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雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる  作者: もちもちほっぺ


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5/8

嵐の前に

縁談の話が届いたのは、夜会から五日後のことだった。


朝食の席で、父が封書を開いた。


フェリシアはいつものようにテーブルの端に立ち、水差しを持っていた。


カサンドラが欠伸をしながらパンをちぎり、継母が紅茶のカップを持ち上げる。

父が封書を読む間、誰も口を開かなかった。


やがて父が顔を上げた。


その表情が、いつもと違った。


「……ウィンストン公爵から、縁談の申し入れだ」


継母がカップを置いた。

カサンドラの手が止まった。


「ウィンストン公爵、と言いますと」


「ギルバート・ウィンストン。北方の大公爵だ。領地は広い。家格は……我々より、はるかに上だな」


父は封書をテーブルに置き、眼鏡を外した。


「相手として指定されているのは、ルミナリス家の娘、とだけある」


沈黙が落ちた。


カサンドラが、ゆっくりとフェリシアの方を向いた。


その顔に浮かんでいたのは、驚きではなかった。





「化け物に喰われるのは、お姉様がお似合いでしょう」


昼過ぎ、廊下でカサンドラに呼び止められた。侍女たちはいない。カサンドラはフェリシアの前に立ち、扇を開きながら言った。


「ちょうど良かったんじゃないかしら。お姉様、ここにいても雑草の世話しかすることないんだもの」


「……カサンドラ様」


「氷の魔王ですって。社交界でも近寄る人がいないくらいよ。呪いがかかっているとか、触れた者は皆死ぬとか。まあ、噂だけど」


カサンドラは扇で口元を隠しながら、くすりと笑った。


「でもお姉様なら大丈夫じゃないかしら。雑草って、どこに植えても生えてくるものでしょう」


それだけ言って、カサンドラは踵を返した。廊下の角を曲がり、その笑い声が遠ざかっていく。


フェリシアは廊下に一人残された。


壁に手をついた。

息を、ゆっくりと吐いた。


怖くない、と言えば嘘になる。氷の魔王という呼び名の意味くらいは、フェリシアにもわかる。

先日の夜会での印象とは、随分かけ離れているけれど。


でも。

(あの方は、水をやっておくと言ってくださった)

暗い庭で、黙って隣にしゃがんでいた背中を思い出した。


フェリシアは壁から手を離し、背筋を伸ばした。




父に呼ばれたのは、その夕方だった。

書斎に入ると、父は机の前に座っていた。継母が、その隣に立っている。


「フェリシア、縁談の件だが」


父は書類に目を落としたまま言った。


「受けることにした」


「……はい」


「ウィンストン公爵家は格式のある家だ。ルミナリス家にとっても、悪い話ではない」


フェリシアは父の顔を見た。

父は書類から目を上げなかった。


「お父様」


「なんだ」


「……私の意向は、聞かれないのですか」


短い沈黙があった。

父がようやく顔を上げた。その目には、迷いがあった。確かにあった。


でもそれは一瞬で、次の瞬間には継母の方を向いていた。

継母は何も言わなかった。ただ、静かに父を見ていた。


「……家のことを考えなさい」


父は言った。


「お前だって、いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。良い機会だ」


フェリシアは一秒、父の目を見た。


「……承知いたしました」


頭を下げて、書斎を出た。

扉が閉まる音を、背中で聞いた。





その夜、フェリシアは庭に出た。

荷造りは、大して時間がかからなかった。


もともと持ち物が少ない。

ドレスが数着と、母から受け継いだ小さな植物図鑑と、庭仕事の道具。それだけだった。


庭の白い小花は、添え木のおかげで少し持ち直していた。折れた茎から、また新しい芽が出始めている。


フェリシアはしゃがんで、その芽に触れた。


「私、行くことになったわ」


花が揺れた。


「でも大丈夫。マーサに頼んでおく。水のやり方も、土の具合も、全部教えておくから」


そう言いながら、土の様子を確かめた。

明後日の出発までに、やっておくことがある。土を少し柔らかくして、水はけを良くしておく。肥料も足しておいた方がいいかもしれない。


フェリシアは無心に手を動かした。

どのくらい時間が経っただろう。気がつくと、空が白み始めていた。


立ち上がり、土で汚れた手を見た。


(雑草を育てるだけの無能、か)


カサンドラの言葉が、耳の奥に残っていた。父の、書類から目を上げなかった横顔も。


でも花たちは、毎日ちゃんと応えてくれた。


それだけは、本当のことだった。


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