贈り物攻撃
フェリシアの一日は、夜明けとともに庭から始まる。
手袋をはめて土に触れ、芽の様子を確かめ、水はけを整える。
庭師のヨハンたちが来る頃には、フェリシアはすでに三つか四つの花壇を見終えている。
庭は、日ごとに変わっていた。
最初の週は、緑ばかりだった。
枯れ枝から芽が吹き、土から茎が伸び、庭全体が息を吹き返すように動いていた。
二週目には蕾が膨らみ始めた。
三週目に、最初の花が咲いた。
今では、庭のあちこちに色が散っている。
白、黄色、薄紫。まだ少ないが、確かにある。
「奥様、北側のリンドウが根付きました」
ヨハンが報告する。フェリシアは頷いて、その区画に向かった。
リンドウはまだ小さい。秋に青紫の花を咲かせるには、もう少し時間がかかる。でも根はしっかり張っていた。この土なら、大丈夫だ。
「よかった」
フェリシアは呟いた。
花に向かって言ったのか、自分に言ったのか、よくわからなかった。
屋敷の中でも、フェリシアの習慣は少しずつ根付いていた。
朝、厨房に顔を出すのもその一つだ。
「今日の昼は何になりますか」
料理長のベルナルドは、最初こそ戸惑っていたが、今では慣れたものだった。
「シチューを考えていましたが」
「公爵様、最近少し胃の調子が優れないようで。あっさりしたものの方が良いかもしれません。スープに、庭のタイムを入れていただけますか」
「タイムですか」
「消化を助けます。それから、塩は控えめに」
ベルナルドは頷いた。
フェリシアが提案する献立に、料理長が最初に気づいたことがある。
公爵様の食事が、以前より口に合っているらしい、ということだ。もともと食が細く、残すことが多かったギルバートが、最近は皿を空にするようになっていた。
「奥様の薬草のおかげですかね」
ベルナルドがある日言った。
「そんなことは」とフェリシアは首を振ったが、内心では少しほっとしていた。
薬草の区画を作り始めたのは、公爵邸に来て十日ほど経った頃だった。
庭の東側、日当たりの良い一角に、フェリシアはいくつかの種を蒔いた。タイム、ローズマリー、レモンバーム、それからカモミール。ルミナリス家の庭でも育てていたものばかりだ。
ヨハンが不思議そうに見ていたので、フェリシアは説明した。
「料理にも使えますし、お茶にもなります。体の調子を整えるのに役立つものを」
「花ではないのですか」
「花も咲きます。ローズマリーは青紫の小さな花が、カモミールは白い可愛い花が。それに」
フェリシアは土に手を当てた。
「役に立つものも、きれいなものも、どちらも庭にあっていいと思うので」
ヨハンは少し考えてから、頷いた。
ギルバートからの贈り物は、この一ヶ月で増え続けていた。
最初は宝石だった。
朝食の席に行くと、テーブルの端に小さな箱が置いてある。
開けると、深緑のエメラルドのブローチが入っていた。
フェリシアが「これは」と言うと、ギルバートは「……似合うと思った」とだけ言って、視線を窓の外に向けた。
翌日は、別の箱があった。真珠のネックレスだった。
その翌日は、空色のサファイアのイヤリングだった。
「公爵様、こんなに」
「……庭が綺麗になった」
「それはお礼には過分です」
「……俺が欲しいから買った」
それ以上は受け付けないという空気があった。フェリシアは礼を言って、箱を受け取った。
ドレスも増えた。
仕立て屋が週に一度やってくるようになり、フェリシアが採寸されるたびに、数週間後に新しいドレスが届く。
薄い緑、水色、白、淡い紫。どれも落ち着いた色で、装飾が多すぎない。
フェリシアの好みを、誰かがギルバートに伝えているのか。それともギルバートが自分で考えているのか。
「公爵様、ドレスがまた届きました」
「……着ろ」
「でも、こんなにたくさん」
「……着ろ」
話が終わった。
フェリシアは礼を言って、ドレスを受け取った。
戸惑いがないわけではなかった。
夜、寝台に入ってから、フェリシアは天井を見ることがある。
宝石も、ドレスも、部屋も、食事も。ルミナリス家では考えられないものばかりだ。
それが毎日、当然のように目の前に置かれる。
最初は、怖かった。
こんなに良くしてもらって、見合うものが自分に返せるのだろうか。
植物魔法しか持たない自分が、氷の魔王と呼ばれる公爵の妻として、本当にここにいていいのだろうか。
でも。
朝、庭に出るたびに、思うことがある。
花が咲くたびに、ギルバートが庭を見る。何も言わない。ただ見る。
でもその目が、フェリシアが知っているどの目とも違う。
ルミナリス家で誰かにそんな目を向けられたことは、なかった。




