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雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる  作者: もちもちほっぺ


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6/13

意外な迎え

出発の朝は、雨だった。


前日から降り始めた雨は、夜のうちに嵐になった。風が屋敷の窓を揺らし、雨粒が石畳を叩いている。


「馬車の用意は」とフェリシアが尋ねると、使用人が目を逸らした。


「……奥様より、馬車は出せないと」


「そうですか」


フェリシアは頷いた。

驚かなかった自分に、少し驚いた。


荷物をまとめ、外套を羽織った。

荷物は小さな鞄ひとつだ。植物図鑑と、庭仕事の手袋と、着替えが少し。それだけ持てば十分だった。


厨房に寄り、マーサに庭のことを頼んだ。マーサは何も言わずにフェリシアの手を握った。その手が少し震えていた。


「ご無事で」


それだけ言って、マーサは顔を背けた。

フェリシアは玄関を出た。




雨が、外套を叩いた。

石畳が濡れて光っている。風が正面から吹き付けてくる。フェリシアは鞄を胸に抱え、俯いて歩き始めた。


見送りはいなかった。

振り返らなかった。


屋敷の門を抜けたとき、背後で窓の開く音がした。誰かが見ているのかもしれなかった。でもフェリシアは、振り返らなかった。


雨の中を、ただ歩いた。

公爵邸までの道のりは、馬車で二時間ほどだと聞いていた。歩けば、どのくらいかかるだろう。


考えても仕方がなかった。

フェリシアは顔を上げた。

雨が頬を濡らした。それが涙と混じっても、どちらがどちらかわからなかった。

ただ、足を前に出した。


一歩、また一歩。

風が強くなった。


それでも、フェリシアは歩き続けた。





どのくらい歩いただろう。

雨は弱まるどころか、強くなっていた。外套はとうに濡れ透き、鞄を抱える腕が冷えて痛い。

石畳が途切れ、土道になったところで、フェリシアは足を滑らせた。


膝をついた。

泥が、ドレスに跳ねた。

立ち上がろうとして、また風に煽られた。

(情けない)

そう思いながら、それでも立ち上がった。


鞄の中の植物図鑑が濡れていないか確かめた。外套で包んでいたから、大丈夫なはずだった。


顔を上げると、遠くに灯りが見えた。

大きな門と、その奥に広がる屋敷の輪郭。

ウィンストン公爵邸だった。


フェリシアは息を吐いた。

門に向かって歩き始めたとき、蹄の音が後ろから聞こえた。


振り返ると、黒い馬に乗った人影が、こちらに向かって駆けてくるところだった。


馬が止まった。


人影が馬から下りた。

黒い外套に、雨粒が弾けている。

顔が見えた。


フェリシアは目を瞬かせた。


「……あなたは」


ギルバートだった。

彼はフェリシアを一瞥して、それから鞄に視線を落とした。泥だらけの外套に。濡れた頬に。

何も言わなかった。


ただ、自分の外套を脱いで、フェリシアの肩にかけた。


「……っ、あの、そんな」


「黙れ」


短く言って、ギルバートはフェリシアの鞄を取り上げた。そのまま馬に括りつける。


「乗れ」


「え」


「馬に、乗れ」


フェリシアはギルバートの顔を見た。

雨に濡れた横顔は、やはり恐ろしいほど整っていた。でもその目は、先日の夜会の暗い庭で花を見ていたときと、同じ目をしていた。

フェリシアは頷いた。


ギルバートが手を差し伸べた。大きな、武骨な手だった。


その手を借りて、フェリシアは馬に乗った。

ギルバートが後ろに乗り、手綱を取った。フェリシアは前で、鞄があった場所に両手を置いた。


「……なぜ、こちらへ」


小さな声で聞くと、短い沈黙の後、答えが返ってきた。


「……迎えに来た」


それだけだった。


雨の中、馬が歩き始めた。

公爵邸の灯りが、少しずつ近づいてくる。

フェリシアは前を向いたまま、ギルバートの外套の襟を両手で掴んだ。温かかった。


(迎えに来てくださった)


その言葉が、雨音の中でゆっくりと沈んでいった。


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