問
推理じゃないような気もします。
・古池や蛙跳びこむ水の音
井の中の蛙、大海を知らず
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二〇一二年九月二十八日、早川章は、自分の息子が遺したノートに視線を落としていた。最初のページには、松尾芭蕉の俳句と、ひとつの諺が大書されている。これらが何を意味するのかは解らない。が、このノートが息子の自殺に関係しているということは、早川も勘付いていた。
早川の息子、信は、中学一年生だった。成績もいたって普通で、運動もできないわけではない。全ての能力において平均的で、いじめられるようなこともなかった。信がどうして自殺に至ったのか、早川は全く理解ができなかった。
次のページには、人の名前が書かれていた。一番上に、早川信、とある。それから下に続いて、井坂勇人、植村令、大山晃、木村潤、津田雅也、松田晴一、渡辺和弥、とある。書いてある名前は全部で八つ。それぞれ字の形が違っていることから、本人達が書いたものだと解る。
早川は、昨日の新聞をテーブルの下から乱暴に引っ張り出した。新聞はところどころ破れていて、皺ができているところもある。早川は、その新聞の記事に、目を向けた。
『8人の中学生、自殺か』
早川は、新聞に印刷されている八人の名前を探し、ノートと交互に見た。全てが一致している。それを確かめると、新聞をくしゃくしゃにして丸め、遠くへ放り投げた。そして、またノートの方を見る。次の紙は、ハサミか何かで切り取られているようだった。丁度紙一枚分がそこから抜けている。
早川は、また次の紙に視線を移した。紙が線によって八等分されていて、そこにそれぞれ何かが書き記されている。
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・古池や蛙跳びこむ水の音
・おもしろやことしの春も旅の空
・ほろほろと山吹散るか滝の音
・秋ちかき心の寄るや四畳半
・此あたり目に見ゆるものはみなすずし
・夏草や兵どもがゆめの跡
・酔うて寝むなでしこ咲ける石の上
・霧時雨富士を見ぬ日ぞ面白き
冬の日や
馬上に氷る
影法師
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最初は信の字だ。それから違う字になっていく。裏には、また違う俳句が大書されている。どれも全て、松尾芭蕉の俳句だ。信は昔から俳句や短歌が好きだった。それと何か関係しているかも知れない。そう思ってしまうのも、早川の悪い癖だった。全ての物事に意味を求めてしまう。
早川は、疲れきったような表情で、布団に寝っ転がった。ここ何週間も、そんな日が続いている。部屋は散らかっていて、インスタントラーメンのカップなどまでも散乱している。ゴミ箱はちり紙で溢れていて、それでもどんどんゴミがたまっていく。
早川は、息子の部屋に行った。信の部屋は、キチンと整理されている。といっても、いなくなったときからずっとそのままだが。信の部屋には、信の大事にしていたものが、すべて置いてある。早川は今まで、これらを捨てると、本当に息子がいなくなってしまうような、本当に現実世界から消え去ってしまうような感じがして、どうしても捨てられなかった。
部屋の床に紙が一枚落ちている。ノートの切れ端のようだ。その紙に書いてあるのは、「名月や池をめぐりて夜もすがら」という芭蕉の俳句だった。だがそんなことは、早川にはどうでもいいように感じられた。
ノートを落としてしまった。ページが自動でめくられる。止まると、そこに何かが書いてあるのを、早川は見た。ノートを拾い上げて何が書いてあるのかを確かめる前に、早川は部屋に灯油を撒いた。自分の部屋にも撒いてある。全ての部屋に、この家屋に存在する全ての部屋に、油を撒き散らした。続いて早川はマッチを擦った。投げる前に、膝を床につく。その時、ノートに書いてある文字が、早川の眼に入った。
・赤信号みんなで渡れば怖くない
マッチを落とした。
解答編は明日。