花が咲く
昼食の席で、フェリシアは庭の話をした。
どの区画から手を入れるか。
土の状態はどうだったか。どんな花を植えるといいか。
ギルバートは向かいに座って、黙って聞いていた。時折、短い相槌を打つ。
「北側の区画は日当たりが悪いので、陰でも育つ植物を選ぼうと思っています」
「……何を植える」
「リンドウはどうでしょう。秋に青紫の花が咲きます。それから、ヘレボルスも。冬でも咲くので、雪の中でも庭が寂しくなりません」
ギルバートは少し考えてから、頷いた。
「……好きにしろ」
それがギルバートの賛成の言葉だと、フェリシアはもうわかってきていた。
「公爵様は、お好きな花はありますか」
ギルバートが手を止めた。
「……俺が」
「はい。せっかくですから、公爵様のお好きなものを植えたいと思って」
しばらく、沈黙があった。
ギルバートはフォークを置き、窓の外を見た。
「……子供の頃、白い花が庭にあった」
「どんな花か、覚えていますか」
「……小さかった。群れて咲いていた」
フェリシアは少し考えた。
「スノードロップでしょうか。早春に、うつむいて咲く白い花です」
ギルバートは何も言わなかった。
でもその目が、遠くを見ていた。
「植えてみます」とフェリシアは言った。
「来年の春には、きっと咲きます」
ギルバートがフェリシアを見た。
来年、という言葉に、何かを確かめるような目をしていた。
フェリシアはまっすぐ返した。
「来年も、ここにいますから」
午後も、フェリシアは庭に出た。
今度は中央の古い木に集中した。
幹が太く、根が深い。おそらく屋敷が建てられた頃からある木だ。
枝はすべて枯れているが、根の奥の方にまだ何かが残っている。昨日触れたとき、確かに感じた。
フェリシアは幹に両手を当てた。
目を閉じた。
ここが一番深い。一番長く、眠っている。呼吸をするように、魔法を流した。急かさないように、ゆっくりと。起こすのではなく、傍にいるように。
どのくらい経っただろう。
風が吹いた。
パキ、と小さな音がした。
フェリシアは目を開けた。
頭上を見上げた。
枯れ枝の先に、緑があった。
一つではなかった。
見る間に、枝の節々から芽が吹き出した。どんどんと、連鎖するように広がっていく。緑が枝を伝って、幹の上まで駆け上がっていく。
それだけではなかった。
花壇の緑が伸びた。蕾が膨らんだ。白い花が、ほころんだ。
庭師のヨハンが声を上げた。助手たちが立ち止まった。
庭全体が、息を吹き返したように動いている。
フェリシアは木の幹から手を離した。手が少し震えていた。これほど一度に使ったのは、初めてだった。
後ろで、足音がした。
振り返ると、ギルバートが立っていた。
いつからいたのか、わからなかった。ただ、庭師たちより少し離れたところで、木を見上げていた。
フェリシアは黙っていた。
ギルバートも黙っていた。
古い木の枝が、風に揺れた。その先に、小さな白い花が咲いていた。
「……これは」
ギルバートが、低い声で言った。
「この木は、枯れていたはずだ」
「根が生きていました」
フェリシアは答えた。
「どんなに枯れて見えても、根さえあれば、また咲けます」
ギルバートは花を見ていた。
長い間、見ていた。
その横顔に、フェリシアはこれまで見たことのない表情を見た。
怖いわけでも、冷たいわけでもなかった。
ただ、何か古いものが、静かに解けていくような顔だった。
「……公爵様」
「なんだ」
「根が生きている間は、大丈夫です」
ギルバートはフェリシアを見た。
フェリシアはまっすぐ、ギルバートを見た。
庭の話をしているのか、そうでないのか、自分でもよくわからなかった。ただ言いたかったから、言った。
ギルバートは何も言わなかった。
でも視線を逸らさなかった。
風が吹いて、白い花びらが一枚、宙に舞った。フェリシアの頬を掠めて、ギルバートの肩に落ちた。
ギルバートは動かなかった。
ただ、花びらが肩に乗ったまま、フェリシアを見ていた。
その夜、ホレスがギルバートの書斎に入ると、主人は窓の外を見ていた。
月明かりに照らされた庭が、昼間とは違う静けさで広がっている。白い花が、暗がりの中でぼんやりと光っていた。
「公爵様、明日の執務の書類をお持ちしました」
「……置いておけ」
「かしこまりました」
ホレスは書類を机に置き、下がりかけた。
「ホレス」
「はい」
「……宝石商を呼べ。明日」
ホレスは一瞬、動きを止めた。
「宝石商、でございますか」
「それから、仕立て屋も」
「……奥様に、でしょうか」
ギルバートは答えなかった。
窓の外を見たまま、口を閉じていた。
ホレスは深く頭を下げた。口元に手を当てて、書斎を出た。
廊下に出たところで、ホレスは小さく息をついた。
十年ぶりに、この屋敷に花が咲いた。
そしてどうやら、もう一つ別の何かも、今夜芽吹いたらしかった。




