戦火の中で
…しかし、アースァルとはどんな国なのが…また、どんな国家理念を持ち、そもそも何故今回アルダガルドに宣戦布告してきたのか。 …ほんの一ヶ月前まで、アルダガルドにそんな雰囲気は無かった。
少なくとも、あの時説明された5000キロ圏内にその国は無かった筈だ。…この世界でそれから二ヶ月後に攻めてきたという事は、少なくともそのアースァルは既にその時には入念な侵攻準備を着々と進めていたことになる。
車を走らせて三日目の昼、黒煙を上げるアルダガルドが見えた。
ロナレの大河の対岸から砲撃が行われ、南城壁を削った。その南城壁上から高射砲が撃ち返され、対岸の砲兵陣地に爆発が起こった。
開戦から6日経ったが、砲戦の段階か…なら、自分が何とか対岸に渡って…
「なぁ、大輔、アレは何だ?」
カリューの声に我に返り、指差す方向を見た。
「ん?」
…ロナレ側の上流から、幾つもの黒々とした物体が流れてきた。…軍船か!?
「クソッ、あんなものを持っているのか…!」
『どうする?一旦アルダガルド城内に立て籠もるか?壁上に40㎜機関砲を設置すれば射方の砲撃で圧倒できるだろう。後は12.7㎜機銃もあるし、対物ライフルもあるしな。 上陸してくる連中とわざわざ肉弾戦する事は無いと思うが』
大淵は考え込んだ。
…南側の城壁はへこみだらけになっている。あの穴から侵入してアルダガルドを攻めるつもりか?…だが、味方が突入する間は敵の砲兵は人質を取られたような物だ。敵歩兵の侵入が成功するまで一方的にこちらの高射砲によって叩かれるだろう。
「そうしよう。日菜子、アルダガルド西城門に向かってくれ」
「わかったわ」
斎城が車を走らせ、城の南側に向かった。
…城壁の兵士たちがこちらに気付き、武器を掲げて歓声を上げた。 …この高機動車を見れば味方だとすぐに分かる。
斎城が車両を減速させた。…車体に矢や弩の攻撃が被弾し、ガタガタと揺らされる。
それでも城門へ向かうと門が開かれ、アルダガルド兵達が手振りで誘導してくれた。二両とも無事に城内へと進入した。城壁を守る守備隊長が下りてきて、精悍な笑みを浮かべて挨拶してきた。
「ダイス殿、ご無事でしたか!」
「ええ、ささやかながら助太刀に押し掛けました」
「ありがたい限りです! ハサム殿なら敵の浸透に備え、広場の方で兵と共に待機している所です。 …今まではただの砲戦だったのですが、連中いよいよ本腰を入れて攻め込んでくるつもりのようですな」
「こちらの強力な大砲と機銃を使って敵の砲兵を追い払います。壁上の場所を少しお借りしても?」
「勿論です。 どうぞご自由にお使い下さい」
守備隊長に礼を言って、早速尾倉と浮田、射方に40㎜機関砲と機銃の設置を任せた。三人は身軽に壁上へと駆け上がっていく。
「俺と浮田で侵入しようとする敵兵を威嚇する」
「頼む」
黒島が7.62㎜汎用機関銃を掲げながら石階段を上っていく。
振り返り、カリューには素振り用の長大な木刀を手渡した。
「万一敵が侵入してきた時はこれで戦ってくれ」
「あいよ!」
「桜は負傷者に備えて広場まで下がってくれ。川村と藤崎、桜の護衛に。斎城とアリッサはここでカリューと共に敵の侵入に備えてくれ。 …万一、峰打ちで対処できなかったら、躊躇わずにやってくれ。決して無理はせずに。退却しても良い」
斎城が真剣な面持ちで頷いた。
「アリッサは慣れてマスから大丈夫デスよ?」
「それでも、だ」
全員に指示を下し、大淵自身も木刀と予め用意していたスタン・ガンを装備し、壁上に上がった。
付録の如くついてくるマオとリザベルをよそに、大淵は生暖かい戦場の空気に困惑していた。
(…しかし不気味な戦場だ…これだけやり合っているってのに、敵意が薄い…アースァルの連中、一体何のために戦争しに来たんだ…?)
壁上から眼下の敵兵達を眺めた。戦意旺盛に突撃して来るが、どう見ても勝つための突撃には見えない。 犬死するために突撃してきているように見える。
そしてどの顔もが狂気の笑みを浮かべていた。
殺してやる、奪ってやる…敵なら必ず持っている、そんな気配が皆無に等しいのだ。…寧ろ、敵に喜びの感情さえ感じた。上陸した敵兵は嬉々として…スキップでも踏み出しそうな軽やかな足取りで城へと向かってくる。そして更に異様なのは、武器こそ持っているが、防具らしい防具は見当たらないのだ。
…軍費事情の問題かと思いかけるが、それにしても防具一つ付けず、対岸に広がる砂漠地帯を凌ぐための外套と連中の軍装である衣服だけだ。
そして黒々とした軍船…といっても、かき集めた漁用の小舟を連結して盾とタラップを兼ねた鉄板を側面に立てた、泥縄式のシロモノだった。 …そんな情けないシロモノでもこうして見事、全ての船が上陸を果たしていた。 これには驚嘆する。
…だがこれで、敵の砲撃が止むはずだ。
城壁の縁から黒島と浮田が威嚇射撃を続けている。
その顔は困惑を隠せていなかった。
壁上の砲もそれを見越して畳みかけるように敵砲兵陣地に砲弾を降らせた。
大淵も設置された12.7㎜重機関銃に取り付き、遥か対岸のゴマ粒のように黒々とした影を狙い澄ました。
「威嚇射撃をする。射方は待機。黒島と浮田は引き続き侵入して来ようとしている連中を威嚇してくれ。尾倉は40㎜の観測と装填手頼む」
「わかった」
「そいつは良いんだが、なんだか妙だぜ?幾ら足元に撃ち込んでも、威力を見せつけても全く動じねぇ。…連中、ラリってるのか?」
「…分かった。手足を狙って当てても良い」
…射程と弾道に気を付け、まず一連射。
流石にはっきりとは見えないが、届いたはずだ。まともな神経ならこんな長距離から正確に届く機関銃の攻撃を見れば逃げ出すはずだ。
…遠くから砲声。
味方がいるにも拘らず、敵の砲は撃ってきた。
馬鹿な…
案の定、目の前で上陸を果たした地上部隊が幾人となく誤爆を喰らって宙に舞った。
「マジかよ…」
黒島が絞り出すように絶句した。
「…イカレてやがる。味方ごと殺すつもりだし、アイツらもそれを知ってて上陸してくるぞ…」
…つまり、死を恐れない…というより、死ぬために突撃してきている…そんな漠然とした意思を感じた。…だとすれば、これまでに感じた違和感も説明がつく。
だが、何のために…?変な宗教じゃあるまいし…ただ死にに来たというのか?手足を強力な大口径弾で撃ち抜かれてもその勢いは衰えることを知らず、城壁を登ったり、城門を突破しようというのか、爆薬らしき樽を抱えた兵が走ってくる。
「…黒島、浮田、威嚇は中止だ。危害射撃を頼む。特に爆薬を抱えた奴を最優先に。射方は敵砲兵陣地に攻撃開始!」
言うなり大淵は樽を抱えた兵に向けて一連射した。
樽を撃ち抜き、爆発が起こった。半径五メートル程の範囲内に居た敵兵が巻き込まれて吹き飛ぶ。
浮田と黒島の射撃も加わった。そこかしこで爆発が起きたり、爆弾を抱えた兵が崩れ落ちる。
40㎜機関砲の砲声が立て続けに轟く。
尾倉が四発挿弾子を装填しながら単眼鏡で観測し、射方に二言ほど指示した。
再び四度の轟音が響き渡った。
同時に敵砲兵陣地から砲弾が放たれ、南側の壁の中腹に巨大な穴が開いた。
それと引き換えに遥か彼方で火柱が上がったと思うと、連鎖的に爆発が横に広がっていく。 砲を破壊されたか砲を扱う者も居なくなったか、砲兵陣地からの反撃は無くなった。
「クソッ…壁に開いた穴から入ってくるぞ…!」
「浮田、黒島と一緒に防いでくれ!」
「了解です!」
可能な限り、仲間達に生身の人間相手に肉弾戦はさせたくない。斎城やアリッサ、カリューなら殺さずにある程度倒せると思ったが、銃撃を手足に喰らっても平気で動き続ける相手だ。 …見通しが甘かったかもしれない。
大淵も城門へと殺到して来る相手に向けて掃射した。 流石に自分のステータスに加えて12.7㎜弾を受ければ、どこに当たっても致命傷だった。敵兵がバタバタと倒れていく。
視界の端で、ルートから外れた敵が爆弾を拾い上げて城門に突進してくるのが見えた。
「マズい…!」
照星を覗く視界に陽炎。銃身の過熱に気付いた。それでも発射ボタンを押すが、弾が出ない。
「しまった、弾切れ…」
「クソッ、こっちもだ…!威嚇で使い過ぎた!」
城門で爆発。頑丈な扉が吹き飛ばされるが、斎城らは十分な距離を保った上で守備兵らと共に武器を構え、押し寄せる敵兵を待ち構えていた。
大淵は空間から7.62㎜弾の弾薬ケースを取り出して置いた。
「射方、黒島、浮田はここに待機!援護射撃に徹してくれ」
城内での肉弾戦が始まろうとしていた。
階段を降り切った所で城門を潜った敵と鉢合わせ、大淵に斬り掛かってきた。その剣を掴み取りながら回し蹴りで側頭部を蹴り払った。続く兵にも強力なボディを一発。
これで昏倒するだろう…
「ぐっ……はははは!」
男は焦点の合わなくなった目で笑い出し、尚も大淵に斬り掛かってきた。
剣をガントレットで防ぎつつ、大淵は驚愕した。
「何だ…こいつは…?」
…あり得ない。加減したとはいえ、確実に意識は飛ぶはずだというのに…
(ラリっているせいなのか…!? いや…本当にそれだけか?)
「はははッ、ははは!」
笑い狂ったまま男は襲い掛かり続ける。剣を奪えば素手でも殴ってくる。…腕が無くなれば噛みついてでも襲ってくるだろう。
だが、敵意は薄い。…あくまでこちらを殺したいという思いは副次的なものに思えた。
「こいつは…ダメだ…」
迫ってくる兵達も同じだった。…どれも顔に言い知れない狂気が宿っている。
試しにスタン・ガンも放ってみるが、額に直撃しても平然と向かってくる。
「あいてーっ!」
打撃が効かず、男を羽交い絞めにして締め落とそうとしていたカリューが背後から思い切り切り付けられていた。…猪の毛皮はスッパリ切れて、背筋逞しい背中が露わになるが、その強靭な皮膚の薄皮を貫通できず、葦の葉で傷付けた程度の…凝視すれば薄らと滲んでいる出血しか無かった。 …ゲームに例えるならダメージ1、か。
「カリュー、斎城、アリッサ! …こいつらは、殺すしかない」
自分達を殺す事は出来なくとも、アルダガルドの兵や民を殺す事は十分に可能だ。手を汚さずにこれ以上の血が流されるのを見過ごすわけにはいかない。大淵は城門に向けて風神騎槍を身構えた。
「…クソッ…」
深紅に染まったストームランスから、殺人旋風が巻き起こされた。 …上陸兵の九割強を巻き込んだ旋風はミキサーとなり…一陣の血煙となって消えていく。
…ミキサーに掛けられた兵達は、その間際まで歓喜の笑みを浮かべていた。 …一つの人生の達成だとすら言わんほどに。
背後に駆け付けたアルドがルド兵が呆気に取られてその凄絶な光景を見届けていた。
「だ、ダイス殿なのか…?」
声に振り向くと、ハサムが立っていた。
「…ひと月振りだが、嫌な再会になってしまいましたな」
大淵はばつが悪そうに苦笑いした。




