のエリートが超常現象研究なんてオカルティックなオタクジャンルに首を突っ込んだりしないわよ」

 二人が乗り込んだのを確認すると、仁科は『閉める』のボタンを長押し、そのままポケットから取り出したカードキーを、ボタン近くの隙間に差し込んだ。

 ほどなくして、一階から三階までしかないはずのエレベーターが、割と速いスピードで地下に向かって動き始める。

 もっとも、と言ってカードキーをポケットに戻す仁科。

「そんな流暢なこと言ってらんないって思い知らされたけどね、ここに来てからは」

 体に不快なGがかかり、少し遅れて扉が開く。

 そこには、まるでアニメや漫画に出てくるような、いわゆる『研究所』があった。








なんか質落ちちゃった感が…否めませんorz。

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