庭の客人
アルヴィン・ローゼンタール侯爵子息が主催する夜会の招待状が届いたのは、それから三日後のことだった。
カサンドラの興奮は、屋敷中に響き渡った。
「お父様、アルヴィン様からよ!アルヴィン様から直接!」
招待状を手に、カサンドラが居間に飛び込んでくる。
珍しく走っているせいで、白い頬が上気して赤い。父が目を細めた。
「ほう、ローゼンタール家から。それは素晴らしい」
「オーロラを披露する場を用意してくださるって。メインの出し物として!」
「メインで!」
父と継母が顔を見合わせて笑った。フェリシアは部屋の端で、カサンドラのドレスに取れかけていたボタンを縫い直しながら、その様子を眺めていた。
「フェリシアも連れて行くわ」
カサンドラが振り返って言った。
「私を、ですか」
「オーロラを展開する間、私の荷物を持てる人間が必要なの。侍女では格が釣り合わないでしょう」
格が釣り合わない、というのが荷物持ちとしてのことなのか、お付きとしてのことなのか、フェリシアには判断がつかなかった。おそらく両方だろうと思った。
「……わかりました」
「それと、変なドレスで来ないでね。恥ずかしいから」
フェリシアは手元の針を動かしながら、静かに頷いた。
夜会当日、カサンドラは二時間かけて支度をした。
フェリシアは三十分で済ませた。
持っているドレスの中で一番まともなものを選んだが、カサンドラのそれと並べば、確かに見劣りがした。
淡い緑色の、装飾の少ない地味なドレスだ。母が残してくれたものを、自分で手直しして着続けている。
馬車の中でカサンドラはずっと鏡を見ていた。
「アルヴィン様って、どんな方だろう」とフェリシアが小さく呟くと、「あなたには関係ないでしょう」と即座に返ってきた。
フェリシアは窓の外を見た。夜の街並みが流れていく。
ローゼンタール家の夜会は、フェリシアが思っていたよりずっと大きかった。
広い庭園に明かりが灯り、色とりどりのドレスを纏った人々が行き交っている。
音楽が流れ、笑い声が重なり、どこかで甘い花の香りがした。
フェリシアはカサンドラの一歩後ろを歩いた。
会場に入った途端、カサンドラへの視線が集まった。今夜のドレスは深紅で、胸元に大粒のルビーが輝いている。
たっぷりとした体つきが、ドレスの仕立てに映えていた。
「カサンドラ様、今夜のお姿も素晴らしいですわ」
「オーロラ、楽しみにしておりますのよ」
次々と声がかかる。
カサンドラはそのたびに笑顔を向け、扇を揺らした。フェリシアはその後ろで、荷物を持ったまま頭を下げ続けた。
しばらくして、カサンドラが立ち止まった。
会場の中央に、ひとりの青年が立っていた。
すらりと背が高く、淡い金髪が燭台の光を受けて輝いている。話しかけてくる令嬢たちに対して、礼儀正しく、しかしどこか醒めた様子で応じていた。
アルヴィン・ローゼンタール。これが噂の、とフェリシアは思った。
カサンドラが扇を閉じ、一歩踏み出した。
「アルヴィン様、本日はご招待いただきましてありがとうございます」
「カサンドラ嬢、よくいらっしゃいました」
アルヴィンが振り返った。整った顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。ただその笑みは、目まで届いていなかった。
「今夜のオーロラ、楽しみにしております」
「ええ、精一杯務めさせていただきますわ。あの、アルヴィン様……」
カサンドラが一歩、距離を詰めた。腕が、アルヴィンの袖に触れそうになる。
アルヴィンは気づかないふりをしながら、半歩だけ体を引いた。
フェリシアは後ろからそれを見ていた。ほんのわずかな動きだったが、わかった。
「あの、お姉様」
カサンドラが振り返ることなく、低い声で言った。
「オーロラを展開する間、あなたはここにいなくていいわ。邪魔だから」
「……邪魔、ですか」
「会場の外にでもいなさい。終わったら呼ぶから」
フェリシアは一秒だけ、アルヴィンの方を見た。
アルヴィンと、目が合った。
彼は何も言わなかった。ただ少しだけ、眉を動かした。
それが謝罪なのか、それとも別の何かなのか、フェリシアにはわからなかった。
「……承知しました」
荷物をカサンドラの侍女に預け、フェリシアは会場を出た。




