九月十七日
秋のはじめにラビが死んだ。
ウサギ用ケージ(檻)の中で全身を伸ばして横たえてるラビを見て、悲しかったけれど、私はホッとしてもいた。
ああ、よかったと、思った。これでラビは楽になったんだと。
一年半もラビは具合が悪かった。ずっと皮膚病だったのだ。かゆそうに後ろ足で背中をかいてばかりいた。白黒の毛皮の下の背中の表皮は白くなり、カサカサに乾いてそげ、その下のピンク色の肌が露わとなった。
お母さんはラビを動物病院に連れて行った。
多分、細菌だろうとお医者さんは言って、むけた背中の皮で検査をした。結果がわかるまで二週間かかると言われ、その間、かゆみ止めのシロップと粉薬が出た。
プラスチックのスポイトで口の中にかゆみ止めを流し込み、粉薬をまいたジェル状の甘味を前足につけてなめさせた。
好き嫌いの激しいラビは大暴れするので、薬をあげる時は、お母さんと二人がかりだった。
二週間後、細菌ではなかった、カビかもしれないとお医者さんは言って別の薬を出した。
でも、一ヶ月経っても、背中はちっとも良くならなかった。お医者さんは又違う薬を出したけれど、薬を変えても同じだった。
そのうち左の眼が白く濁ってきた。
お医者様は白内障かもしれないと言った。だけど、おじいさんだからもう手術には耐えられないだろうって。お母さんは手術はしないと言った。私もそれがいいと言った。
右の眼も白くなった。
ラビは視力を失った。でも、ケージから出すと、見えているのかと思うほど元気よく部屋の中を走り回った。
けれども、春には下半身が麻痺してしまった。腰麻痺というらしい。
後ろ足の間にはやわらかなフンがたまった。盲腸糞だ。ウサギは丸いコロコロしたウンチと、あんこみたいなベチャッとしたウンチの二つをする。ベチャッとしたウンチをウサギは食べる。二度消化しているんだ。それを食べないとウサギは生きていけない。
コロコロのウンチは匂わないけど、盲腸糞は臭い。ウンチをすると匂いですぐにわかる。したばっかりのウンチなら指やツマヨウジですくって、口に持っていってやった。
でも、外出してて家に誰もいなかったりすると、ラビのモモの辺りは、すごい事になった。乾いた盲腸糞がベッタリとくっついて毛がガビガビになるのだ。
取れる時はティッシュで、駄目な時はかたく絞ったタオルで拭いてあげた。
エサを掌にのせて口の側に近づけると、ガツガツ食べた。牧草も食べた。水もガブガブ飲んだ。
動けなくなっても食欲は旺盛だって笑っていたのに、夏になったら、あまり食べなくなった。
「こりゃ、夏は越せないな」
と、お父さんは言った。私もそうだと思った。
だけど、一日三回だった食事時間を一日五回にしたら、食事の量は増えた。いっぺんに食べられなくなっただけだった。
ラビの世話の時間は、どんどん長くなった。エサやり、水やり、ウンチの片付け、体の向きを変える。
自分じゃ背中をかけないラビの代わりに、お父さんもお母さんも寝転がっているラビの背中を毎日、何回もかいてあげていた。
そして、今日を迎えたのだ。
昨日の夜、お母さんが『もうそろそろ駄目かもしれない』と、言った。四回目のエサをあまり食べず、五回目のエサにまったく口をつかなかったからだ。大好きな乾燥リンゴの粒は一つだけ食べたそうだけど。
でも、こんなに早く亡くなるとは思っていなかった。
土曜日で、その日はクラブもなかったので、私は昼からゲームをしていた。
その時に立ち会ったのは、お母さんだけだった。
ケージからヒィヒィというかすれた声が聞こえたそうだ。
お母さんが用事の手を止めて中を見ると、ラビは痙攣していたらしい。
お母さんは急いで近寄り、背中を撫でてあげ、声をかけてあげた。
だけど、ラビはパタンと動かなくなったそうだ。電池が切れたみたいに突然に。
白くなった目を半ば開いたまま。