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推理じゃないような気もします。

・古池や蛙跳びこむ水の音


 井の中の蛙、大海を知らず


 ■■■


 二〇一二年九月二十八日、早川章はやかわあきらは、自分の息子が遺したノートに視線を落としていた。最初のページには、松尾芭蕉の俳句と、ひとつの諺が大書されている。これらが何を意味するのかは解らない。が、このノートが息子の自殺に関係しているということは、早川も勘付いていた。


 早川の息子、まことは、中学一年生だった。成績もいたって普通で、運動もできないわけではない。全ての能力において平均的で、いじめられるようなこともなかった。信がどうして自殺に至ったのか、早川は全く理解ができなかった。


 次のページには、人の名前が書かれていた。一番上に、早川信、とある。それから下に続いて、井坂勇人いさかはやと植村令うえむられい大山晃おおやまひかる木村潤きむらじゅん津田雅也つだまさなり松田晴一まつだせいいち渡辺和弥わたなべかずや、とある。書いてある名前は全部で八つ。それぞれ字の形が違っていることから、本人達が書いたものだと解る。


 早川は、昨日の新聞をテーブルの下から乱暴に引っ張り出した。新聞はところどころ破れていて、皺ができているところもある。早川は、その新聞の記事に、目を向けた。


『8人の中学生、自殺か』


 早川は、新聞に印刷されている八人の名前を探し、ノートと交互に見た。全てが一致している。それを確かめると、新聞をくしゃくしゃにして丸め、遠くへ放り投げた。そして、またノートの方を見る。次の紙は、ハサミか何かで切り取られているようだった。丁度紙一枚分がそこから抜けている。


 早川は、また次の紙に視線を移した。紙が線によって八等分されていて、そこにそれぞれ何かが書き記されている。


 ■■■


・古池や蛙跳びこむ水の音


・おもしろやことしの春も旅の空


・ほろほろと山吹散るか滝の音


・秋ちかき心の寄るや四畳半


・此あたり目に見ゆるものはみなすずし


・夏草や兵どもがゆめの跡


・酔うて寝むなでしこ咲ける石の上


・霧時雨富士を見ぬ日ぞ面白き








冬の日や

馬上に氷る

影法師


 ■■■


 最初は信の字だ。それから違う字になっていく。裏には、また違う俳句が大書されている。どれも全て、松尾芭蕉の俳句だ。信は昔から俳句や短歌が好きだった。それと何か関係しているかも知れない。そう思ってしまうのも、早川の悪い癖だった。全ての物事に意味を求めてしまう。


 早川は、疲れきったような表情で、布団に寝っ転がった。ここ何週間も、そんな日が続いている。部屋は散らかっていて、インスタントラーメンのカップなどまでも散乱している。ゴミ箱はちり紙で溢れていて、それでもどんどんゴミがたまっていく。


 早川は、息子の部屋に行った。信の部屋は、キチンと整理されている。といっても、いなくなったときからずっとそのままだが。信の部屋には、信の大事にしていたものが、すべて置いてある。早川は今まで、これらを捨てると、本当に息子がいなくなってしまうような、本当に現実世界から消え去ってしまうような感じがして、どうしても捨てられなかった。


 部屋の床に紙が一枚落ちている。ノートの切れ端のようだ。その紙に書いてあるのは、「名月や池をめぐりて夜もすがら」という芭蕉の俳句だった。だがそんなことは、早川にはどうでもいいように感じられた。


 ノートを落としてしまった。ページが自動でめくられる。止まると、そこに何かが書いてあるのを、早川は見た。ノートを拾い上げて何が書いてあるのかを確かめる前に、早川は部屋に灯油を撒いた。自分の部屋にも撒いてある。全ての部屋に、この家屋に存在する全ての部屋に、油を撒き散らした。続いて早川はマッチを擦った。投げる前に、膝を床につく。その時、ノートに書いてある文字が、早川の眼に入った。


・赤信号みんなで渡れば怖くない


 マッチを落とした。

解答編は明日。

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