ヤツザキの魔女と炎の騎士④ Hello, Mr. Andersen
【urban fantasy】
The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame
魂を悪魔アンデルセンの本に吸い込まれた小崎さおりを救うには、アルカの魔法でこちらも本の中へ意識をダイブさせ、さおりを捉えた悪魔を倒すしかない。
しかし――
「物語の世界は、広大だ。闇雲に探し回っても」
「魔力探知みたいなので、探せないのか、こう、クンクンって」
「犬のように言わないで」
「あー、お二人さん、ボクわかっちゃったみたい」
いがみ合う二人に構わず、本をパラパラとめくっていた根津が言う。
「魔力より先に知力と注意力を鍛えようねん、ほら」
根津は本から何かを抜き取り、ヒラヒラと振った。
それは、一枚の――栞だった。
「コロンブスの卵だね」
言いながら、そのページをぐっと開き、レイ達に見せる。
「なるほど、これは――」
その物語のページは、本のかなり後ろの方だった。
文字の多い、白黒のページに、タイトルが書かれている。
「絵のない絵本」
「絵のない絵本」は、アンデルセンの短編集である。月が毎晩、貧しい画家の窓辺を訪れ、世界各地で見聞きした出来事を語る。
画家はそれを記録していく。
挿絵は一切なく、文章のみで構成されているが、月の語る言葉が読者の想像力を刺激する作りになっている。
「これは、なるほど。むしろ厄介だねえ。物語の舞台が固定されてない」
「この話、俺もよく知ってます。子供の頃、カラー童話集とか読むと、この話だけ字ばっかりで白黒なんですよね」
アルカは今ひとつピンときていないようだ。
「舞台が固定されていない、とは?」
根津が、顎を擦りながら答える。
「月が世界を巡って、作者に物語を語るって設定なんだよねえ。だから、ヨーロッパはもちろん、インド、アフリカ、アラビア、いろんな場所が舞台なのよ。しかも、月との会話は33夜。短いくせに33ヶ所も候補地があるんだね」
「つまり、アヒルの住む池とか裸の王様がいる城とか、アタリをつけられない。物語の中にトリップしても、探す範囲が広すぎる」
「しかし娘の魂だとて、何もない砂漠や荒野なんかに引っ張られたりしないだろう。何かあるのではないか? その年頃の娘の魂が引かれた何か――菓子の城だとか、ガラスの靴だとか」
「それは作者が違うので」
レイも根津も頭を抱えた。
しかし、悩んでいても解決しない。
根津が提案する。
「33ヶ所、順番に回ってもらうしか――」
その時、レイが「わかった」と膝をうつ。
「なんと、頭脳担当ではない『レイくん』が?――あっ」
アルカの頭をポンと叩くレイ。
「魔女の頭を叩いたな!」
「はいはい、悪かった――で、場所なんだけど、たぶんここだ。22夜の森。これ、印象的な話だからもしやと思ったんだけど」
「えっと、どんな話だっけ」
◇◇
絵のない絵本22夜
小さな女の子の大切な人形が、兄たちのいたずらで高い木の上に置かれた。
夜が来る。
女の子は「あたし、あんたのそばにいてあげるわね」と言うが、暗闇の中、高いとんがり帽子をかぶった小人の妖魔が茂みから覗いている。
向こうの暗い道では、ひょろ長の幽霊が踊りをおどりながら近づいてきて、人形の木に向かって両手を伸ばし、笑ったり指さしたりしている。
女の子は怖くてこわくてたまらない。
◇◇
「これ、最後はどうなるの?」
「女の子は神様に祈ります。何も悪い事をしていない自分を、神様が助けてくれないはずがないと。しかし――」
「しかし?」
「女の子は気付いてしまう。足の悪いアヒルの足に赤い布が巻きつけられていて、それを不恰好だと笑った事がある。それは、罪だろうと――。そこでこの話は終わります」
「ふん、自己破壊的な無意味な優しさが、露悪を通して破滅の暗示で終わる――いかにも悪魔アンデルセンらしい、やつの魔力がもっともノリやすい話だ。そして、くだらない話だ」
アルカが唾棄する。
「アルカちゃんはキリスト教圏の話とは相性が悪そうねん――とこれでレイちゃん、確かにいかにもなエピソードだけど、断定の根拠は?」
レイは少女のベッドサイドの棚を指差す。
「注意力と知力でしたっけ、先輩」
根津がヒュウと口笛を吹く。
そこには、いかにも女の子が好きそうな西洋人形。
その横に、畳んだ赤い布の上にちょこんと乗せられた、アヒルの貯金箱。




