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雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる  作者: もちもちほっぺ


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4/11

偶然の出会い

庭に出ると、空気が変わった。


室内の熱気と香水の匂いが薄れ、夜の冷たさが頬に触れる。

フェリシアは少しだけ、息をついた。


庭は広かった。


明かりは届いているが、会場から離れると人の姿もまばらだ。石畳の小道を歩いていくと、花壇が見えてきた。


フェリシアは足を止めた。


手入れの行き届いた花壇だったが、端の方に一株だけ、元気のない花があった。

茎がわずかに傾いて、葉の色が薄い。水が足りないのか、それとも根に何か問題があるのか。


フェリシアはドレスのことも忘れて、しゃがみ込んだ。


土に指先を差し入れて、様子を確かめる。

乾いている。今日は日中も乾燥していたから、水切れだろう。


「……大丈夫よ、ちゃんと咲けるから」


そう囁いた瞬間だった。


「……何をしている」


低い声が、背後から落ちてきた。


フェリシアは飛び上がりそうになりながら振り返った。


暗がりに、男が立っていた。


背が高い。軍人のような体格だが、今夜は飾りを外した黒い上着を着ている。

顔が影になっていてよく見えない。


ただ、声の低さと、その立ち姿の圧だけで、フェリシアの心臓が跳ね上がった。


「す、すみません、この花が元気がなかったので、つい……」


しどろもどろになりながら立ち上がる。ドレスの膝に土がついていた。


男は答えなかった。ただ、フェリシアが指差した花の方に視線を向けた。

しばらく、沈黙が続いた。


「……名前は」


「フェリシア・ルミナリスと申します。今夜はカサンドラ・ルミナリスのお付きで参っております。あの、失礼ですが、あなたは……」


男はフェリシアを見た。

暗がりの中でも、その目が真っすぐこちらに向いているのがわかった。


「………………」


長い沈黙の後。


「……客だ」


それだけだった。


フェリシアはまばたきをした。


客。なるほど、確かに客ではある。

でも普通、もう少し名乗るものではないだろうか。もしかして、名前を言いたくない事情がある方なのだろうか。


「そうですか。……あの、ご不快でしたら、すぐにこちらの場所を離れますが」


「……いい」


男はそう言って、フェリシアが先ほどまでしゃがんでいた花壇の前に歩いてきた。そして何の躊躇もなく、隣にしゃがんだ。


フェリシアは少し驚いた。礼服でそのまま地面に膝をつく貴族男性を、見たことがなかった。


「これが、おかしいと気づいたのか」


低い声で、男が言った。花に視線を落としたままだ。


「……はい。葉の色と、茎の傾き方が。水が足りていないようで」


「……ほかの株と、何が違う」


「根の張り方だと思います。この株だけ、少し浅いところに植えてあるようで。乾燥しやすいんです」


男は黙って聞いていた。


フェリシアは気がついたら、話し続けていた。植物の好む土の深さのこと、水の与え方のこと、日当たりと根の関係のこと。


普段は誰も聞いてくれないことを、この暗い庭でひとりの見知らぬ客に向かって話していた。

男は一度も遮らなかった。


相槌もほとんどなかった。ただ、黙って、聞いていた。


それが不思議と、居心地よかった。


「……あなたは、花が好きなのか」


しばらくして、男が言った。


「はい」


フェリシアは迷わず答えた。


「好き、というより……家族みたいな感じです。ちゃんと応えてくれるので」


男はそれを聞いて、何も言わなかった。

ただ、花に視線を戻した。その横顔が、先ほどよりほんの少しだけ、柔らかくなった気がした。





「お姉様!」


声がして、フェリシアは顔を上げた。


会場の方から、カサンドラが歩いてくる。オーロラの展開が終わったらしい。

その後ろに、数人の令嬢と、それからアルヴィンがついてきていた。


「こんなところにいたの、探したじゃない。もう帰るわよ」


カサンドラが足を止めたのは、次の瞬間だった。


フェリシアの隣に、男がいることに気づいたのだ。

立ち上がった男の顔が、庭の明かりに照らされた。


カサンドラの顔から、血の気が引いた。


「……ギ、ギルバート・ウィンストン公爵……」


令嬢たちが息を呑む気配がした。


フェリシアは男の顔を見た。それからカサンドラを見た。


ギルバート・ウィンストン。氷の魔王、と呼ばれているという噂は聞いたことがあった。

戦場で幾多の敵を屠り、その冷酷さで知られる軍人公爵。社交界では近寄りがたい存在として名高い。


「あ……あの、先ほどは失礼いたしました。お名前もお伺いせずに」


フェリシアが頭を下げると、ギルバートはフェリシアを一瞥して、それからカサンドラたちに視線を向けた。


「……帰るか」


フェリシアに向けて、静かに言った。

命令ではなく、確認するような言い方だった。


「……はい」


「根元に、水をやっておく」


それだけ言って、ギルバートは踵を返した。長い足で、静かに夜の庭を歩いていく。その背中が暗がりに消えるまで、誰も口を開かなかった。


「……感じの良い方でしたが」


フェリシアが小さく呟くと、カサンドラが信じられないものを見るような顔でこちらを向いた。


「あなた、何も知らないの!?」


「はあ」


「あの方が誰だかわかってるの!?」


「ギルバート・ウィンストン公爵様、でしょうか」


「だったらなぜそんなに平然としているの!」


フェリシアには、よくわからなかった。

ただ、暗い庭で隣にしゃがんで、黙って話を聞いてくれたあの人が、そんなに恐ろしい人には思えなかった。


少し離れたところで、アルヴィンが静かに笑っているのが見えた。


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