表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる  作者: もちもちほっぺ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

クッキーと庭の約束

十五分ほど経って、ギルバートが戻ってきた。


手に、皿を持っていた。


フェリシアは目を瞬かせた。執事でも侍女でもなく、ギルバート本人が皿を持って戻ってきた。


皿の上に、クッキーが載っていた。

丸い、素朴なクッキーだった。焼き色は均一で、火の通りは悪くない。ただ、表面に何か模様が押してある。

フェリシアは目を凝らした。


花だった。


不器用な、丸っこい花の模様が、クッキーの表面にひとつひとつ押してあった。


ギルバートはフェリシアの前にそっと皿を置いた。それから腕を組んで、窓の方を向いた。フェリシアを見ない。


「……食べろ」


フェリシアはクッキーを見た。花の模様を見た。


「あの」


「……なんだ」


「この模様は、公爵様が」


「……食え」


ギルバートはフェリシアを見ないまま、低い声で繰り返した。その耳が、心なしか赤かった。


フェリシアはクッキーを一枚取った。

齧ると、素朴な甘さが広がった。バターの香りがして、少し塩が効いていて、嫌みのない味だった。


「……おいしいです」


ギルバートは何も言わなかった。

でも窓の外を向いた横顔が、ほんの少しだけ、緩んだ気がした。


クッキーを半分ほど食べたところで、フェリシアは窓の外に視線を向けた。


雨が上がっていた。

雲の切れ間から、夕方の光が差し込んでいる。その光が、荒れ果てた庭を照らしていた。枯れた木々の影が、土の上に伸びている。


「……公爵様」


「なんだ」


「庭を、拝見してもよいでしょうか」


ギルバートが振り返った。


「庭を」


「はい。先ほど窓から見えたのですが、少し気になって」


ギルバートはフェリシアを見た。フェリシアはまっすぐ返した。


「……好きにしろ」





庭に出ると、雨上がりの冷たい空気が頬に触れた。

フェリシアは枯れた花壇の前にしゃがんだ。土に指を差し入れる。固い。ひどく固い。

長い間、何も育てられず、踏み固められた土だ。水はけも悪い。栄養もほとんど残っていない。

でも。


「……死んではいない」


フェリシアは呟いた。

土の奥の方に、かすかに何かが残っている。長い眠りの中で、息をひそめているものがある。


後ろで、足音がした。ギルバートがついてきていた。フェリシアが振り返ると、彼は少し離れたところに立って、こちらを見ていた。


「公爵様、この庭はいつから」


「……十年ほど」


十年。フェリシアは土を見た。

十年間、何も育たなかった庭。それでも土の奥に、まだ何かが残っている。


「あの」


フェリシアは立ち上がり、ギルバートの方を向いた。


「私の魔法は、地味なものです。派手な光も出ませんし、戦いにも使えません。ただ植物を育てることしかできない」


ギルバートは黙って聞いている。


「でも、この庭を……私の魔法で、直させていただけませんか」


沈黙が落ちた。


風が吹いて、枯れた枝が揺れた。

ギルバートはフェリシアを見ていた。その目が、何かを測るように、静かにこちらを見ていた。


「……雑草でも育てるつもりか」


フェリシアは一瞬、胸が痛んだ。

それは実家で何度も言われた言葉だった。

でも、ギルバートの声に棘はなかった。ただ、聞いているだけの声だった。


「……雑草でも、ちゃんと育てます」


フェリシアはまっすぐ答えた。


「どんな場所でも、どんな土でも。咲かせてみせます」


ギルバートはしばらく、フェリシアを見ていた。

それから、ゆっくりと視線を庭に向けた。十年間、枯れたままだった庭を。


「……好きにしろ」


低い声が、夕暮れの庭に落ちた。

フェリシアは頷いた。

しゃがんで、もう一度土に触れた。


指先から、微かに温かいものが流れ出る感覚があった。植物魔法の、始まりの感触だ。

土が、ほんの少し、柔らかくなった気がした。


立ち上がったとき、枯れ木の一本の、細い枝の先に、小さな緑の点が見えた。

芽だった。


フェリシアは息を呑んだ。

振り返ると、ギルバートもそれを見ていた。

何も言わなかった。

ただその目が、フェリシアがこれまで見たことのない色をしていた。


その夜、執事のホレスがギルバートに報告を入れた。


「奥様は、夕食を厨房で召し上がりました。料理人と、食材の話をされていたようで」


ギルバートは窓の外を見たまま、答えなかった。


「……それから、明日の朝に庭師を手配してほしいとのことでした。土を耕すのを手伝ってほしいと」


「手配しろ」


「かしこまりました。それから公爵様」


「なんだ」


「奥様が、大変おいしかったと」


ギルバートは窓の外を向いたまま、何も言わなかった。

ホレスは口元に手を当てて、静かに部屋を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ